中毒者から始まる悲劇

文字数 2,143文字

 それは悲劇だった。スマホを見ながら運転を続けていた者が、速度を落とさぬまま歩道に突っ込んだのだ。
 哀れにも、歩道の内側を歩いていた幼児は亡くなり、幼児の手を引いていた者の手は宙を舞った。幼児の保護者は命を取り留めたが意識不明。その上、車に飛ばされた腕は接合不可能だった。
 
 その事故が全ての始まりだった。

「歩きながらのスマートフォンの使用は、他の方の迷惑になるだけでなく」
 今日もまた、注意を促す放送が流れる。しかし当事者は気付かない。スマホ画面をただ見つめ、他者が避けることを当然の様に進み続ける。人の流れを無視し、駅床に描かれた指示も無視し、ひたすら横に揺れながら進む。前は見ない、スマホ画面ばかりを見て揺れながら進む。

 そんな者達のスマホが一斉になりだした。その着信音は様々だったが、同時に鳴り出した。ただ、その発信者は表示されず、スマホ保持者は煩わしそうに画面を眺めた。ある者のスマホは留守番電話に切り替わり、吹き込まれた内容を発していく。
 


 
 低い声は、様々なスマホから聞こえていた。その異様さに居合わせた者達は顔をしかめ、音の発生源をちらりと見る。
 一方、留守番電話に切り替わらないスマホには、メールが次々に届き始めた。その内容は留守番電話に吹き込まれたものと寸分違わず、低い声を聞いてしまった者は慌ててメールを削除しようとした。
 
 ところが、スマホ画面は固まったまま、電源ボタンさえ意味をなさなかった。この為、スマホ中毒者達は奇声を発し、その声で周囲の者達を驚かせた。その後、使えなくなったスマホを持ち、多くの者達が携帯ショップに押し寄せた。しかし、アルバイトばかりの店員には解決出来ず、代換機を渡して一時的な解決した。しかし、代換機にも限りがあり、また持ち込まれるスマホが増えるにつれ、携帯ショップ側も原因調査に本腰を入れた。
 
 同じ症状だけではない、メール文面が全く同じなのだ。店員は利用者に「直前のした操作は何か」先ず問た。しかし、店員の求める回答は得られず、怒鳴られて終わるばかりだった。とは言え、何かしらの操作でスマホがウイルス感染した可能性は高い。ならば、閲覧したサイトが怪しくなる。だが、使用者が明かさない為に、調査は殆ど進まなかった。

 そんな折り、代換機を使用する者に異変が起きた。性懲りもなく歩きながらスマホ操作していると、またしても着信があったのだ。
 代換機使用者達は再度それを無視し、着信が切れた瞬間メールが届き始めた。
 


 
 メールが届いてから数秒後、代換機は地面に落ちた。それを持っていた者達は直ぐさま拾おうとしゃがみ、腕を伸ばそうとした。しかし、ぴくりとも動かない。まるで別のパーツであるかの様に、腕は微動だにしなかった。そして、再度代換機にメールが届き始めた。
 


 
 代換機所有者は画面を見下ろし、なんとかして状況を変えようとした。他者に助けを求める者も居たが、それに応じる者は少なかった。
 
 その後、助けに応じてもらえた者は病院へ向かい検査を受けた。しかし、医師は原因が特定できなかった。骨や筋肉、神経に異常は見当たらず、内分泌系統にも目立った数値は見当たらなかった。医師は「治らない様なら大きい病院へ」とだけ伝え、会計もままならない者達を帰した。
 
 その頃、携帯ショップの技術者達はウイルスを特定していた。しかし、感染源は不明、対策を取るにも取れなかった。せめて何の操作をしていたか分かれば手掛かりになる。なのに、プライバシー保護ばかりを主張され、手掛かりは掴めないままだった。そんな中、更なる悲劇が起こったのだ。
 
 留守番電話に声を吹き込まれた者達の幾らかが、突然死を向かえた。その殆どが若く目立った病歴もなく、共通点も見つけられなかった。ただ、誰も彼もスマホを握りしめたまま、突然倒れたのだ。
 直ぐに救急車が呼ばれるも助からぬ者ばかりで、命はあっても意志疎通の出来ない者も居た。あまりの死者数の増加に、どこからともなく噂が生じ騒がれた。しかし、どの噂も噂に過ぎず、確固たる証拠はなかった。
 突然亡くなった者から死に至るウイルスや細菌の類は検出されず、外傷もない。ただ、魂を抜かれたかの様に生命維持を止めていた。
 
 そんな中、あるコミュニティーが発足する。倒れた者を目撃した人が主に書き込むコミュニティーだ。そこの書き込みは雑多ながら、ある共通点があった。
 
「歩きスマホで子供にぶつかりそうだった」
「歩きスマホで足の悪い老人にまで避けさせていた」
「歩きスマホで道の真ん中フラフラしてた」
 
 どの目撃情報にも「歩きスマホ」があり、そのふてぶてしさで覚えられていた。しかし、それが死因とは決められない。何故なら、多くの人々がスマホを使用しているからだ。
 それでも、ネット上では「歩きスマホ説」が盛り上がり、ホットワードにまでなった。それから暫くの間だけ歩きスマホは減り、原因不明の死も減ったと言う。
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