花火、コロナ禍

文字数 1,562文字

 家に花火の写真がある。妻がとった二Lサイズの写真、額におさめられ、出窓に飾ってある。色彩感溢れる花火だ。そうだ、八月の初め、妻と一緒に花火を見に行った。コロナ禍では遠い昔のおとぎ話みたいだ。
その時、撮った写真だ。
 僕らは電車に乗った。花火の見物客でラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、フラッシュだ。日本人はやっぱり行列民族だ。電車の中、押すな、押すな、触るな、押すな。コロナ禍では信じられない。
ボクの後ろに若い女。もう一回言うよ、僕は心の中で言う。
<まだ触る、これが最後だよ、、、、 >。
 僕は電車が揺れた時、咄嗟に振り返る。返り討ち、返り討ちだ。でも、僕のお尻を触っていたのは彼女のカバン。世界一エロなカバンやんか。
妻は、妻はどこへいった。あっ、いた、いた。妻はここにいるよと人生の必然みたいな卑屈さで笑っている。
 僕らは汗だくになりながら最寄駅へ。人は改札口へ、改札口へと流れていく。さながらゲルマン民族の大移動のように。時を超えて、溢れんばかりの人、人、人。
「あぁ、最悪や」
「浴衣(ゆかた)がこれ程暑いとは思わなかったよ」と、リアルな若いカップルの会話。あとは無口、強者(つわもの)のように行く男。あぁ、人、人よ、構内のアナウンスさへ通り過ぎてしまった人生みたいに。君たちは改札口を通り抜けて何処から何処へ行こうとしているの。花火に人生を託して、花火って泡沫(うたかた)だよ、それでもいいんだと、饒舌な人たちの群れ、僕と妻は寡黙、ただただ人生の拠り所を探るように色彩を求めて歩く。 
 山の方まで坂道を上っていくと高揚感。僕らはやっと人混みの中の饒舌家に変身した。とりとめもない話をする。それもこれも人生の必然だ。今、コロナ禍、人生の必然さえ奪われてしまったのかな?
 その日は少し前に夕立があった。僕の心と一緒でいささか大気不安定だ。今は小雨、もうすぐやむにちがいない。ホラ、やんだ。
どど、ど~ん、一番花火があがったよ。
「わぁ~い」、「わぁ~い」。
人々が感嘆の声をあげた。
「ヒャー」妻の声。僕は笑った。
夜空にパッと咲く、大きく咲く、打ち上げ花火。エネルギーの権化みたいに咲く。時に、百日紅(サルスベリ)のように咲く。
 ビールを飲みながら夜空を見上げた人、人、人。人は何を凝視(みつ)めているのかな? 現在、過去、未来、そんな流行り歌あった。夜空に、紅、黄色、青、それぞれの花火が輪唱みたいに湧き出ていく。追っかけこ、次から次へと火の玉小僧が上がっていく。爆発音が心まで響く。どん、どん、どん、時に、ドドドド、ドンドン、さながら市街戦。これでもか、これでもかと胸に容赦なく打ち入るドドドド。僕らは胸を撃たれた戦場の赤いバラよ。若いカップルの女が私を優しく抱いて、抱いて、と言わんばかり、男にしだれていく。しだれいく花火って嗜虐的に。花が咲いて赤、青、黄色、僕らは被虐的に光りの滝に打たれていく。これでもか、これでもかと、、、 光りは、いつの間にかしだれ柳みたいに。
「わあ~金魚みたい」子供が叫んでいる。
真っ黒な空に無数の赤い金魚が泳いでいく。そして、留めは白い光りの雨。
「うわぁ」、「うわぁ」、「うわぁ」。
輪になって広がる声。
「やばい」、「やばっ」。
歓喜の声だ。大人たちは子供たちにかえる。子供たちは少し背伸びして。大人の元気、子供の元気。そして老若男女の元気、それぞれの元気があった。
「やぁ、」、「やぁ、」、「やぁ、」。
 留めの花火はすごい、すごい、どすごい、どすこい。アンコールも言わせない迫力だ。
「ファンタジック」、「ブラボー」、「サンキュー」様々な声が飛び交う。
決定的な声は、「おおきに、おおきに、死に土産や」隣で見ていた爺さんが言った言葉だった。
その花火の色鮮やかな写真、コロナ禍の僕は、そんな事を思い出していた。
 

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