不思議な商品 ―決まりを守らぬものの末路―

文字数 2,886文字

 秋晴れの中、女子大生二人が道を歩いていた。良く喋る方は髪色も明るく、化粧にも時間をかけていた。聞き役の方は黒髪で、大きな眼鏡をかけていた。
 二人は、小さな店が立ち並ぶ通りを歩いており、通りに向けて商品を並べている店主に声をかけられる。明るい髪の大学生は、聞こえないふりをして立ち去った。一方、眼鏡をかけた大学生は、店主の話に耳を傾けた。

 暫く話した後で、眼鏡の大学生はブックカバーを買って店を離れた。そのブックカバーは古めかしく、二本の栞が編み込まれていた。栞の先端には、透き通るガラス製の飾りが結ばれ、それぞれ異なる色と形をしていた。
 先に行った女子大生は、直ぐに離れなかったことで眼鏡の大学生を責めた。一方、眼鏡の大学生は相手に謝り、共に大学内へ入る。

 大学で授業を終えた後、眼鏡の大学生はそそくさと帰宅した。彼女は、ブックカバーを机上に置くと本棚に向き合い、カバーをかけるべき本を吟味する。
 十分は悩んだ後、彼女は慎重にカバーを本にかけた。それから、赤い円形をした飾りのある栞を本の中程に挟む。そうしてから、彼女は登場人物のかかれた箇所を見つめ、何番目かの人物の上に青く四角い栞を重ねた。
「智を持つ欠片よ、その名を写し取れ」
 その言葉に反応するかの様に、青い栞には登場人物の名前が浮き上がった。その現象に大学生は目を丸くし、胸に手を当てて深呼吸する。それから、栞の位置をずらさぬ様本を閉じ、大学生は部屋から姿を消した。

 翌日、眼鏡の大学生はブックカバーを持ち、それを買った雑貨店へ向かった。しかし、思っていた場所に店はなく、探し回ってもみつからなかった。大学生は、不思議に思いながらもブックカバーを使い続けた。ある時はファンタジーの主人公、ある時は恋愛小説のヒロイン、ある時は推理小説の名探偵、ブックカバーを被せれば、名のある登場人物になることが出来た。
 大学生は、ブックカバーの力を楽しみながら、講義も欠かさず受けていた。しかし、サークル活動は疎かになり、そのことでメンバーから話しかけられる。
 眼鏡の大学生は、素直に不思議なブックカバーのことを話した。それを買った店が見当たらないことも。しかし、その話が信じられる筈もなく、眼鏡の大学生はブックカバーを相手に貸し出すことにした。

 サークル活動の行われる部屋で、眼鏡の大学生はブックカバーの使い方を説明した。それから、本を閉じる瞬間を人に見られてはならないことも告げ、部屋から出た。
 部屋に残された者は、訝しりながらも言われた手順をこなした。すると、サークル活動部屋から人は消え、数分してから現れた。その間、眼鏡の大学生は部屋の外で待ち、誰かが部屋に入ることを防いでいた。
「これ、本当だったんだね」
 ブックカバーを持った大学生が部屋から顔を出す。
「もし良かったら、なんだけど……数日で良いから貸して貰えないかな?」
 それを聞いた眼鏡の大学生は頷き、口を開く。
「私は充分楽しんだから構わないよ。但し、壊したり又貸したりするのは止めてね。特に、壊したら何が起きるか分からないから」
 眼鏡の大学生の返答に、サークル活動部屋に居る者は歓喜した。そして、何度も礼を行ってからブックカバーを鞄にしまい、部屋を出た。

 ブックカバーが貸し出されてから数日後、眼鏡の大学生は食堂で昼食をとっていた。そのテーブルの先には、ブックカバーを買った時に居た明るい髪の女子大生がおり、相変わらず一人で話し続けている。
 眼鏡の大学生へ話し掛けるものが居た。その者はブックカバーを借りたサークルメンバーで、お礼を入れた紙袋と共に借りた物を所有者へと返し立ち去った。
 その様子を見ていた女子大生は、返されたブックカバーについて尋ねた。眼鏡の大学生は簡単に説明をし、ブックカバーを丁寧に鞄に仕舞った。

 ブックカバーの話題は、それ以上出されぬままに昼休みは終わり講義の時間となった。昼食を共にした二人は講義も共に受けており、一方が席を外す際はどちらかが席に残った鞄を見張っていた。
 午後の講義が全て終わり、二人はそれぞれ帰路についた。眼鏡の大学生は、帰るなりブックカバーを取り出そうと鞄を開いた。しかし、入れた筈の場所にそれはなく、大学生は鞄を空にしてまで確かめた。思い違いを考えて紙袋も覗いたが、そこには美味しそうな菓子があるばかりだった。
 翌日、眼鏡の大学生は暗い顔をして、大学へ向かった。彼女は、昼食後に向かった場所を探し、事務にも声をかけた。しかし、幾ら探しても手掛かりすら掴めず、眼鏡の大学生は暗い気持ちのまま講義を受けた。

 講義を受ける際、隣に明るい髪の友人は居なかった。必修でない授業でそれは珍しくなく、落ち込んでいる眼鏡の大学生が気に留めることは無かった。
 とは言え、彼女の不在はその日だけでは終わらなかった。数日しても、週が変わっても大学ですら見かけない。眼鏡の大学生も流石に不安になってきた頃、近くで授業を受けていた者に声をかけられる。
「最近、エリ見ないけど何かあった?」
 その問いに眼鏡の大学生は、首を傾げた。その様子を見た質問者は、眼鏡の大学生に顔を近づけ声を潜める。
「ここだけの話、エリが貴方の鞄から何か盗るのを見ちゃってさ。それで一悶着あったのかって」
 それを聞いた者は思わず声を上げ、話し手に向き直った。
「それって何時の話?」
「一週間位前かな? 騒がれた様子も無いから私も黙っていたけど、あの日から当人を見かけないからいい加減に気になって」
 眼鏡の大学生は、今まで友人が居た側の席を見た。しかし、そこに誰も居らず、大学生は細く息を吐く。
「ま、大学でドロップアウトなんて珍しくもないしね」
 眼鏡の大学生の反応を見た者は、そう言い残して教室を去った。眼鏡の大学生と言えば、空の席を見つめたまま、ブックカバーを買った日のことを思い出す。

「このブックカバーを使う際の注意点。先ずは人に見られない場所でつかうこと
 雑貨店の店主は、そう言いながらブックカバーの赤い栞を掴む。
「第二に、話から離脱するためのアンカを忘れないこと。アンカは、離脱したい場面のページに赤い栞を挟むことで出来る」
 店主は、赤い栞を丁寧に戻し、代わりに青い栞を掴む。
「第三に、この青い栞を使って誰になるかを決めること。そうしなければ、入り込んだ先に待つのは虚無だ」
 店主は、そこまで言うと青い栞を指先で撫で、その使い方を説明した。そして、代金と引き換えにブックカバーを眼鏡の大学生に手渡したのだ。

「まさか、ね」
 眼鏡の大学生は、そう呟くと荷物を纏めて教室を出た。彼女は、姿の見えない友人に連絡を取ろうとスマホを手に取るが、何もせぬまま時は過ぎた。そうして、人一人が消えても騒がれぬまま、何事も無かったかの様に時は過ぎた。
 やがて、行方不明者として大学生の名がニュースで流れるが、それを心配する者は大学に居なかったと言う。
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