第93話 勝利のニオイ

文字数 1,786文字





 ワイの接近を恐れるようにジリジリと後退する副ボス。



ヴグッ……!



逃がしまへんで!








 ワイは出せる限りの力を尽くして、手を突き出す。



 せやけど、やっぱり副ボスはごっつい。



 ワイの渾身(こんしん)の一撃をあと一歩のところで(たく)みに避けた。



攻撃はかわされたけど、狙いどおりや……!




 一番の目的は、攻撃を当てることやない。



 突き出した手を副ボスの鼻に近づけることや!



クッサァァァァァッ!




 ワイの手から瞬時に顔を背け、副ボスは叫びだした。



ウワァ、なんだよそのニオイ! 

鼻がバカになっちまいそうだ!




 たまったもんやないというふうに不平を鳴らして、鼻を何度もこする。


すんまへん。

なんぼ洗うてもニオイはなかなか取れへんもんで



さっきも臭すぎて焦ったぞ



やっぱり(ひる)んだ理由は、ワイの手足に残った糞臭(ババしゅう)やったんですね



そーだよ。

おまえのその強烈なニオイ・・・にやられちまった



ウヒャ!

どんなにええ香りも、汚臭の前にはかなわんとゆうことですわ



そのようだな。

おかげで一気にユメから覚めちまった








 内心、副ボスはちょっと不満なのかもしれへん。



 そりゃメス猫の香りにほだされとるほうが心地ええやろなぁ。



 まぁなにはともあれ、もうその顔に邪悪な影はあらへんし、悪しき誘惑が打ち消されたと見て間違いなさそうや。



ってか、おまえの手足についてるそのニオイ、マジで激臭だぞ



そない嫌そうな顔で言わんといてくださいよ。

ワイだって未だに慣れへんのですから



そーだな。

おまえが一番ツイてないよな



けど、おかげで活躍できましたわ!



ああ、マジで助かった




 副ボスの目が()めたとはいえ、ここにいる限り油断はでけへん。



テンダ兄さん。

いまのうちにここを去ってください!



だが、キンメ。

おまえはどうする?



ワイはヤミミンとの決着をつけてから行きますよってに



決着って……


相手はあのとおり手強いぞ。

やれるのか?



まかしといてください!




 ワイはニコやかに言い切る。



 べつに確たる勝算があるわけやないけど、ここでグズグズ言うてても話が先に進まへん。



 その直後――



 草地をゆっくりと踏みしめて、悪しき香りの元凶が近づいてきた。



あいにくだけど、ふたりの会話は筒抜けなの


狙った獲物は逃がさないわよ!



そうはさせへんで!




 ワイは地面を蹴ってピョーンと跳んだ。



 副ボスを追おうとするヤミミンの進行方向に狙いを定め、思いどおりの場所にシュタッと着地する。



フフ、バカね。

邪魔しようたって、そうはいかないんだから!




 ヤミミンは、前足を口元に寄せてひと噛みする。



さては、またニオイつきの毛を飛ばすつもりやな!?



そうよ!

何度でも誘惑してあげるわ!



テンダ兄さん!

香りにやられる前に、早く遠くへ行ってくださいっ!



わかった!

だが、本当におまえも一緒に行かなくていいのか!?



ワイのことはええですから。

心配せんといてください!



おう、気をつけろよ!

おまえまで操られるんじゃねぇぞ




 副ボスが猛ダッシュで野原を駆けていく。



 並の猫なら振り切れそうなスピードやから、仮にヤミミンが走っても追いつかれることはないやろう。



あら、戦線離脱?

情けないわねぇ



やかましいっ!

賢い猫の戦略的撤退や!




 ワイの反論にムッとした様子もなく、ヤミミンは艶やかな瞳をこっちへ向ける。



だったら、次はあなたを標的にしてあげる。

あたしのフェロモンをたっぷりと味わってね!



いらんわっ!



ンフフ、無理しちゃって。

操られたらあたしには逆らえないわよ


たとえそのニオイつきの手を顔に当てて誘惑から逃れようとしても、それ自体、行動に移すことができなくなるんだから



……難儀(なんぎ)やな



せいぜい都合のいい奴隷になりなさい




 ワイの拒否を無視して、ヤミミンは自分の前足にフゥーと息を吹きかけた。



誘惑のフェロモン♡




 抜け毛が舞い上がるとともに、妖しい香りが漂ってくる。



ウグゥ……!


鼻づまりでも鼻腔がくすぐられて、誘惑に堕ちてまう……!



バカね。

鼻づまり程度で耐え(レジ)れるわけないでしょ



というのは冗談や!

一瞬クラッとしただけで、たいしたことあらへんわ!



え、ウソでしょ!?

このヤミミンの誘惑フェロモンを受けても動じないなんて……!?


まさかあなた――!?



ウッヒャッヒャ! 

やっと気づいたか。ワイにお色気攻撃は無意味やで!


なにしろワイは、玉無しやからな!




 ワイは勝利を宣言するように高々と言い放った。























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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