第二話 遭難一日目 名前をつけてください1

文字数 4,254文字


 突き抜けるような、青い空。

 大きく広がる空が、全て見えれば良いと願っても。
 山肌と、木の葉が、区切った空は、狭かった。

 コンクリートジャングルでは、区切られていて、当然だと思うが。
 草や土の臭いだけが、いっぱいの中。

 空が、コレしか見えないとは、誰も想像しないだろう。
 自然公園は、やはり、人工建築物なのである。


 空が、あまり見えないというのに。
 陽気というには、熱いぐらいの温度。
 薄くかいた、汗が肌にへばりつく。

 9月1日。
 夏が終わった日付とはいえ。
 すぐに涼しくなるほど、日本の気象は、単純などではない。

 この時期は、気温が落ち着いてくるまで、残暑で苦しむ季節だ。

 沙羅は、クーラーがきいていた、小さいながらも、居心地が良かった自室との、急激な寒暖差を感じ。

 こんなに外は暑いというのに、言いようのない肌寒さが、全身に、広がっている。

 こんな大自然の真ん中で、電気など通っているわけもく。
 クーラーのせいではない。
 内側から湧き上がる、うすら寒さを、かき消す事ができない。

 どこから、どう見ても。
 どう考えても、間違いなく、遭難しているのだから。

「誰か、責任者を。説明を俺にしてくれ…」
 その責任者と会話する機会を、ダメにしたのは、沙羅である。

 太陽は、異世界遭難者・沙羅を、温かく見守っていた。
 太陽なのかすら、疑問なのだが。

 少し考えれば。
 これから、沙羅が、やらなければ、ならないことは。
 いくらでも、あるのだろう。

 説明もなしに、こんなところに投げ込まれた気持ちを。
 ウザい友人が、隣にいれば「今、どんな気持ち?」と、繰り返し聞いてくるのだろう。

 ココに送り込んだ存在は、沙羅を見て、もうすでに、口に出しているかもしれない。

 なんの助けもなく。
 誰の助けも求められない状態に、ため息だけが吐き出された。

 今どきの、異世界転移・転生の物語は、あんなにも、主人公に優しい。
 にも、かかわらず。

 チート能力なく。
 能力が、なくとも。
 女神を連れ、一応は、面白おかしい毎日が送れるハズなのに。
 この仕打ちは、あまりにも救いが、なさすぎである。

 誰かのお助けなしで駆け抜ける、同じ時間を、何度も繰り返す、主人公でさえ。
 町中スタートで、運命的な出会いすら、あったというのに。

 ちょっと良いことを探そうにも。
 植物と岩、土埃しかないココで、何を探し出せば良いのだろう。

 現代日本の都市部から、少し外れた地域から出たこともなければ。
 海外旅行や、山に登りにすら、行ったこともない。
 そんな、社会人三年生が、大自然に勝てるものだろうか。

 無理である。

 成人していると言っても、わからないものは、わからないのだ。

 やったことがないことは、どうやってやれば、良いのか分からない。
 天から授かった、百万人に一人、一億人に一人の、才能など。
 持っているわけがない。

 それでも、ただ、一つ。
 沙羅は、働いているからこそ。
 よく理解できることは、一つあった。

 できなかろうと、できないなりの努力値を積み立てなければ、死ぬしかない。

 水がなければ、コーラを飲めば良いのよ。
 なんて言う、どこかのお姫様のような名言を、口に出したところで。

 何も、変わりはしないのだ。

「…俺のファンタジー、ドコに行った? あっ、そういや…」
 最初から、ファンタジーのハズである。

 沙羅は、飲みかけの小さいペットボトルのお茶を、ポーチの中に入れていたことを思い出し。
 地面に転がっている、ポーチを拾い上げる。


 コレが今、唯一の、希望である。

 たいして入れる物もないのに。
 小物は、全部、コレに入れておこうと買った、茶色いポーチ。

 だが、実際には、その機能を、まっとうすることなく。
 財布とスマホはポケットにしまい込めば。
 あと中に入っていたのは。
 仕事の電話を受けたとき必要な、メモ帳とボールペン、ポケットティッシュぐらいだ。

 そのあまりある、スッカスカの空間を、いつも専有していたのは。
 手に持つのが、めんどくさい、小さなペットボトル飲料である。

 ポーチを買ってついた習慣とは。
 とりあえず、飲みかけのペットボトルを入れる癖だけだった。

 落下する前、とりあえずポケットに入れるモノすら、中に放り込んだのだ。
 いつもより、重みがあるハズのポーチの、ファスナーを引けば。

「ん~、故郷の香り」
 見事に、裏地しか見えなかった。

 両手でポーチを潰せば。
 ポフッという音とともに、袋の中の残り香を、外へ吐き出すだけ。

 ポケットに、なにか入っていればと、確認してみても。
 コンビニ装備である、Gパン・Tシャツ姿なのだから、百円すら出てこない。

 もう、救いはない。
 沙羅は、感じたくなかった確信を、地面に拳で叩きつける。

 置かれた状況への理不尽さに、涙が、にじんだ。

 ポーチの中から、ひらりと紙切れ一枚が地面に落ち。
 何も、なかった訳ではなかった、と。
 救いを求める子羊のように、二つに折りたたまれた、紙を開けば。

 無視とか、ないよね。
 と、一筆、添えられていただけだ。

 コレを書いた人物は。
 間違いなく、今の沙羅を見ながら、ビールでも飲んでいるだろう。

「上から目線がムカつく」
 そして、この逆ギレである。

 この紙切れが、この状況の全てを語っているのだ。

 何事も、紳士的な行動が求められるのが、十八歳以上の宿命だと、遠まわしに責めている。

 つまるところ、革命的な決断、「寝る」は。

 革新的な、状況を提供するに至ったと、言うことである。

 恋の季節だとか言われる夏に。
 何もできなかったと言う、フラストレーションを。
 こんな形で表現した、ツケとも言えるのだろう。

 沙羅は、大きなため息を吐き出し。
 地べたに座り込み、近場にあった石ころを手に取った。

「なぁ? お前が、俺に説明とか、しないか?」


 もはや、何を言っているのか、意味不明である。

 全てが、どうでも良くなった社会人は。
 全力で現実逃避を決行するが、石ころが、何も語るハズもない。

 ジッと見つめた石に刻まれたキズが、人の顔に見え。
 ゲシュタルト崩壊に身を任せた。 

 そんな現実逃避は、目が痛くなるという限界をむかえ。

 目頭を押さえ込み、戻った視界に。

「私に、名前をつけて下さい」
 彼女が映った。

  幻影などではない。

 黒い長髪に、白の髪飾り。
 やさしく、カワイイ顔立ちが、印象的な女性が、沙羅を、のぞき込む。

 やんわりと立つ姿は、若干、露出度の高い、純和風の服装に。
 ポイントで存在する、青と白の外殻が、絶妙なバランスをもって、存在していた。

 その背中には、まだ目が、おかしいのかと、勘違いさせる、金属の翼。

 機械のエンジンと、鉄の板を混合させたような翼が、彼女の背後を守るように浮いている。
 現実離れした、光景に、沙羅は、言葉を失い。

 黒く、長い髪の耳元に手を上げ、沙羅を、のぞき込んでくる、その姿に息をのんだ。

 自然だらけの風景から、完全に浮いた存在が、沙羅の現実感を揺るがす。

 だがすぐに、ニブい額の痛みが、現実に引き戻していく。

 彼女が頭につけている金属製の、青く、額から前に長く付き出た兜が。
 沙羅の額をグリグリと突き。

 痛みを顔で表現しても、優しく微笑えんだままの、目の前の間抜け。

「のぞき込みすぎなんだよ! この野郎!」
 本気で気づいて、いなかったのか、ただのアホなのか。

「え? 何がですか?」
「何がですか? じゃない! 俺の、ちょっとした感動を、返しやがれ!」

「え! 無理ですよ!」
「話に乗っかる前に、謝罪が、先だと思うぞ、俺は」

「だから、何がですか?」
 普通に疑問を浮かべる彼女に、沙羅は、一度我に返り、冷静に周りを見渡す。
 沙羅は、冷静に、彼女は、駄目なヤツだと思った。

「すいません、よく分かりませんが、私に名前をつけてくれませんか?」
 
 なぜか、名前を求める彼女に、沙羅は、冷静沈着でキレた言葉を返す。

「ああああ、で」
ゲームでも、主人公につけようとすると、怒られる名前を平然と言い放つ。
真顔の沙羅と、笑顔が張り付いたままの彼女との間に、しばらくの沈黙が続いた。

 そして、彼女は繰り返す。

「ちゃんとした、名前をつけてください」
「名前入力で言われそうなセリフありがとう。その前に、言うことが、あるでしょうが」

「え? なんですか?」
「アンタ、わざとだろ!? その兜で、俺の額を、何度もコツコツ突くのを、やめろ!」
近いことを責めないのは、沙羅が男の子だからであろう。

「え? あっ、すいません」
 どうやら、本当に気づいていない、アホな子のようだった。

 彼女が、申し訳なさそうに、凛とした佇まいを崩さず、頭を下げる姿に。
 沙羅は、息をのむが、コレと、ソレとは、別問題である。

 ただ、女性経験が、上司達に巻き込まれ、流れ込んだキャバクラくらいしかない、沙羅に。
 目の前の、純朴なるキレイな女性というのが、刺激が強すぎるだけだ。

 飲みニケーションは、日々の仕事を円滑にする潤滑油。
 男だけの空間で働いてるとは言え、女っ気が、キャバクラだけとは、悲しい人生すぎるのだろう。

「それで、こんなところで、一体、何の用ですか?」
 とりあえず、沙羅の寂しい心は。
 兜で小刻みな頭突きを、かましてくれた、彼女を許すことした。
 けして、やましさからではない。

 やっと巡ってきた、この機会すら失えば。
 きっと、今の状況は改善しないのだろう。

 そんな、ひどく打算的な感情が、沙羅の口を動かしていく。

 同じ間違いを犯さないのは、社会人の常識だと自分に言い聞かせ。

「なんの用、というか~。私は沙羅様が__」
「ちょっと、まて!」

「今度は、何ですかぁ~」
「キャラが安定しないヤツだなぁ~。そんなことは、どうでも良い!」

「どうでも良いのですね」

「ちょっと置いとけ、そのくだり。今、沙羅様って言ったか?」
「はい」

「なんで、俺をそう呼ぶんだ?」


「沙羅様は、沙羅様だからです」

「その、主語と述語に、同じ言葉を並べるのを、やめてくれ」

「そう、言うしかないですから無理です。私は、なんで、どうでも良いのか、知りたいです」
「それは、もう良いんだよ。だから、なんで俺を、そんな風に呼ぶのか、教えてくれよ」
「言おうとしてたのに、話しを切ったの、沙羅様じゃないですか」

「そうなのか?」
「そうですよ」


 今の、よく分からない会話になった原因だと言われれば、沙羅も素直に引き下がるしかない。

 沙羅は、手を前に差し出し、話の先をうながした。
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