子供の体と心の話 ―先人による生きる術の教え―

文字数 5,020文字

 年々、日本人は子育てが不得手になっているらしい。いや、スマホやネトゲにかまけすぎて、面倒な子育てなどやっていられないと言うことか。
 実際、ゲームにかまけすぎて、乳児が放置され亡くなった事件がある。それも、亡くなってから何日も気付かなかった。そんな、自分の快楽ばかり追い求める者が子を産む。亡くなったとして、原因が親によるものだと証明出来なければ罪にも問えない。

 例え罪に問えたとして、その刑期の短さは説明するまでもない。直接手を下したのでは無くとも、死すべき原因を作った。それでも、法は親に甘い。
 高齢化が進む一方で、出生率は下がっている。政府は金をばら蒔いて国債を増やし、手当ては受けるべき対象者へ渡っているかも怪しい。一戸一戸調べる訳にもいかない。だから、子供が餓える傍らで、親が好き放題している場合も少なくない。

 学校に通って気付かれれば不幸中の幸いである。だが、それまでに亡くなる例もあれば、発覚を恐れた親が通わせない例もある。そして、発覚した際、死因が分からぬ程に時間が経過した例まである。それどころか、遺体が発見出来ない場合も教師が子供の訴えを裏切った場合もあった。

 少子高齢化社会にあって、生きられる筈だった子が亡くなることは社会的損失だろう。どんな育ち方をするかは不明だが、不明だからこそ尊いとも言える。
 そして、長い会議の後で「育児能力に著しく欠けた保護者からのみ、子供は強制的に保護される」また「非雇用者に向け、保護された子供らの支援作業を斡旋する」と言った内容の法が成立された。

 勿論、反対意見は多数あった。人権だの親権だのとわめく団体を始め、雇用されない様な人間に何が出来るのか……と。
 だが、決まってしまったものは容易に戻せない。子供を奪われた親が暴れ、傷害罪で逮捕される事件もあった。それでも、子供は保護された。保護ノルマをこなさなければ、職員は何もしない上から叱責された。

 ある者は心を病み、ある者は部署替えを希望し、ある者は狂い、ある者は退職した。それでも、上はノルマを課した。既に保護施設は増えたのだからと。税で建てた施設を活用すべきだと。
 保護施設は保護施設で大変だった。資格を持つ職員は僅かで、掃除や洗濯要員に若者が大量に雇用された。だが、その給料は安く、若者がやる気を出せる環境でもなかった。
 建てられたばかりの施設はどこも綺麗だったが、直ぐに心身が不安定な子供に汚され壊された。これを安い金で雇われた若者が処理するのだが、子供の汚す早さは掃除や修繕を上回った。

 そのうち、真面目な若者ばかりが仕事をし、その負担から心を病んだ。雑用要員は頻繁に入れ替わり、雇用の安定にも疑問が投げられた。
 それでも、施設の運営は続いた。食べるものすら与えられず亡くなるよりは、子供も幸せだと。車に放置されて苦しみながら亡くなるよりは、子供も幸せだと。口先だけの高給取りが宣った。

 昔話には、「親も食べられないが故に子供を捨てる話」が複数ある。だが、保護対象は「親は充分に食べ趣味にまで金を使いながら、飢餓状態に陥ってしまった子供」ばかり。

 貧困対策に金をばら蒔いても子供には回らなかった。そんな家庭から子供を保護し、必要な栄養をとらせる。
 しかし保護の必要な子供程、与えもしない親を庇った。付け焼き刃の知識では子供達を落ち着かせることなど出来ず、保護施設は日に日に荒れていった。

 そんな中、保護施設を回っては子供を黙らせる者が現れた。その者は中背の女性で、いつもゆったりとした服を身に付けていた。柔らかなスカートは踝まで隠し、服の下から覗く肌は少なかった。また、常に柔らかな笑顔を浮かべていると評判で、女性を呼ぼうとする保護施設は増えていった。
 その女性が訪問するまで、話すら聞かなかった子供。座り続けることを拒否した子供。何かにつけて叫ぶ子供。大人からして扱いにくい子供の全てが、その女性と目を合わせた後に大人しくなった。

 その女性は、子供の年齢に応じた話をして回った。小さな子供には、先ず絵本を読み聞かせた。保護されるまでは暖かな言葉すらかけられなかった子供は、女性の話す物語に引き込まれ目を輝かせた。
 だが、女性がしたのはそれだけではなかった。そう、子供達が心を開き始めてから伝えるのだ。子供達が置かれた冷酷な現実を。

「良いですか? 君達のパパやママは、マッチの炎に映った幻と同じです。期待しても、それはただの幻です。それにすがったら、待つのは死です」

 当然、子供達は反発する。しかし、それさえも女性の笑顔が解決した。

「君達子供は、食べなかったら死んでしまいます。その食べ物を、パパやママはちゃんとくれましたか?」

 途端、子供達の顔は曇り、涙を浮かべる子供も現れた。しかし、女性は続ける。

「パパやママには、君達のご飯を買う為のお金が渡されてしました。でも、それは君達の為に使われませんでした。それは、パパやママにとって、君達が大事では無いからです」

 ここで、逃げ出そうとする子供が出た。しかし、女性が子供に目を向けるだけで、子供は硬直し座り直した。

「パパやママに会えなくて寂しいですか? もし君達がそうでも、パパやママは寂しがってはいません。パパやママは、君達にご飯をあげるのも嫌がっています」

 子供達は手を握り締め、唇を噛みながらも話を聞いた。

「君達の中には、傷が残る程叩かれた子も居るでしょう。それも、パパやママが、君達を要らないと思っていたからです。幾ら君達が傷ついても、パパやママは気にしないからです」

 ここで動く子供は居なくなり、女性は加える。

「だから、優しいパパやママは幻。少女が見たマッチの炎と同じ、幻です」

 そうして女性は微笑み、それから子供達を一人一人抱き締めた。
 女性は、近くに座る子から順に抱き締め、子供の耳元で囁いた。子供の名前は優しく、愛されていない事実はおどろおどろしく。そして、震えだした子供の頭を優しく撫でながら言うのだ。子供の名前を優しく、ゆっくり。
 女性は時間をかけ、子供達を抱き締めていった。そうして、部屋に集められた子供の全てを抱き締めた後、女性は微笑みながら部屋を去った。

 女性の訪問後、騒ぐ子供は居なくなり、大人にとって扱いやすい子供になった。その話を聞いた他の施設の職員は、女性の真似をして子供達を懐柔しようとした。
 多くの施設で真似事が行われた。しかし、どの施設も失敗に終わった。先ず、子供達を落ち着かせられず、話に引き込める職員も居なかった。

 ある日、女性を呼んだ職員が聞いた。子供達を落ち着かせるコツを。すると、女性は乾いた笑顔を浮かべ、袖を捲った。

「保護されなかった子供の行く末」

 そう話す女性の腕には無数の傷。引き裂かれたまま痕になってしまったものや丸い火傷の痕。か細い腕には無慈悲な傷痕が残されていた。

「苦しみを体験し、親を信じようとする心も理解する」

 女性は袖を戻し、指先以外を服に隠した。それから、柔らかな笑みを浮かべ、職員には何も言わず仕事へ向かう。

 女性は、施設職員と必要以上に関わらなかった。女性にしかなせない仕事をこなす忙しい身であったし、女性自身がそれを必要としなかった。それ故、女性はいつしか神格化され、ついには聖女と呼ぶ者まで現れた。
 当の女性は淡々と与えられた仕事をこなし、落ち着いた子供達も増えてきた。しかし、それは根本的な解決にはならない。死に瀕した子供を次から次へと施設へ送る。それは予算も人員も確保しなければならないことを意味した。

 親側に改善余地があれば戻す。しかし、それで亡くなった子供も居る。ならば新たな基準が必要だ。
 今まで、子供の為に分配された金に頼りきっていた者。その者達に戻したところで、税金が費やされることには変わりない。むしろ、子供の為に使われなかった以上、無駄な補助金だった。

 だから働かせた。最低限の食事を与え、無駄にした分の金が貯まるまで働かせた。しかし、今まで補助金に頼ってきた者ばかり。生産効率は悪く、とても時給換算は出来なかった。
 それ故、出来高制に変えた。内職同様に単純な作業を与え、売れる商品を作った分が賃金となる。数だけをこなしても商品にならなければ金にはならず、酷すぎる作業であれば賃金から引かれた。

 彼等の食費は賃金から天引きされ、粗末な食事に不満を漏らす者も居た。しかし、彼等の閉じられた家庭とは違い、監視下に置かれた弱い立場。腰ほどの身長もない子供には強く出られても、監視役として雇われた者には勝てなかった。

「お前は、何故こうなったのかをまだ理解していないのか。自分の子供に、これよりも酷い扱いをしたからだろう? お前の子供は、栄養失調になって保護された。なのに、お前はまだなっていない。測定した体重も平均値だった」

 そうして、監視職員は続ける。

「栄養的には充分だ。文句を言うなら、お前の子供程に飢えてからにしろ。それに、許されているなら、俺も言うことを聞かない役立たずを殴りたい位だ。お前が、年端もいかない子供にやった様にな」

 それを聞いてもなお、反抗する者も居た。その者達は「改善の余地なし」のレッテルを貼られ、より厳しい施設に送られた。
 どの親にも、子供にどれ位酷いことをしたかを理解させるセミナーが開かれた。拒否すれば子供を取り戻す権利は得られず、自信の無い者には時間を置くことが許された。

 何かしらの依存症であれば、症状が現れなくなるまで子供と離れる。直ぐに手をあげてしまうなら、心の問題が解決するまで子供と離れる。離れている時間で良い方向に向かう場合もあれば、自責の念で悪化する場合もあった。
 また、仮に子供と共に暮らすことになっても、義務教育期間が過ぎるまで現状を報告することが義務付けられた。

 幼児の頃であれば月に数回。就学してからは担任が様子を見、年に何度かは現状を報告することになった。
 それを怠り、かつ子供の成長に疑問のある場合には、一度引き離してでも子供の体調を確認する。また、学校に通わず、生存すら確認出来ない場合にも、親の権利は一時的に剥奪された。

 それが正しいのか、それは誰にも分からなかった。親にも親の都合がある。子供には子供で生きる権利がある。ならば、どちらを優先すべきか?
 止まらぬ少子化の中にあって、子供を優先する意見の方が多かった。否定すれば、自分にやましい部分があるのか疑われる。それもあって、表向きには子供を守る方面の意見が多かった。

 選択しなかった未来、それは誰にも分からない。ただ、飢えていた子供に充分な食事が与えられ、平均的な体格へ近付いていった。また、ばら蒔いていた補助金を子供達に回したことで、予算は幾らか抑えられた。
 子供の親だった者達を隔離する施設が作られたことで、逆恨みを恐れていた者達も通報し始めた。それまで、子供の悲痛な声に気付きながら、匿名で通報可能と知りながら、それでも逆恨みを恐れ放置していた。その者達が「相手が居なくなるならば」と、こぞって通報した。

 結果的に、子供の叫び声に悩まされていた者は静寂を手に入れた。この国は、保育園の煩さには不満を漏らせても、子供を痛め付ける相手に意見する者は殆ど居ない。元気な子供を否定し、わめき散らす。しかし、助けを求める声は聞こえない、なんとも愉快な耳を持つ者があちこちに居た。

 増え続ける高齢者が、減り続ける子供を更に追い詰める。自らの声の大きさを棚に上げ、言い返せぬ若者ばかりを否定する。
 減り続ける子供の為にかかる金より、高齢者に払わねばならない金の方が多かった。先ず、人口が違うのだ。そして、医療費は高齢になる程かかることが多い。高齢化で増した医療費が、国の財政を圧迫していることは説明するまでもない。

 だからと言って「治療を受けるな、我慢しろ」と言うことは出来ない。不必要な医療行為を止める医者も居なかった。不必要でも、金は上から払われる。だから、医者は儲かる為に、争い事を避ける為に、不必要な治療を行い続けた。
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