『420㎡からのメッセージ』

文字数 1,790文字

「縦28M、横15M、これって何の広さでしょうか?」テレビのクイズ番組じゃない。娘が言ってきた。
えっ、何だろう? 頭の中でイメージする。長方形だ。う~ん、考える。
「面積は420㎡」と娘は言う。同時、かなりの広さだ、と思う。わからない、わからないのだ。
「ヒントは?」
娘は、暫く考えて、
「ジョウダンがヒントかな」と言った。
「……」「……わからん」お手上げだ。
「バスケのコートの広さでした」娘は得意気に言った。
「冗談がヒント?」
「マイケルジョウダンやし」
18年程前、中学生になった娘との会話だ。東京オリンピックの女子バスケを見ながら、そんなことを思い出していた。

 娘は、中学、高校と六年間、バスケットボールをやった。それこそ厭な時もあっただろうに向日葵よりもポジティブにバスケットボールを続けた。娘の性格は、こうと決めたらやり遂げる、真面目に一生懸命やる性格だ。それは親の遺伝子に抗するかのようだ。また遺伝子の突然変異なのか。

 そんなある日、我が家に『部活誌』が無造作に置かれていた。タイトルは『420㎡の青春』とある。何気なく開いて見た。卒業する部員たちが、バスケットボールを通じて思った事、気付いた事、感じた事、そして仲間たちへのメッセージなどを書いている。皆、粗削りな文章だが、そのぶん現実感がある。リアルだ。デジタル世代だ。明快であり、新鮮だ。生々しい。そんな中に娘の文章もあった。
 そうだ,思い出した。引退試合を前に、娘は、その数週間前まで松葉杖だった。練習中、足首を骨折したのだ。ラストゲームに出られない――娘は冗談で「わたし、まぁ~つば」と≺あみん≻の♪待つわ♪を気丈にも、悔しさを隠すように口ずさんでいた。ショックだったろうに。高校最後の大会に出られない。「お風呂で泣いている、、、、」と妻が言っていた。
それでも、娘は一生懸命リハビリをした。それこそ、あすなろよりもポジティブに。
 引退試合を妻と見に行った。体育館の2階ギャラリーから見下ろした。練習では何事もなかったように動いていた娘。でもまだ完治していない。ベンチスタートだ。
ジャンプボールで試合開始。ゴールが入れば拍手、「ヨッシャー」と威勢の良い声が飛び交う。第1クォーターはほぼ互角の拍手、第2クォーターから相手の拍手の数が多くなってきた。ハーフタイム、娘が甲斐甲斐しくレギュラー陣の世話をしている。第3、第4クォーター、ますます相手の拍手の数が勝っていく。大差、それでも娘は眼を輝かして応援していた。試合終了まで後2分、その時、その時だ。娘が呼ばれる。出番だ。仲間が「頑張れ、頑張れ、」と娘の名前を叫ぶ。大声援だ。娘が出る。頑張れ、少し緊張した。
娘にボールが送られる。意図的に送られているかのようにも思える。娘にマークがつく。なかなか突破出来ない。でも足は大丈夫のようだ。タイムアウトが迫っていく。その時、「シュート、シュート」どこからかそんな声が聞こえてきた。スリーポイントラインの外側からボールを押し上げて飛び跳ねた。シュートだ。スローモーションみたいになる、バックボードにボールが当たる、リングに当たる。そして、ゆっくりとバスケットに吸い込まれていく。ゴール、ゴールだ。スリーポイントゴールだ。拍手、拍手喝采だ。隣の妻が涙目になっている。その時、試合終了のホィッスルが鳴り響いた。

 そんな事を思い出しながら『部活誌』のページを進めていった。すると坂村真民の詩が掲載されていた。

  本気になると 世界が変わってくる
  自分が変わってくる
  変わってこなかったら
  まだ本気になっていない証拠だ
  本気な恋 本気な仕事
  ああ人間
  一度はこいつをつかまないことには

 娘はバスケットボールを通じて色んなメッセージを受け取ったにちがいない。辛いこと、楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと等々こもごも。だから人生だ。今、娘は結婚し、社会人として働いている。
「頑張れ、頑張れ」。 

 バスケ女子は日本の史上初となるオリンピック銀メダルを獲得。僕はバスケ女子の奮闘ぶりにいつの間にか拍手をしていた。
「頑張った、頑張った」。
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