ベーシックインカム・奴隷商 サイモン 2

文字数 3,204文字


「あの娘が、一番高い、奴隷です」

 サイモンの屋敷は広く、しばらく歩き、一室の扉を開くと。
 椅子に座り、キャンバスに向かって、絵を描いている少女を指さし。
 サイモンは、そう言った。 


 静かに、目の前のキャンバスに向かい、筆を流す。
 十五歳ぐらいの細身な黒髪の少女。

 わざと着させているのか。
 白いワンピースに、皮のエプロンを着けている姿は。
 とても、儚く見え。

 一瞬、咲いては消える、花火のような美しさがあった。

「いくらなんですか?」
「今のところ、百金ですね」


 手が届かない。
 そんなことは、金額に表されなくても、理解できてしまう。

 おそらく、彼女は。
 その椅子に座り。
 この空間で書いているからこそ、美しいのだと、分かってしまうから。


 いくら、お金を積んで、彼女を手に入れても。
 この美しさは、手に入ることは、ないだろう。

 彼女が、ここまで静かに、没頭できるだけの空間を、状況を。
 絵に、おこしたいと思うモノを。
 善悪もなく、彼女に見せなければ。

 沙羅が、のぞき込んだ絵に。

 どこか、心に訴える風景画に書き込まれていく、人物、動物が。

 コノ絵を、もっと見たいと思わせるだけの。
 力を与えられるわけがない。


 スッと、視線を周りに戻せば。
 彫刻に没頭するモノ。
 ひたすらに、文章を書くモノが、見え。

 広い空間に、作業音だけが、静かに広がっている。
 彼女達の意識は、全て。
 手元にあるモノに、向けられている。

 サイモンと、横を通り過ぎても。
 コチラには、見向きもしない。

「俺に、買えないと分かっていて、見せてますね?」

「一番、良いモノを見て頂かなくては。
 商品の善し・悪しは、分からないでしょう?」

「なんで、そんなに、彼女達は高いんですか?」

 サイモンは、答えず。
 あとを、ついてこいと言わんばかりに、屋敷を練り歩く。

 庭に立ち止まれば。
 剣に限らず、武器を振り回すモノ。

 調理場に行けば、今日の献立を、必死に考えるモノ。

 広い屋敷ですれ違う。
 メイド服を着た女性達が、キレイに、お辞儀をして見せ。

「この屋敷の、良い奴隷は、いかがでしたか?」  

 地下へ向かうであろう、階段の前で。
 サイモンは、沙羅に問いかけた。

「彼女達は、高いですね」
「はい、そもそも、人を選び、商わせて頂いていますので。
 彼女達が、この先、ヒドい目にあう可能性は、低いでしょう」

 会う人物、会う奴隷、一人一人。

 全ての値段を聞かせ歩いた、サイモンの意図が。
 沙羅は、読み切れない。 

 それでも、読み切れなかっただけだ。
 なにも、気づかなかったわけではない。

「異常に高い奴隷は、そもそも、売る気がないのでしょう?」

 沙羅の言葉に、サイモンは、嬉しそうに笑う。

「この屋敷の商品を、サイモンさんは、提供している。

 アナタが生活するのに、絶対的に必要だと思う。
 人物の値段が、異常に高いことは、分かりました。

 でも、まだ、分からないことがあります」

「なんでしょう?」

 楽しそうにすら見えるサイモンの表情。

 だが、気を抜いては、ならない。
 サイモンは、あきらかに、沙羅を値踏みしている。

 サイモンの表情が曇れば。
 沙羅が、望むモノは、売って貰えないだろう。

 限りある資金だ。

 沙羅の欲しいモノの値段は。
 サイモンの胸先三寸で、決められている。

 すでに、財布の中は、筒抜けなのだ。

 気に入らなければ、値をつり上げ。
 買えない金額を告げるだけで、商談は終了する。

 沙羅を、メインゲストと、言った人物が。
 沙羅の身のまわりが、どうなっているのか、知らないわけがない。

 沙羅には、サイモンの握るモノが。
 絶対に、必要だと思えてしまっている以上。

 買い手である沙羅は。
 どこまでも、サイモンの要求に、応え続けるしかない。
 わざわざ、奴隷商であるサイモンが、階段の前で足を止めたのなら。

 本当の意味での、商品は。
 この先に並んでいるに、違いない。

 だから、足を止め。
 サイモンは、問いかけるのだ。

 なんてことのない会話でも。

 一つでも、サイモンの地雷が踏めない沙羅は、気が気ではない。
 それでも、口を動かさなければ。

 話は、先に進まない。

 それが、地雷に踏み込みそうな、一言であっても。

 当たり障りない言葉が、全て地雷だと、確信できるのだから。

「なぜ、奴隷は、女性ばかりなのですか?」
 サイモンは、すんなりと答える。

「男は、商品に、なり得ないからです」

「純粋な労働力として、男は、使い物に、ならないと?」

「いえ、この大陸では。
 男奴隷の価値が、全くないからですよ」

 驚く、沙羅の顔を見て、サイモンは続けた。

「男は、子供を産むことが、デキないでしょう?」


 それ以上でも、以下でもないと。
 サイモンは、簡単に言い切る。

 疑問を、頭に浮かべるまでもない。

「もっと言えば__」

 男一人いれば、女性は、何人いても良い。
 サイモンは、言葉尻に、そう付け加えた。

 男一人に対し、女性が複数人取り囲む形。
 まるで、野生の獣のような。
 なるべく食いブチを減らし、自分の種族が、合理的に増えていける形。
 オス一匹に、メスが何匹も取り囲んでいる形。

 その中、男を売ろうとしても、無駄である。

 売り物に、なってしまうような、オスに。
 メスは群がらない。

 すごく単純な話だ。

 このベーシックインカムのような制度は、赤ちゃんも、一人と数える。

 なら、現代日本のように。
 核家族など、つくったところで、みんなで苦しむだけだ。

 税金を、余分に払うだけなのだから。

 子供を産むことに、なんの不安もなく。
 子供が増えれば、増えるほど。
 家族が大きくなれば、なるほど。

 自動的に、金銭的に、生活は、楽になっていく。

 人という動物として、生きることを許される。

 ならば、もっとも、効率よく。
 家族・親類縁者を、増やす方法は、なんだ。

 道徳心で。

 プライドで。

 尊厳で。

 人の腹は、膨れるのか。


 哲学で。

 神の啓示で。

 誰かの教えで。

 今から、欲しいモノを、買いに行けるのか。


 沙羅は、背中に嫌な汗が、垂れるのを感じ。
 手が震えるのを感じた。

 ベーシックインカムが、根幹に、ある統治の上でも。
 女性奴隷の存在価値は、かなりのモノだ。

 養うだけの力があれば、誰もが、そうする、と。

 そんな否定の言葉など、ドコにも必要ない。

 養うことを、考える必要などないのだから。

 制度が、勝手に、養ってくれるのだから。

 ノーリスク、ハイリターン。
 ありえない、暴利のリターンを、生み出すのだから。

 それでも。
 沙羅は、奴隷が存在することを、知ったからこそ、思うのだ。

 奴隷そのものが、生まれてしまう理由が。
 沙羅には、分からない。

 奴隷に身を落としてしまうか、奴隷になってしまうのか。

 いずれにしろ、奴隷が生まれる理由が、想像できない。
 だが、その答えは、簡単に、落ちてくる。

「彼女達を見て、どう思われましたか?」

 売る気のない彼女達を、奴隷と、サイモンが呼ぶ。
 正直な感想を言えば。

「奴隷に、見えませんでした。
 生き生きと、しているようにさえ、見えました」 

「彼女達が、奴隷に身を落としたのは、まさに__」

「落とす?」

「自ら望んで、落とすのです。
 沙羅様が思っているような、奴隷など、この大陸のドコにも、いません」

「なぜですか?」

「奴隷を、ヒドイ扱いをするような隣人を…。言い方を、変えましょう」

 サイモンは、一呼吸おき。

「人を殴り。人に、罵声を浴びせる人物を、誰が、評価するのでしょう?」

「評価など、度外視してしまえば、良いじゃないですか」


 自分が、良い思いをするために、それ以外を、全て無視する。
 沙羅が言ったコレは、つまり。

「大変、面白いことを、おっしゃいますね。

 統治の中で暮らすからこそ、富を得られるのです。

 大自然の中で、お金を、いくら握っていても。
 ナンの価値も、ないじゃないですか」


 と、言うことだ。

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