69話 月下の告白 1
文字数 3,628文字
余計な光などない、星空に、浮かぶ二つの月を、背負い。
ブルースカイは、広い森を見下ろす。
スレイの影響で、寄りつかなかった鳥が。
木の陰で休んでいる姿を、見る目で、追えば。
一見すると、静かな森の中に。
大きな力の固まりが、迫るのが見え。
奥歯が、ギリっと音を立てる。
「あ~、ホントダメだ、ウチ」
怒りだけでは、ない思いが、ないまぜになり。
溢れそうになる。
叫んでしまいそうになってしまう。
この感情を、なんと呼べば良いのだろう。
沙羅を見つけたと、分かった瞬間。
どうして、怒っているのに。
泣きそうになるのだろう。
体中が、ドンドン、熱くなっていくのを感じ。
脳裏に浮かんだのは。
やり直せると言った、沙羅の姿だった。
やり直せるらしい。
許して欲しい。
そう言った沙羅に。
許すと言ってしまった、自分自身が。
どうしても、許せない。
もし、あのとき。
許さないと、言えば。
沙羅は、ココまで、極端な行動に、出なかったかもしれない。
姉や妹達に、あんな顔を、させなくて、済んだかもしれない。
甘えさせろと、岩沢に、抱きついた姿を見て。
また、いつものように。
ロクでもない毎日が、続くのだと思っていた、自分自身が、許せない。
同じぐらい。
あんなに、姉や、妹を見ていた沙羅が。
スレイから逃げ回った森の中で、全てを、託してくれた、沙羅が。
その全てを、投げ捨てた事実が。
そんなことが。
一番、良い方法だと、本気で思っている沙羅が。
「許せそうにないよ、沙羅」
感情にまかせ、風を切れば。
一息だ。
沙羅の視界に。
拳を振りかぶる、もう一体の白龍が、表れるまでは。
「見つけたよ、沙羅」
拳を受け止めようと、正面に組まれる、沙羅の両腕十字を、シッカリと見て。
ブルースカイの勝機は、確信に変わる。
挨拶だと、言わんばかりに。
拳を、十字の中心に、全力で叩きつけた。
破裂音、舞う土煙、砂利。
静かな森に、破壊の太鼓が打ち鳴らされ、鳥が空に消えていく。
沙羅は、上半身を、力強く打ち抜かれた、反動にあらがえず。
地面に、上半身を叩きつけ。
小さなクレーターを、作り上げた。
全身を貫く衝撃が。
見た目通りの、力の暴力が。
沙羅の頭の中にあったモノを、振り落とし。
剥がし落としていく。
白龍の体で、初めて感じた痛みに驚くが、沙羅は、スグに手をつき。
次の一撃を、大きく後ろに避けるが。
離れることなく、ブルースカイの体は、一定の距離から動かない。
全身を、見せつけるように。
青く深い目は、淡く光り、ゆらりと線を描き。
大きく開いた、キレイな翼は、背後の視界を奪い。
足を動かしたハズなのに、ナニもしていないのかと、錯覚させる。
月光を返す、白い羽毛、ウロコ。
舞う、尻尾は。
沙羅から現実味を、奪い去っていく。
「動きが、大きいよ」
沙羅の耳元に置かれた一言に、沙羅の体は、跳ね上がり。
言い知れない恐怖心を、かき立てた。
「オマ__」
「聞きたくないよ、そんな言葉」
ブルースカイは、再度、組まれる腕十字を見て。
拳を的確に。
腕のない隙間に滑り込ませ、腹部を、強烈にエグる。
為す術なく、浮き上がる沙羅の体は。
「今まで、黙ってた分。全部、返すね」
沙羅には、そう聞こえた。
体は、上下にシェイクされ。
視界は、揺れ、回り続ける。
地に足が届かないまま、平衡感覚を失い。
頼りの視界も、定まらない。
体に、絶え間なく降り注ぐ砲弾が、夢だと錯覚させるが。
確かに積み重なる痛みと、衝撃だけが、現実を伝え。
「ちゃんと、コッチ見ようか」
長細い顔を、強引につかまれ。
沙羅の青い目に、ブルースカイの顔が写り。
リアリティを植え付けた。
拳を防ごうと、あがくが。
「だから、動きが大きいんだって」
月を背後に見えた、顔は。
恐ろしく、美しく。
スグに、沙羅の頭に叩きつけられた、力は。
体を、真下に強引に引っ張り。
上空まで、打ち上げられていたと、気づけたのは。
受け身なく。
全身を汚く、地面に叩きつけてから、だった。
あたりを見渡せば。
爆弾が爆発したように、木々も、地面も、力のまま吹き飛び。
その中、なんの違和感もなく、体が動く、気持ち悪さを。
また、感じさせられる。
顔だけを上げた、すぐソコに。
もう一体の白龍は、立つ。
動いたら、どうなるのか、分かっているのか?
鼻息が、かかる位置にある、両足がそう、言っていた。
「早く、立ちなよ」
ナニをされていたのかすら、分からず。
手も足も出ない、が。
白龍の体で、地面に倒れている、沙羅の目は、死んでいない。
「ブルースカイ」
「なに? もう、降参なの?」
早く立てと、全身で訴え。
沙羅は、答えるように、体を起こした。
好きに決めて、好きに生きる。
素直に、それだけで生きられるなら、ドレだけ良かったのだろう。
素直に、欲しいモノを求めるのなら。
手に入れるために、余計なモノは、そぎ落とし、手を伸ばす。
必要なモノは、引きずり、歩くしかない。
思いのまま、生きようとすれば。
どうしても、わがままにしか、思えず。
ソレを、プライドなんて呼ぶこと自体、痛々しい。
自尊心と、プライドを、はき違えているなら。
このレベルで、認識がズレていても。
気づけないのだから、しょうがないと、言い訳でも並べようか。
みんな、そうだから。
個人の自分ルールの話だ。
なぜ、みんなが関係あるのだろう。
自尊心を守る理由を、プライドと呼ぶのなら。
こんな、犬も食わない、くだらないモノに、ナンの価値もない。
人に、何を言われても、求めるべきだと言うなら。
それが、夢を掴むというコトなら。
つかんでしまった幸せを、握り続ける努力をして、ナニが悪いのか。
なら、正しくないとしても。
裏切るとしても、泣かれても。
足は、止めるべきではない。
それが、この世界で握りしめてしまった、唯一の宝だとしても。
正しくはないが、間違っていないのだから。
すべては、夢だったのだ。
この異世界で。
もう一度、夢を見てしまった。
苦しくて、不便なことしかなくて。
理不尽しかない、自然の中だとしても。
現実世界でもう、命がないなら、唯一無二の宝。
何も、デキやしないのに。
偉そうに、口だけ出す人間を、助けようとしてくれる、彼女達。
デキるコトなんて、身を切ることしかないのに。
そんなヤツを、まるでクラスのアイドル扱いどころか。
形はどうあれ。
全てが、思ってくれての言葉、行動だと、見せつけられる。
バカにしきれず、嫌いになりきれず。
どんなに、間違えていて、ズレたコトでも。
彼女たちは、ふざけているわけではない。
ドコまでも、まっすぐに、見てくる視線。
一人一人の、子供のような表情が。
笑って、名前を呼ぶ声が。
父親だと言われ。
可愛くないワケがない。
好きだと言われ。
どうして、ダメなのかと言われ。
嬉しくないワケがない。
でも、彼女達が、良くしてくれれば、してくれるほど。
何もできない引目が、ドンドン膨らんでいくのだ。
口しか出せない無力感が、毒のように。
勝手に生み出して、勝手に、嫌な感情を抱える。
気持ちはウラハラだとは、よく言ったモノだ。
分かりやすい、大きな力なんて。
法の力も、白龍の力も。
彼女たちと比べれば、下の下だ。
彼女たちは、ただ、幼いだけで。
バカでも、無能でもない。
一人一人が、光り輝く、逸材なのだから。
ドコまで行っても、生みの親だから。
彼女たちが、慕ってきて、当然なのだ。
小さな子供が、親と結婚する、と、言うのと変わらない。
愛していると言う言葉ですら、聞き流すべきだ。
数年もすれば、変わった価値観で、違う人を好きになり。
親離れしてしまえば、勝手に幸せになるように、生きるだろう。
自然な流れだ。
いつかは、終わって行くのだ。
必要な役割が、彼女たちのまとめ役で、あるなら。
全てを無視しして、自立できるように、促すべきだ。
だから、夢なのだ。
その節目が、思ったよりも、早く訪れただけ。
いつか、では、なく。
今、終わるだけ。
無垢な宝が。
脳裏に焼き付いた、ヒドい惨状のように、ならないように。
スレイのように、報われない純粋すぎる思いが、呪いと、ならないように。
雨凍え、泣いてしまわないように。
ソニャのように、全てをあきらめて、全てを救おうとしないように。
見えてしまった、リカの惨状に重ならないように。
取り返しが、つかなくなる前に。
早々に、想像できてしまう最悪を、確実に回避するために。
ブルーの言葉に背いても。
やりきる価値があると、思えてしまうのだから。
だから。
ブルースカイが、立てと言うなら。
殴りたいというなら。
いくらでも受け入れよう。
「思ったより、早かったな。褒めてやる」
憎まれ口一つで、嫌われるなら。
断ち切れるなら。
こんなに、安いモノはない。