第32話 噂のおネコさん②
文字数 1,144文字
身を潜めてしばらくすると、周囲の空気が一変した。
そよ風にはこばれて、魅惑的な香りが流れてくる。
いいニオイなんて、そんな軽いレベルじゃなかった。
ひと嗅ぎするだけで本能を駆り立て、思考能力さえも吹っ飛ばしてしまうようなヤバいニオイだ。
あまりにフェロモンが強烈で、ちっとも頭が働かなくなっている。
こんなときにニオイからいろんな情報を探るなんて、ボクにはとてもできそうにないけど……
ボクは親分の指示に従って、無造作に伸びきった草のあいだからほんの少しだけ顔を出した。
カサッ……!
メス猫は葉のこすれ合う音に反応したみたいだ。
それまで土手を歩いていた足の動きがピタリと止まる。
ボスが通常よりもはるかに小さな囁き声、〝超サイレントニャー〟で問いかけてきたので、ボクも同じように小声で返す。
メス猫とボクたちのあいだには、数十メートルほど距離がひらいていた。
ボクは焦りながらも目を凝らして、土手に佇む一匹の猫を注意深く観察する。
メス猫の茶色っぽいの毛色。
目の色はわからないけれど、おしりの付け根から伸びるシッポは長めだ。
体にキジトラのようなシマシマ柄が入っている気もするけど……
ボクはおずおずしながら前足を茂みから出し、こっそりメス猫に近づいた。
(ログインが必要です)