第75話 戦場にいた・1

文字数 1,514文字

 僕らの上には淀んだ曇り空が広がっている。
 顔を上げると、灰色から白まで長いグラデーションを成した、見慣れた春先の雲。そして飛び交う小鳥。
 ズシーンズシーンと振動する着弾の音と、絶えず大気を舞う土埃。
 地平線の際、森の木々との境界線には淡く澄んだ青い空が広がっているのかもしれないが、いま体を伏せて身構えている塹壕から、体を伸ばして眺めることはできない。
 ついさっきも数メートル離れた所で待機している仲間が、人よりほんの少し首を伸ばしていただけで頭を撃たれて死んだ。
 サーシャという名の学生だった。
 農家の次男坊で、年とった両親を北部の農場に残してきたので、早く帰って家畜の世話と農場の春の植え付けを始めなければならないらしい。

「家で絞った牛乳で作ったバターは美味いんだぞ。市内の一流ホテルの料理にも使われているんだ」

 そう言って、泥に汚れた赤毛をぼりぼりと掻いたサーシャ。
 その指の間からシラミが服の肩に落ちてうごめいていた。
 軍服なんかじゃない。
『できるだけ野外に適した、動きやすく温かいものを』と言われて着こんだ、農作業用の上着だ。
 知ってる。僕はそのホテルで働いていたんだから。
 君んちの牛乳で作ったバターの、それを使ったクリームソースやケーキの美味さも充分知っている。
 そのサーシャはつい10分くらい前だろうか、鼻と口から血を吹いて死んだ。
 敵の狙撃兵の仕業だ。
 誰も声もかけなかった。
 ここはそういう場だからだ。

 今日は何月何日だろう。
 僕が記憶しているのは、家を出たのが3月の終わり近くだという事だ。
 昨年夏の、イギリス野郎どもの爆撃の後、街は大聖堂や宮殿のある中心部の地区をはじめ、大きな被害が出た。
 家は破壊され、焼かれ、死者もけが人もゴロゴロ出た。
 市民の中には家族と共に、あるいは妻子だけでもドイツ本国へ逃がそうと奔走する者もあらわれた。
 管区のナチ党指導者たちにより、そうした動きは「敗北主義」とされ、気付かれると事務所に呼び出されて怒鳴りつけられるし、ベルリンまでの鉄道の切符も買えなくなってしまう。
 だが、仕事上の権利によって、合法的にドイツに移動できる向きもあった。
 僕らのホテルに事務所を構えたナチに、チョコレートやボンボン、キャンディといった菓子類を納めていた菓子屋夫婦がそれだ。
 ベルリンにある取引先と砂糖やカカオやクリームの取引に行かなければならない。
 そうナチの役人に取り入って(もちろん金や菓子、酒類もたっぷり上納して)、ドイツ本国への鉄道の切符を手に入れたのだ。
 その情報を耳に入れた僕たちホテル・カイザーヴィルヘルムの職員たちは、急いで集まり、話し合いを持った。
 ホテルの最年少スタッフ、ニコラスをなんとか内地に送ることはできないか。
 問題は、すぐに結論をみた。
 ホテルスタッフの有志(ほぼ全員だ)から募金をつのり、シュミット夫妻の屋敷まで少年を連れて頼みに行った。
 驚くべきことに、民間人の避難を押し留める役目のナチ党員たちまで、シュミット氏に掛け合いに行き、少年の分の切符を手に入れてくれた。

「ぼくらの最年少の同士だからな」

 そばかすだらけの若いナチが善人めいて呟くのも、僕らはもう素直に受け止められない。
 ドイツは負けない、画期的新兵器を成功させ、投入し、勝つ。
 ナチがまくしたてることを信じる東プロイセン人がいるだろうか。

 そうして彼は、ニコラス・シュミットという新しいファミリーネームを得て、夫妻の養子としてドイツに渡ることになった。

 1945年1月20日頃、ソビエト軍が街の北の海に突き出した半島と、街の西のヴィスワ潟湖をおとし、ケーニヒスベルクはほぼ孤立しつつあった。
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