商談開始 奴隷とジュライ子玉 3

文字数 3,225文字


 サイモン屋敷の地下室は、かなりの広さだ。
 その中央に、全員で食事がデキるように。
 長机が、何列も並んでいる。

 窓から、のぞき込めば。

 食事後の解散を、見ていたからこそ。
 手を出すべき人材には、見当がつく。

 友達と話すことなく。
 自室に、どこか、切羽詰まった表情で消えていった、人物だ。

 この場所で、そんな表情を見せるのは。
 今を、良しと思っていないか。  


 皆より、劣っていると思えてしまった、人物だけだ。


 それは、ハンディが与えた感情なのだとしても。

 沙羅の足は、止まる。
 この地下区画の端の端。

 見回るのも、めんどくさいと思える。
 この地下の、端で、沙羅は足を止めた。

 思えば、分かりやすい。
 階段降り口が近い、部屋には。
 ようやく、育ってきた人物を。

 そして、端には。
 新人か、あまり目に触れてほしくない、商品を置く。

 ただ、それだけの話だ。

 ベットに、体を横たえ。
 薬を飲んだあとの、桶が。
 彼女の体を、労るモノだと分かる。

 通常よりも、良いベット。
 あまり汚れていない、部屋に。
 積まれた本の数々。

 今も、ベットの上で、目をこすりながら。
 知識を詰め込もうと。
 本の虫になろうとしている。

 体を動かすことでは、健常者にかなわない。
 なら、深い知識で。
 誰にも負けない何かを、必死に探している姿。

 清潔感など、ドコにもない。
 ボサボサの髪の毛も気にせず。

 時々、むせ返るように、咳き込んでは、目をこすり。
 それでも、本を読もうとする。

 だが、襲い来る倦怠感に勝てないのか。
 体は、ベットに向かい。
 スグに、本をアイマスク代わりに、寝入ってしまう。

 キレイな衣服が、一瞬、不釣り合いに感じられるのは。
 彼女の身なりが、乱れているだけかと思ったが。

 キレイだと思える衣服が。
 彼女に自身に、見合っていないと思わせているのだと。
 そう、思うのに、時間はいらなかった。

「彼女は、ココを出ることは、デキないでしょう」

 背後から、サイモンの声が聞こえ。
 それでも、沙羅は、簡単に言葉を返していた。

「彼女はいくらだ?」
「5銀です」


 日本円換算すれば、5千円だ。

「安いですね。安いなりの理由は?」


 安い理由を、見た目だけで、判断すべきではない。
 五体不満足が、この屋敷に商品として、並ぶわけがない。

 あくまでも、サイモンは奴隷商なのだから。

「はい、彼女は生まれこそ、良いのですが。

 不治の病にかかりまして、お手上げです。

 死ぬことはないでしょうが。

 この部屋のような生活を、死ぬまで続けるほか、ないでしょう」


 つまり、病気は治らないが。
 この屋敷に置いておく価値はある、人材だったと言うことだ。


 サイモンの情は。
 こと、商売という形式や、様式美を、とことん守った上にある。

 サイモンが、引いているラインを、超えるだけの何かを。
 彼女は、持っていると言うことだ。

 不治の病という点をみても、あまりあるほど。


 それは、立場や、地位、名誉、容姿だけではないだろう。

 病によって、身動きが制限されている奴隷が。

 この世界の、家名を守ろうとする誰かに。
 売り出せるだけの何かを。
 彼女は、獲得できると踏んでいるのだ。

 なら、彼女がもし、健常者なら。

 上階の彼女達に追いつけるどころか。
 いつの間にか、静かに。
 なにかのジャンルで、追い抜いているのだろう。

 沙羅は、財布袋から、5銀を抜き出し。
 サイモンの手に置いた。

「沙羅様、お聞きになっておりましたか?」

 アナタには、この子を、養えないだろう。
 言葉の端に、トゲを感じた。

 安く言っても選ばない、確信が。
 裏切られたサイモンの言葉は、よく刺さる。

 それでも、沙羅は動じず答えた。

「この子は、5銀なんだよな? 確かに渡したからな?」

「確かに、5銀ですが…」

 正直、扱いに困っている。
 サイモンが、隠さず態度に見せるのは。
 沙羅を、信用してくれているから、こそだろう。

「俺は、今、この子を買った。
 じゃあ、何をしても、俺の自由ですよね?」

「その通りですが、どうにかデキるのですか?」

「サイモンさん、確かに、買い付けました」


 売買に、書面があるわけではない。

 サイモンが、そんなことをしないと、思っていても。
 都合の良い手のひら返しが、一番の落とし穴だ。

 沙羅は、鍵すらない扉を開け。
 ベットで、寝込む彼女に、声をかけた。

 目を開き、のぞき込む彼女は、細身であり。
 肩まである、黒髪を後ろで束ね。
 キツめの目元が、印象的な容姿の整った。
 十六歳ほどの少女。

「私を買って下さるんですか?」


 彼女が、沙羅を見ず。
 サイモンに、目線を送るのは、確認だろう。

 そんなことは、あり得ないでしょう、と。
 一言目に付け加える彼女に、沙羅は。

「そのつもりだ」

「値段の安さに、引かれたのかもしれませんが。
 私は見ての通り。
 ベットから、動くことがデキません」

「それが、なんの問題も、なくなるんだよ」 

 こう言われては。
 彼女は、返す言葉も、ないのだろう。

 静かに、息を吸い。

「サイモン様が、お認めになった、人です。お好きなように」

「あきらめる必要なんて、ないんだけどなぁ」

 沙羅は、ポケットをまさぐり。
 モノが、ちゃんと入っていることに、息を漏らした。 


 緑に輝く、あめ玉サイズの球体。

 あれだけの荒事の中でも。
 割れずにいてくれたことを、素直に喜ぶしかない。

「沙羅様、ソレは何ですか? 魔法石とも違うようですが」

 サイモンの疑問に答えた、沙羅は。

「えっと、ジュライ子玉ですね」


 ポカン。

 沙羅は、二人の顔を見て、気づき。
 失言だったと思っても、もう遅い。

 言葉すら詰まらせたサイモン。
 もう、目すら合わせてくれない、彼女の態度。

 早く、これがなんなのか、を説明しよう、と。

「これは、ジュライ子が、つくった、モノで…」

 焦って、ナニも考えず。
 言い放った、第一声は。
 同じことを、繰り返しただけだった。 

 コレは、いよいよ、怪しまれると。
 なにも、気にしないフリをして、続きを、口にするしかない。

「薬みたいなモノです」

 と、付け加えた一言が。
 より一層、怪しさを増した気がするが。
 気にしてはならない。

 目線が戻ってきた彼女は、ジュライ子玉をつまみ上げ。


 汚れているのを見て。

 露骨に、嫌な顔をしているのも。
 気にしてはいけない。





 自分の言葉で説明しようとするから。
 怪しく聞こえてしまうのだ。

 ジュライ子の言っていたことを。
 素直に、口にすれば、怪しさも和らぐ、と。

「ケガとか、病気とか、心配だから持って行って下さい。
 どうにかなると思いますって、渡されたから。

 その病気にも効くと思うんだ。
 効果は、俺も体験してるから、折り紙付きだぞ?」

 二人は、なにを言い出しているのだと、ドン引きである。

「あ、あれ?」

 このノリが信頼できるのは。
 サバイバー沙羅と、愉快な仲間達の間だけ。

 そもそも、ジュライ子の言葉を、そのまま伝えても。
 言葉が曖昧すぎて。
 もっと、ジュライ子玉の存在が、キナ臭くなっただけだ。

「とりあえず、飲めば分かる!」


 沙羅は、とりあえず、ゴリ押すことことにした。

「ものすごく、イヤです」


 全力で否定された。

 サイモンは、態度全てで、やめろと訴えている。

 おそらく、この世界にある、どんな薬よりも万能な薬が。

 なぜ、怪しまれているのか。

「えっと、飲むと治るよ?」


 全ては、コイツのせいである。

「…私、疲れているので、休ませてもらっても、イイですか?」

「ソニャ=ケルビンが認めた男の、勧める薬だぞ!」

 沙羅は、ついに、説得力を、他人に求めた。

 だが、怪しさをもっと際立たせる。

 最初から、万能薬だと言って。
 差し出していれば良いモノのを。


 どうして、こうなってしまったのか。

 若気の至りと言っても、痛いだけだ。


 今の沙羅は、十分に痛いが。


 引けない理由が、沙羅にはある。
 だから、沙羅は。


 いらない知恵を、巡らせるのである。






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