人生の難易度 ―転生しなきゃスキルもねえ―

文字数 4,581文字

 リアル人生だってロールプレイ。どんな家に、どんな見た目で、何番目に生まれたか、様々な生まれつきのもので難易度が決まるロールプレイである。ゴールドに余裕はあるのか無いかでスキルアップする為の難易度は変化し、性別でも難易度は変化する。
 見た目は、美人だと生涯で貰えるゴールドの平均が高いデータもあるし、そうでなくとも見た目の良い方が雇用する側の受けが良い。特に、芸能関係や会社の顔となる場所では、見た目でどうしても優劣が決まる。
 ただ、生まれついて決まるのは難易度であって全てではない。だが、就学前から、装備やレベルに差が出ては、なかなかどうして状況はひっくり返らないのである。
 例えば、ボロボロの服を着た薄汚い子供と、綺麗に洗われた新しい服を着ている可愛い子。小学校の先生は、平然と態度を変えていなかっただろうか? 道徳の授業で「差別はいけません」とのたまいながら、実際に一番差別をしているのは子供でなく大人。つまり、担任教師ではなかったか?
 見た目だけで判断し、年端もいかぬ小学生を追い詰める担任教師。そうして追い詰められた子供は不登校になり、本来なら少しずつする筈のレベルが全く上がらない。学校は、勉強するだけの場所ではない。読み書き計算のスキルも生きて行くには重要だが、学校に通う目的はそれだけではないからだ。
 集団生活で我慢を学び、集団生活でコミュニケーション能力をつけ、役割分担で責任能力をつけ、自由時間に自分で考えて行動する力をつける。通信環境が発達して自宅学習は可能になっても、不登校ではそう言ったスキルのレベルが低いままなのだ。
 不登校が故に友人もできず、そのまま小学校を卒業し、中学に在籍はしても一度も通わない。そうして、スキルのレベルを上げるべき時期に何もせず、年だけは取って高校に入る年となる。
 ここで、私立高校である。出席日数がなかろうが、保護者のゴールドが潤沢なら、私立高校なら入れる場合があるのだ。しかし、これが罠なのだ。
 幾ら学校で出会う顔ぶれが変わったとしても、同世代とのリアルでのコミュニケーションレベルが1ではどうにもならない。むしろ、高校ともなれば、自己責任は義務教育の比ではない。なんせ、表向きは自らの意志で選んで入学した筈だから。
 情けで入学した哀れな不登校児、出席日数が足りなければそれまで。保護者がゴールドを払えば、籍だけは高校にあっても、当人に通う意志が無ければ卒業まで行きようがない。
 それでも、大検と言う切り札はある。だが、ずっと不登校だった子供が、気持ちを切り替えて通学出来るかと言うと、それも難易度が高い。そうやって、一度躓いた人間は様々なスキルのレベルが1のまま、ゴールドを稼ぐにもコミュニケーションレベルが1では難しい。

 そんなこんなで、スキルのレベル1がばかりの人間は始まりのまちから出ないまま、出たら出たで義務教育と言う名のチュートリアルをすっ飛ばしたせいで右往左往するほかないのである。これがゲーム世界ならば、強い人に守って貰いながら一気にレベルを上げることが出来る。しかし、リアルでは、誰が好き好んでスキルレベル1だらけの人間に付き合うと言うのか。
 ゲーム世界なら、戦えば経験値は溜まりいずれはレベルも上がる。が、現実は経験値を貯めても、当人にやる気がなければレベルは上がらないのである。
 これまたゲーム世界なら、チートアイテムを手に入れさえすれば逆転可能である。現実世界で言えばコネ入社。血縁者に偉い人がいれば発動するチートもチートな技である。

 しかし、世の中にコネを持つ人間、それも不況の中で「レベル1の雑魚を会社に入れられる人とのコネを持つ人間」はどれだけ居ると言うのだろうか。多くは学歴がぼんやりしたまま、就職もままならず、ままならないからこそ更に引きこもり、レベル1のまま年だけはとって社会人としての価値は下がる。
 「人手不足の職種なら誰だって歓迎するだろう」と考える人も中には居る。だが、人手不足になる理由に「その仕事がハードだから」がある。福祉系の仕事が良い例で、体力は勿論のこと、コミュニケーション能力も必要とされる。それを、子供の頃から(通学していたら歩くし、嫌だろうと体育には基本的に参加しなければならない)運動もせず、他人との会話も無かった人間にやれると言うのか? せいぜい、裏で掃除洗濯を任される程度ではないか?
 しかし、悲しいかな、掃除でさえ学校に通っていれば自然と流れが身に付くスキル。勿論、掃除をサボる生徒も居た。だが、サボる生徒は生徒で、むしろ世渡りが上手なのだ。上手いこと、先生達が見ていない隙にサボっているのだから。

 なんにせよ、当人にやる気がなければ何も始まらない。行き着く先が餓死であろうと、元々生きる気力が無いならば、その恐怖すらも曖昧らしいのだ。
 ただ漠然と生きるだけ。生死の境が曖昧で「少し後押しされれば、現世から居なくなる人間」は確かに存在する。存在するからこそ、Z市で悲惨な事件は起きたのだから。
 表向き普通に見え、学業に勤しむ者でさえ、悩み、苦しみ、生きることを諦めたがる。しかし、悩みや苦しみは、耐えて克服すればする程に人間としてのレベルは上がるのだ。失敗した時や負けた時こそ、レベル上げをする好機。失敗から何も学ばないなら、何時まで経ってもレベルは上がらないのだ。
 ゆとり教育で順位付けが減ったにせよ、学校で学ぶ生徒達にも勝敗はある。(昔ほど外で遊ばないにせよ)休み時間の縄張り争いに、給食の人気メニュー争奪戦。授業や行事以外にも、日々勝敗はあるのだ。
 当然、些細な勝ちでも勝ちは勝ち。勝てば嬉しいし、利益も得られる。負けたら負けたで、その屈辱をどう処理するかを学べる。子供によっては負けたら暴れ、先生に宥められることもあるだろう。直ぐに暴れることを止めなくとも、何時しか「暴れても無駄」だと学べば、それもまた人間としてのレベルは上がるのだ。
 しかし、そのレベル上げですら、学校を避けに避けてきた人間には不可能だったのだ。空気を読むお国柄、昭和の時代ならいざ知らず、今は学歴だけではままならない。コミュニケーション能力の無い人間は、それだけで社会人から見下され、爪弾きさえされるのだから。

 そして、この国、高齢化ランキング上位である。そう、ただでさえ働き手の負担が増えているのが、この国である。
 高齢化を分かり易くしたイラスト、それを子供のうちに見せようが何の解決にもならないのは現状が示す通り。「何歳になったら、あの世に逝って下さい」なんてことは法的に決められない。それでいて、延命治療技術は発展するのだから、負担は増すばかりである。
 だからこそ、支える側の人数を増やしたい。しかし、レベル1の人間を「支える側」に回す支援はままならず、その支援すら諦める行政が増えた。下手にレベル1の人間を外に連れ出すより、封印しておく為に金を撒く方が楽なのだろう。

 ゲーム世界でさえ、レベル1のキャラでボスに挑むのは難しい。学歴もコミュニケーション能力もレベル1の人間が、いきなり正社員を目指すのは更に難しいのである。なにせ、「大学の卒業単位は満たしたが卒業すべき年に勤め先は見つからず、形だけ大学に在籍する大人」がいるご時世だ。学歴があっても、他のレベルが低ければ正社員になるのは難しい。ブラック会社ならば難易度は下がるが、ただ下がるだけに過ぎない。
 結局、レベル1の人間は、簡単なクエストからこなしていくより他に選択肢はないのである。クエストをこなしてレベルを上げるか、「行方を知る者は居なかった」で終わるか、二次元の世界でも無い限り「俺TUEEE!」な転生など有りはしないのだから。
 そう、先ずは初級クエストをこなさねばならないのだ。子供の頃から人間社会と離れて暮らしていたなら、先ずは人間社会に出てくるクエストである。さしずめ「はじめてのおつかいクエスト」であろうか。初めは、話すことなく買い物を済ませられるクエスト。慣れてきたら、口頭で注文をしなければ買えないクエスト。
 クエストを少しずつこなすことで対人レベルも微々たるものながら上がる。そこでゲームオーバーになったらそれまでだ。幾ら通信販売が便利になろうと、それで済むまでにはなっていない。仮に在宅仕事を得られたとしても、外出して会話をしなければならない場面は訪れるのだから。

 対人レベルの経験値が溜まってきたら、漸く職探しである。とは言え、未経験者を歓迎していても、レベルや経験値の高い人材が応募してくれば、どちらが採用されるかは説明するまでもない。経験者が応募してきたなら、職レベル1の人間をわざわざ選ぶ人事担当は存在するのか。
 そうして、余程タイミングが良くない限り、幾らかの人気がある仕事にはレベル1の人間は就けないのである。だからこそ、行政も支援を諦め、負のスパイラルに陥っているのが現状である。運良く手不足の職種に雇われたとしても、続かなければ意味がない。続かないどころか、元から働いている人を疲弊させたら、良い面がありはしないのだ。
 長く続くか分からない。ならば、複数人をセットで働かせ始める。そうすれば、出来ない人間は出来ない人間なりに「アイツに負けたら終わり」と考えるかも知れない。人間は、リーダー不在ならば、今まで大人しくしていた誰かが不思議とリーダーになる。ならば、それを応用してはどうか? そうして、実験的にレベル1同士でパーティーを組ませての戦いが始まった。

 人手不足の業界に、レベル1を纏めて送り込む。現場が混乱するのは目に見えていた。しかし、それでも行政が金を出してまで送り込んだ。結果、パーティーの中で一人はものになる現場が在った。裏を返せば、パーティーの他のメンバーは使えなかったが、それでも働く側は増えた。
 行政は、それを何とかして効率化しようと、パーティーを再編成しては別の人手不足の業界に送り込んだ。どの業界も学歴は必要なく、単純作業が出来れば回せる仕事を任せる様に仕組んだ。レベル1にやれることは、レベル1に見合った作業。しかし、合わない人間には合わない。そんな訳で、パーティーを何度も再編成するうちに、離脱者も出始めた。
 元々、学業から離脱し、就職からも離脱した物達のパーティー。上手くクエストをこなせるパーティーが少なくとも不思議ではなかった。

 そうして、行政は新人教育にレベル1の人間達を使い、窓際の無能を退職に追い込む為にその統括を任せた。結果的に、使える新人はよりレベルを上げ、窓際の無能も幾らかレベルを上げたと言う。
 人間社会には越えられぬレベル差があり、高レベルが必要な場所に低レベルの人間は入れない。入ったところでレベルが低ければ離脱する羽目になり、パーティーを組んでも低レベル同士では烏合の衆。
 だが、見下せるレベル1の者が居てこそ、低レベルの者は踏ん張れる面もある。そうやって人間社会は続き、お偉いさんが口先で働けと言ったとて、レベル1はレベル1のままで居る方が、社会が安定することもあるのである。
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