70話 夜空に光る街 1

文字数 2,705文字


 月を横切る、一つの陰。

 ブルースカイの配慮なのか。
 それとも、慣れてしまったのか。

 両肩を抱えられ。
 足が地に着いておらず。
 宙ブラりん、なのに。

 真下に見える大きく広がる森。
 東京タワー・スカイツリーなんて比較にならない、高度。
 強く体に打ち当たる風。

 なのに、どうしても。 
 恐怖心が、沸いてこない。

 それどころか。
 落ち着いて、あたりを見渡せるほど、沙羅は落ち着いていた。

 上空から見下げる、森は。
 月明かりの淡い光を吸い込み。
 深い闇と、緑のコントラストを見せ。

 夜の海とは違った、引き寄せられるような闇を、目に映す。

 森を恐れ、自然を恐れ。
 管理された緑を好んだ、日本人としては。

 ただ、ただ、この自然に、翻弄され続けるしかなかった。

 この世界で走り抜けた道は。
 あれだけ、恐れていた森は。
 今となっては、ナニも感じない。

 心に違和感を返し。
 それでも、深く沈み、落ち着きを見せる心に。
 深くため息を吐き出し、目を、もう一度開ければ。

 まだ、見ていなかった。
 結果の一つを、目にうつす。

 一番最初に確認すべきだった、ソニャの街。
 容赦も、手加減も、なにもない。

 あのとき、解き放った法の力を、縛るモノなどなく。
 ただ、純粋な力の解放でしかなかった。

 感情の爆発。
 理性すら、望んだ解放。

 全ては、無意味に思え。

 こんなにも、救いが、ないのなら。

 悪意しか、向けられないのなら。

 コンナモノは、必要ない。

 究極の決着を見せつける、法の力に。
 望んだ決着など、なかった。

 この、力なら。

 わずかに、ぼんやりと思い描いていた。
 机上の空論に、なってしまった未来に。

 今、よりは。

 よほどマシな、世界を見せつけてくれると。
 思えてしまっていた。

 ブルーの言ったとおり。
 法の力に思う万能感は、幻想だと。

 言葉で、目に、訴えられてきたのに。 

 強大で、無慈悲で、粗雑で。

 こんなに、何も、デキない力なのに。

 望んだとおりには、ならないと。
 散々、体験してきたのに。

 どこか、期待してしまっていた。
 自分には、想像もできないような結果を。

 わずかでも、見せてくれるかもしれない。
 法の力を使えば、なにかが、変わるかもしれない。

 法の力で、何をしてきたか。
 知っているのに。
 分かっているのに。

 いつしか、また。
 何でもデキるように、思えてしまっていたから。

 どうにかしてくれるという、甘えがあったから。

 考えもなく、感情は。
 天に手を突き出させた。

 理屈も理論も。
 感情の先に、あるモノなら。

 感情的に吐き出した、この二つは。
 理屈でも、理論ですらない。
 ただの感情論だ。

 跡づけの言い訳すら、安く感じてしまうほど。
 感情のマグマの熱量。

 自分自身を捉えやすい言葉で、知っている言葉で。
 もっともらしく、吐き出しているだけ。

 暴れてしまった、裸の感情に。
 なにが、通じるワケもない。

 明日を、先を、考えているワケがない。

 ただ、叫んでしまったから。

 決着を、つけてきた法の力が。
 どのような結果を、見せつけるのか。

 何一つ、想像がつかない。

 森だらけの視界は、開け。

 畑、木製の囲い。
 上空から見下げる。

 夜の暗闇に飲まれているハズの、ソニャの街は。

 細部にわたるまで、見渡すことがデキた。

 人の手が入らなくなったと、分かる静けさ。
 このまま放置すれば、廃れるだけだろう。

 扇状に延びた道。

 その間に並ぶ、最大、三階建ての建造物。

 白龍なったから、視力が良くなったのか。

 人の姿のままなら、人以上のことはデキない。

 だから、今まで、白龍の後継者と言われながら。
 何もデキないことを、突きつけられ苦しんだ。

 白龍の身体能力も、ナニも、関係ない。

 ただ、夜でも。
 街を照らすほど、明るいという異常が、ソコにあるだけだ。

 実際に歩き。
 あれだけの思いをして、通り抜けた街だ。

 見間違えるハズもない。

 アレが、サイモンの屋敷で。
 あそこが、ソニャの屋敷で。

 アノ奥には。
 ソニャを縛り続けてきた、小屋があって。

 壊れた、噴水が。

「…ない」

 あるのは、大きなクレーターだけ。

 あれだけ爆発で、悲惨な惨状に、なっていた空間ごと。

 くりぬかれたように、ナニもない。

 あるのは、丸く、くりぬかれた地面だけ。

 地下水をくみ上げ、噴水としていた、水が溜まり。

 水面が、丸い光を返している。

 淡く白い、月明かりなどではなく。

 見覚えのある、神々しい色の光りを。

 あらがうことすら、バカバカしいと思わせる。
 金色の神々しい光が、街全体を強く照らしている。

 光源に視線を上げれば。

 上空に、大きな光の球が、あり。
 光の粉が、街に降り注いでいた。

 誰一人、居なくなった街へのレクイエム。

 鎮魂を歌うかのように。
 慈悲すら、感じさせる光の球は。
 神のように、ソニャの街を見下ろし、照らしていた。

 沙羅の開いた口は、音を発することなく。

 真上のブルースカイの顔を、見上げるだけだ。

 見間違いだと、言って欲しくて。

「ソニャさんの街だよ」

 静かに、言われ。

 眉一つ、動かないブルースカイの顔に。
 言われた言葉を反復する。

 もう、沙羅がやろうとしていることは。
 何一つ、成功しない。

 その通りだ。
 一人でココに、たどり着いていたなら。

 ただ、見上げていただけだ。
 唖然として、何もできず。

 街を見回って、誰も居ないことを、確認していただけだろう。 

 また、ナニがどうなっているのか、分からないまま。

 調べ、考え。
 最後には、法の力にすがるしかない。

 白龍の力があろうと。

 法の力があろうと。

 力の持ち主は、ドウしようもなく、沙羅なのだから。

 沙羅が思ったようにしか。

 分かる力しか。

 沙羅には、ないのだから。

 思いも、願いも。

 ズバ抜けた身体能力も。

 圧倒的な暴力も。

 この光の前では、無力だ。

 コウして、見ていても。

 自ら引き起こしたであろう、一つの結果なのに。

 何一つ、理解デキないのだから。

 解決するために、必要なモノは、なにか。

 情報か、理解か、知識か。

 それとも、秀でたスキルか、万能スキルか、チート能力か。

 無力だ。

 この結果を、見せつけられてしまっては、全てが。

 沙羅が、持っている全てを使っても。

 慣れないことを。
 心さえ無視して、一歩を踏み出しても。

 変えていけるレベルの話ではない。

 目に訴えられるのだから。

 沙羅の逃げた視線が、街の入り口に、集まる人影を見つけ。

 知ったシルエットに。
 沙羅は目を閉じる。

 全身から、無駄な力が抜けていき。

 物怖じせず立つ、見慣れた陰が、コチラを見る姿に。

「…オレには、どうにもならないワケだ」
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