遭難21日目 2

文字数 4,955文字



 遭難21日目 

 トントンと、肩を、叩かれる感触。
 慣れ親しんだ、ジュライ子の力加減。

「沙羅先生、朝ですよ?」
 沙羅が、目を開くと。
 少し、おびえたジュライ子の顔が、緩んでいく。


 体を起こし、まわりを見れば。
 コレも見慣れてしまった、雑魚寝風景。


 高反発ベッドは、あるのだが。
 夏場は、良いかもしれない。
 まだ、冷え込む夜。
 掛け布団なしに寝るには、あまりに寒すぎる。

 そのまま寝ていられず。
 火の周りに、一人一人と集まり。

 朝になれば、この有様だ。
 ソニャとリカの寝顔が、まだ新鮮に見える。

 人数が増え。
 室内の温度が、少し暖かく感じ。

 リカの寝顔は、起きている時とは違い。

 15・6才相応に見える。

 もう、汚れが目立ってしまう、白いワンピースも。
 この環境では、害にしか、ならないだろうが。

 ソニャの街で、出会ったままの姿。  
 傷一つ残っていない、キレイな、リカだ。

 街での出来事が、全部、嘘に思える。
 法の力を使ったのは、夢だったのではないか。


 もう一つの寝顔を、見れば。
 リカの、消しきれない服のシミを見れば。


 鮮明に思い出せる、全ては。

 夢でも、何でもないと。

 スレイと並んで寝ている、ソニャが。
 幸せそうに寝ているリカが、突きつける。

 二人を、見ているだけで。
 じっとりと、広がっていく感情。

 顔に出たのだろう。
 
「まだ、体調が悪い?」
 ジュライ子は、声を震わせている。

 沙羅は、ジュライ子の顔をなで。
 はにかむジュライ子で、心を落ち着かせた。

「よく効いたみたいだ、ありがとな」
 ジュライ子の驚いた顔は、すぐに笑顔に変わっていく。

 昨晩、飲まされたのは、ジュライ子玉だ。
 熱くてたまらなくなる代物なのだが。
 真逆の感覚を味わった。
 それだけ、弱っていたのだろう。

 沙羅が、こうやって立てるのは。
 ジュライ子の存在、あってのことだ。

「沙羅先生に褒められるのは、うれしいね」
 沙羅の心に広がる暖かさ。

 情欲とは別の、あたたかいモノが。
 自分の中から湧き出るのを感じ。

 ジュライ子の頭を、もう一度なで。
 意識的に、足に力を入れる。

 昨晩まで言うことを聞かなかった体は、まだ鈍い。
 気を払わないと、何かに躓いてしまうのだろう。
 それでも、昨日に比べれば、天地の違いだった。

 水瓶にたまった、水を。
 恐る恐る、口に含んで飲み干せば。

 乾ききった体が。
 もっと飲めと、催促してくる。

 川で汲み、火に通しただけの水。

 澄んでいるとはいえ。
 不純物が、底に沈殿しているが。
 体全身に染み込んでいく、旨さだった。

 やはり、水瓶に深さは、必要だと言うことだろう。

 いくつか、ゆっくりと飲み干し。
 深いため息を吐き出て、外の日を浴びると。

 ボヤけた目が。
 ゆっくり鮮明に、仮拠点を映し。

 沙羅は、まだ、寝ぼけているのかと、目をこする。

「みんな、頑張ってくれたんだよ」
 ジュライ子の声。

「俺は、どれぐらい寝ていたんだ?」
「11日間だよ」

「そうか…。でも、いや」

 この仮拠点にきて、雨騒動があり。
 この岩の家で、魚を食べるのに、
 どれだけの時間が、かかったのか。

 一日だ。


 岩の家が拡張され、大きくなり。
 高床の平屋に作り変えるには、十分な時間だ。

「あれが、物置で、アレが」
 ジュライ子の指を、目で追えば。

「畑、か?」
「この人数を、私の力だけじゃ、無理があるって」

「時間、かかるだろ?」
「そこは、ダメ子ちゃんに言われて、育ちが早い種を」

「…そうか、なら」

 もう、仮拠点は、本拠点と、言って良いだろう。

 草むらと、木しかなく。
 凹凸だらけだった地面は、平らに整えられ。

 木材置き場、蔵、そして、石づくりの井戸。

 そして、驚くべきは。
 広がっている、開墾された、何もない空間の広さだ。

 公園のように、阻害するものなく。
 視界いっぱいに、空を見ることができる。


 うっそうした森に。
 これだけの空間を作り上げるだけで、重労働だろうが。
 
 彼女たちにとって、簡単だった。
 わけでは、ないだろう。


 コツコツと、毎日を積み上げていく生活が。
 身にしみてしまっているのだ。


 いくら力があっても。
 何もしなければ、何も変わらないのだから。


 四方には、人の高さほどの石壁が、敷かれ。
 動物の侵入を妨げている。

 村、集落というには、まだ、小さいのだろう。

 それでも、ココに人が住んでいる。
 そう、思える光景に。

 沙羅は、息を飲んだ。 

「岩沢か?」
「みんなだよ。
 みんな、がんばったの。驚いた?」

「俺には。
 ほっておくと、横穴を壊された記憶しか、ないからな」
「まだ、根に持ってるんだ…」

「ジュライ子、お前に分かるか?
 起きると、全部、壊れてるんだぞ?」

「…ごめんなさい」

「この調子なら、朝飯もあるんだろ?」
「魚の一夜干しと、あと、お芋と葉っぱと…」

 一夜干し。
 それだけで、進歩を感じるが。

 だが、沙羅は、懐かしくもあり。
 感じたくない予感が、膨れていった。

「まて、ジュライ子」
「うん、なに?」

「まさか、魚と菜っ葉と芋しかないとか、言わないよな?」

「ごぼうがあるよ?」

「他は?」

「え?」

「だよな!
 オマエらは、そういう裏切り方をするよな!?

「え? えっと…」

 沙羅は、頭を掻きむしり。
 くるりと、足を岩の家に向け。

 のほほんと寝ている、ダメ子の胸倉をつかみ。
 前後にゆさぶった。

「さ、沙羅様? 元気に__」

「テメェ! またなのか!
 また、やらかしてくれたのか!?」 

「あれあれ? 私、なんで怒られてるんですか?」
「オマエの胸に聞いてみろ!」

 ダメ子は、はだけた胸モノを見て。

「情欲が止まらないんですか?」
「ぶっとばすぞ?! なんで、あそこまで、開拓ができて!」

「頑張ったんですよぉ~」

「飯が、代り映えしてねぇんだよ!」

 ダメ子の寝ぼけた目は、沙羅の顔を見て。
 ジュライ子を見て。

 真横に、泳いでいった。

「ご、ごぼうとか、あるじゃないですか?」

「塩は?」
「ありますよ」

 そういう、ダメ子の目線は、また、逃げた。

「ドコに?」

 ダメ子は、つかまれた胸元を見て。
 汗で、うっすらと湿気っている肌を指さし。

「どうぞ、おなめください」
「お前、みんなで、体を舐めあえってか?」

「自分を、自分で舐めても、塩分補給になりますよ?」

「差し引きマイナスだ! この馬鹿野郎が!」

「食物繊維とか、美容にダイジじゃないですか?」

「塩は、命にかかわるんだが?」

 二人の不気味な笑顔。 
 のそのそと、起き上がる皆に、なんの気を遣わず。

 元気になったんですね、の一言も言わせない。

「ジュライ子ちゃん。沙羅、げんきそうだね」
「ブルースカイちゃん、おはよう。
 元気すぎて、始まっちゃったわ」

 ブルースカイは、目元をこすり。

「昨日は、すごく安心したけど。
 コレを見ると、止める気には、ならないね」

「今回は、大やけどじゃすまないよ、きっと」

「はやく、逃げようか?」
「スレイちゃんと、ソニャちゃん、連れ出そうか?」

「植葉ちゃん、リカちゃんも、ソニャちゃんも。
 この二人見るの、初めてだもんね」

「リカちゃんの驚いた顔、初めて見た」

「スレイちゃんは、笑ってるけど。
 ソニャちゃんは、驚いてるね」

「植葉ちゃんは、なんか…」
「沙羅と、一緒に、街に行ってきただけあるね」

 自由に水を飲んだり、顔を洗ったりしていた。

「なんで、オマエは、いつも!
 順番とタイミングを、間違うんだ?」

「素直に傷つきます…。沙羅様?」

「なんだよ?」

「視線を、もう一度、この塩のあたりに」

 ダメ子は、胸の谷間を指さし。
 自分の肌色を指先で押す。

「なにがしたい?」
 指を谷間に沈め、そして、沙羅の口を指さす。

「た、食べていいですよ?」
「いらねぇよ!」

 パン。
 手を打ち鳴らす音が、ダメ子の次の言葉を遮り。

「沙羅様、おはようございます」
 キレイに、頭を下げるリカに、皆の視線は集まる。

「まずは、朝食にしましょう」

「リカ、ちょっと待ってろ、コイツと話が__」
「朝食です」

「……」
 沙羅の手は、ダメ子から離れ。

 ダメ子は、体を横に倒し。
 袴の裾を上げる。

「沙羅様の朝食です」

「目に醤油じゃなくて、ソースかけてやろうか?」

「目玉焼き、食べたいですねぇ…」
「卵もないのか…」

 沙羅は、ドッカリと、床に座り、頭を振る。

「ブルースカイちゃん」
「うん、リカちゃん、スゴいね」
「ダメ子姉さんも、たいがいだけど」


 終わったと見て、小さな体が二つ、沙羅に駆け寄った。

「パパ、顔洗いに行こ?」
「父さん、いこ?」
 ジュライ子と、ブルースカイ。
 だけじゃないだろう。

 ソニャに、腕を、ひかれた瞬間。
 沙羅の、一瞬の躊躇が。
 スグに消えた、表情が。


 みんなの、脳裏に張り付いた。

「どうしたの、父さん?
 この馬鹿、無視してイイから、早く行こうよ」

 沙羅は。
 スレイを指さし、小ばかにする子供の顔に。

「ソニャ? 竜騎士スレイを、知ってるか?」
「竜騎士って、こいつと同じ名前なの? 父さん?」

「パパ! ソニャちゃんが!
 いつも、いつも、いつも、馬鹿にするの!」

 沙羅は、スレイの頭を、なでながら続ける。

「サイモン、ソリドって、昔は、どうだったんだ?」

 ソニャの顔から。
 真っ向から向かってくる、疑問の表情。
 変わらない笑顔が、見ている皆には、不気味に映る。

「ソニャには、分からなかったか。ごめんな」
「うん、でも…。
 サイモン・ソリドって聞くと、うれしくなる」


 沙羅は、スッと立ち上がり。

「顔洗いに行くぞ、スレイ、ソニャ」
 二人の手を取って、井戸に向かい歩く。

「ソニャ、顔を洗ったあと、拭くものは?」
 ソニャは、自分の薄いドレスを指さし。

「これしか、布がないわ」
 一方、サバイバル生活に適応したスレイは。

「パパ、顔を拭くモノって、なに?」

「えっと、いつもスレイは、どうしてるんだ?」

「洗ったら、そのままだよ?」

「そうか、そうなのか…」
 キャッキャと喜ぶスレイと。
 ジト目で、にらみつけるソニャを、連れ出し。

 沙羅のいなくなった空間で。

 体を震わせ。
 口元を抑え。
 ボロボロとダメ子は、泣き出した。

「また、沙羅様、泣いてる…。泣いてるよぉ…」

 沙羅がいなくても。
 この集団が、完全に壊れない理由。

 沙羅の、助けてほしい、という願いから。
 生まれたダメ子は。

「苦しいって、つらいって…。逃げ出したいって…」
「ダメ子ちゃん」


 今更、目を覚ました岩沢は。
 ダメ子を、大きな体で抱きしめる。

「岩沢ちゃん、痛いよ…。
 いろんな感情が、ごちゃごちゃで…」

「そんなに、さらぁ、ツラいの?」
「壊れちゃうよぉ… このままじゃ、沙羅様が…」

 リカは、見ていた。
 彼女たちが、どうやって、沙羅のそばにいたのか。

 ダメ子と呼ばれ、沙羅に、馬鹿にされ。
 みんなに、ダメ子と呼ばれている存在が。

 いかに、妹たちの姉だったのか。


 何も言わず、抱きしめる岩沢。

 両手を、左右で握るジュライ子、ブルースカイ。

 驚き、何もできない植葉は。

「ジュライ子姉さん、コレって…」
「姉さんは、心を感じられるの」

「なん、で…」

「たぶん、姉さんが生まれたときの願いが。
 助けてほしい、だからだと思う」

「助けてほしいって、なにから?」

「私たちにも分からないよ。なんだろうね?
 助けてほしいって」


 岩沢は、サバイバル生活を改善したい。

 ジュライ子は、食糧問題を。

 ブルースカイは、ただ、生きること。

 スレイや、ソニャも変わらないだろう。


 植葉は、言語問題の解決。


 なら、ダメ子は?

 他者に、助けを求めるしかない、心。
 そのものから生まれた、彼女は。

 ダメ子に込められた願いを、叶えるには。

「どうしたら良いか、分からないじゃない…」

 沙羅の願いには、明確な目的があった。
 目的があるなら、到達すればよい。

 なら、ただ、助けてほしいとは?

 主語がないのだ。

 __から、助けてほしい。

 漠然としすぎている。

 助けるべきなのは、わかる。

 そうしたいと、心から思える。

 でも、どうやって?
 具体的な、方法として、行動として。

 どうやって、沙羅を、助ければ良いのだろう。

「なら、なおさら。
 朝食の準備を、しなければなりませんね?」

 凛とした声で、リカは、囁くように伝える。

 皆の視線を集めるリカは、笑いながら。

「まずは、ソコからです」
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