六話 で、オマエは何ができるんだ? 1
文字数 4,764文字
「うん。わかったぁ~」
何を分かったのか、問い正したい。
生まれたばかりで、経験も少なく。
力だけ与えられてしまった者が、怖い理由は。
道具の使い方を、知らない素人と、何一つ変わらない。
使い方が分からないなら、ひそむ危険性も、全く、想像がつかないのだ。
沙羅が、岩沢の親として。
信頼を、どうゆう形であれ、得ているのであれば。
正しく、上手な道具の使い方を教えるか。
一緒に、考えてあげるべきなのだが。
沙羅は、自分が助かりたいがために、なにをしただろう。
結果を目の当たりにして。
泣く岩沢の背中を、ポンポンと優しく叩きながら。
事の重大さを、噛み締めるしかない。
「岩沢ちゃん。あの木を折っても、薪に使えないからね。
ああ言う事をするときは、やる前に相談しましょうねぇ~」
「はぁ~い」
ソニックの存在が、役に立った瞬間である。
話は、そんな事が、話題になりもせず、沙羅の無知を、さらけ出すのだ。
「え? ちょっとまって。 使えないの?」
「はい。乾燥していない生木を、焚き木に使っても、あまり、萌、ません」
「もう、許してくれよ。
なにが、そんなに気に食わないのか、良くわからないけど、めんどくさい。
本当に、めんどくさいから」
「では、これから、どうしましょう?」
「だからさぁ~。今の、九死に一生体験の意味は?」
「ないです」
「これまた、ハッキリと言うなぁ~、この子は」
「強いて言えば__」
ソニックは、横穴から外を見渡し。
「安全領域の片方が、なくなったと言う、ことですかね?」
横穴を出て右側に、なぎ倒された木を見た。
「ひょっとして、もっと状況、悪化してる感じ?」
「そうですよ?」
「あれ? 俺、さっきまで、喜んでいた気がするんだけど?」
「管理不行き届きですね。平和ボケしすぎですよ。
早くしないと、三人とも、すぐに死んじゃうんですから」
忘れているだろうが、彼と彼女らは、遭難している。
ソニックは、笑いながら言うが。
「早くしないと、死んじゃいますよ~」は、冗談にもならない、現実である。
「笑いながら言うな! もう、背に腹は、変えられないだろ!
とりあえず、乾燥した枝ぐらい、三人で固まって、森の手前あたりで捜索するぞ!」
「あはは。御冗談を!」
森に入るぐらい、と思えるような、キレイな自然は、目の前にはなく。
樹海を見て、モノを素直に口にするなら、コレだろう。
「ソニックさんよ」
「なんですか?」
「死ぬより、マシだと思うぞ?」
天秤に乗せるモノが、命では重すぎるのか。
答えは、ソレが、まっとうであり。
正しい、である。
忘れていた、状況のシビアさが。
ボトりと、沙羅とソニックの背中に落ちた。
「…日が沈む前に、早く終わらせましょう」
「…ああ、本当にな」
二人は、岩沢をなだめ。
横穴を見失わない範囲とは言え。
三人は、ようやく森に踏み込んだ。
「ありますね。枯れ枝」
「いっぱいあるな。マジで」
リスクを負わなければ、なにも得られない。
当然の摂理を、二人は、味わったのであった。
****
そんなことをしているうちに、日は傾くのである。
夕闇が見え始め。
奥が暗く、よく見えなくなった、横穴。
この世界に来たのが、9月1日なのに、空気は肌寒く。
沙羅は、もう、この日付すら、信用していけないと、深いため息を吐き出し。
まだ、火の付いていない。
岩沢に作らせた、凹型のたき火台を、見下ろした。
三人で、仲良くたき火台を、囲み。
中央に積み上げた枯れ枝に、火をつけようと。
優秀だが、キレると恐ろしい子。
岩沢に、すべてを委ねる流れが、できあがる。
このサバイバルにおいて。
必要なスキルを持っているのは、岩沢だけだと言う現状。
岩沢頼りになってしまうのは、仕方ないのかもしれない、が。
お礼だとか、感謝だとか。
二人に、肩身の狭さを感じさせないのは、岩沢だからだろう。
沙羅の頭にあるのは。
木を倒したときのような、失敗だけは避けなければならない、という事だけだ。
なんとか、たき火台を、安全に、作ることに成功したのだから。
あとは、火をつけるぐらい、デキるハズだと。
二度と、同じ過ちを繰り返さないと。
沙羅と、ソニックの二人で、岩沢に指示を出すが。
何事も経験は必要で。
ノウハウは、お金に換えがたいものだと。
耳にタコが、できるほど聞いてきたというのに。
なぜ、それを、忘れてしまうのだろう。
道具さえあれば何とかなる。
という、無意識の思い込みのせいだろうか。
沙羅達は、今、思い知ることになった。
「夜、どうするよ?」
火をおこすのが、すごく難しい。
この場にいる、誰もが知らなかった。
今はまだ、肌寒いぐらいの気温だが。
それは、まだ、日が沈みきっていないからだ。
今夜の冷えこみは。
触れば、ひんやりとしている横穴の中なら。
寝るのが厳しいほどの寒さだと、簡単に想像がつく。
ただでさえ、地べたに寝るしかないと言うのに。
掛け布団もなしに、寒い環境で安眠できるハズもない。
拾ってきた小枝を、素人知識、丸出しで、積み上げた枯れ木の山。
岩沢の指パッチンから放たれる火花は、むなしく宙に消える。
岩沢という着火装置はあるが。
火を付けるには、それだけでは足りないのだ。
ライター・ガスコンロ。
すぐに着火し。
使いたい時、必要な時。
ほしい火力を、すぐに出すことのできる道具が、いかに、有り難いことか。
できること、の、項目から。
火をつけられる が、徐々に消えていくのを、沙羅は感じた。
岩沢の性能のせいではなく。
沙羅や、ソニックの無知という原因によって。
「さらぁ~、あと何回やれば、火がつくのぉ?」
健気に、小枝の山に火花を飛ばしている岩沢の姿は、ほほ笑ましい。
「沙羅様、知ったかは、本当に恥ずかしいですよ」
ソニックの姿は、いつ見ても憎たらしい。
「なんで、余計なことは、知っているのにさぁ~。
サバイバル知識が、皆無なのか、俺は、知りてぇよソニック」
素直に、なんで火がつかないのか、分からない。
沙羅は、二人の視線を、一身に受け、一つの決断を下した。
「オマエら、ちょっと、ソコに正座しようか」
沙羅は、二人からの不満の声を、一切無視し。
何もない床を指差し、座らせた。
「まず、岩沢。できることを、やってみろ。立っても良いから」
よく分からないまま。
相手の言っていることだけを、文字道理に受け入れていては。
この先、どうしようもない。
沙羅は、現状、何ができて、何ができないのか。
白黒ハッキリつけることが、重要だと。
偉そうに、この場を、取り仕切るのである。
そして、岩沢は、訳も分からず、スキルを披露し始めるのである。
「はぃ~。まず、火花ですぅ」
片手の指先をこすり、線香花火より、儚い火花を作り出す。
弱すぎる火種は、指先から、地面に到達する前に消えてなくなった。
火種には使えるかもしれないが。
そもそも、火力がないのだから、木に、直接火をつけられる訳もない。
「つぎは、光ですぅ」
両手を組み、修道士のように祈る岩沢の長い白い髪が、うすらぼんやりと光を放つ。
日が、落ちてきたからこそ、分かる。
岩沢が放つ光量は、蛍光塗料が放つ光と同等か、少し強いぐらいの光だ。
暗闇で使ったところで、どこに岩沢がいるかが、わかる程度のものでしかない。
懐中電灯と、喜んでいたが。
そんな使い方が、できるほどのスキルでは、ないだろう。
「岩沢の功績は、地下水を見つけてきた事と。
この横穴を作って、みず道を作った事だな」
今、岩沢のパワーや、この横穴を変形させた力を、試す必要はないだろう。
街灯もない暗闇。
夜になる今から、やるべき事でもない。
試すにしても、明日以降、別の形で、だろう。
何も見えない中、この検証は、危険すぎる。
「あと、可愛くなりましたぁ。声が!」
本人が、一番、気に入っているのは、ソコなのだろう。
「破廉恥、極まりない姿に触れなかったのは、素直でよろしい。
早く、服を着せないとなぁ~。あとは?」
「はいぃ…。ありません」
「うん、よくわかった。着席」
「私は、沙羅様が、なにをしたいのか、分からないので、立ってイイですか?」
「駄目です。ソニックさん、欠席にしますよ?」
「それで良いので、トイレ行って良いですか?」
ただの軽口なのは、沙羅にも分かる。
だが、ソニックの言葉に、沙羅は、背筋が凍り付いてしまった。
「……。どこで?」
急に強ばった、沙羅の顔を見て。
ソニックは、自分の言葉の重大さに、気づくのである。
「……。そこで?」
「隠れたいだろ?」
「当たり前じゃないですか!?」
「隠れたいか?」
沙羅は。
もう、暗くなり、怪しさの増した森を指差し。
ソニックは、外を見て、首を振った。
「じゃあ、どうするんだ?」
「沙羅様は、男だから、ズルいですよ!」
「馬鹿野郎! 出るモノは、出るから、条件は、一緒だっての!」
「じゃぁ、どうするんですか!」
「今更、女を主張されても、何もできねぇからな!
拭くモノまでない、まである!」
「私に、どうしろと!?」
「気づいていないだけで、問題だらけなのは、あの木の件で、よく分かった」
「なに、話を、まとめようとしてるんですか!
なにも解決してませんよ!」
「とりあえず、お前らのデキることを知らないと、どうしようもない。
少し我慢しようか」
「生理現象ですから!
我慢にも、限界が、ありますから!」
「とりあえず、洗うしかないだろ。話しの腰を折るんじゃない」
沙羅は、横穴脇を流れる湧き水を指さし。
コレしか、ないんだからと、ソニックを黙らせる。
「半裸で、ここまで来て洗えと!?」
黙らなかった。
「湧き水あるだけ、マシだと思いやがれ!
しかも、常に新しい水が流れてるから、水が、汚染されることもないんだから!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「じゃあ、なにか、便利能力で解決して見やがれ!
デキないなら、とりあえずコレで行くしか、ないんだから!」
ソニックは、必死にああでもない、こうでもないと、考え。
いつまでも、まとまらない、考えは、沙羅の顔に戻ってくる。
「ないな?」
「はい…」
半裸でトイレが、可決された瞬間だった。
湧き水がなければ、こんな方法すらとれず。
もっと不衛生なことを、要求されたんだと、ソニックは、震えた。
岩沢の、ゆるキャラ・ドスボイスの姿が、変わる過程で。
この横穴を拡張し。
地下水を掘り当て。
沙羅の背後を、流れる水源の確保は、本当に大きな功績だ。
洗える、飲める。
曲がりなりにも、体を拭くぐらいは、なんとかなる。
湧き水で作った、小さな川は、飲み水問題と同時に。
最低限の、衛生問題を解決していたのだから。
かといって、数ある岩沢の他の能力が、中途半端以下の力では。
工夫しない限り、ないのと、同じだ。
だが、マイナス点より。
功績が勝っているので、沙羅の中での岩沢の株価は、かなり高い。
沙羅は、ため息を吐き出し、本題に、切り込む決意を固める。
一番、聞いておかなければ、いけない事柄であり。
何よりも、聞きたくない事である。
なぜなら。
「で、お前は何ができるんだ?」
「沙羅様、良くぞ聞いてくれました!」
絶対に、めんどくさいからである。
ソニックは、待ってましたと、言わんばかりに立ち上がり。
自慢げな、背中の機械翼を広げた。
もう、見かけから、入っている時点で。
沙羅は、すべてを諦める。
「うん、そんな事されると、俺の中の期待値が、あがるぞ。
このハードル、越えられるか?」
「余裕です」
きっと、無理である。
「もう、ダメな、フラグを踏んだわけだが…」
ソニック本人のやる気に反比例し。
沙羅は、期待値が、現実値と、大きく離れていくのを感じた。