魚、さかな、サカナ~ 3

文字数 3,402文字

 新天地の顔。
 自然が織りなす、ファンタジーの情景を、ダメ子に見せつける。

 大雨の後だからだろう。
 水量が増え、迫力を持った水量が、落ちる岩場の片隅。

 ダメ子は、目の前の滝と、川の様子に、体育座りで返事をしていた。

「あそぼうよぉ~」
「スレイちゃん、ちょっと待って。今、現実に、打ちひしがれているから」

「ゲンジツ~?」
「危ないから、水辺に近寄っちゃダメよ、スレイちゃん。死んじゃうから」

「え! 川も怖いの!?」

 怖い物が、ありふれているサバイバルが。
 スレイの理解の早さを、頭の良さを見せつけてくれるのだが。

 ダメ子は、本気で怯えているスレイの頭をなで。
 トラウマばかり抱える妹を、本気で不憫に思い始めた。

 滝の水量は、周りの音をかき消すほど大きく。
 湖の水は濁り。
 その先の川の水が、キレイであるわけがない。

 滝を落ちる水は、まだ澄んでいるのだが。

 水の勢いが強すぎて、バケツを向けたら最後。
 体ごと、もって行かれるだろう。


 ダメ子は、たかが水くみが、デキない現実を受け入れているところなのだ。

「あ~、どうしよ」
「えっと、どうにか、すればイイんだよ?」

「スレイちゃん。沙羅様のマネは、本当にやめて。本気でヘコむから」

 このまま帰れば、なんて言われるか、火を見るより明らかだ。
 また、改名の機会が遠ざかっていくのだろう。

「スレイちゃん、助けて」
「お水をくんで、くれば良いの?」

「ソレだけは絶対しないでね、スレイちゃん。私がスゴく、ヒドい目に合うから」
「うん。わかった」
 金髪の幼女は、普通に理解したようだった。

「良い子ね~。スレイちゃん」
 良い子なのではなく、賢いのである。

「ダメ子ちゃん、のど乾いた」
「スレイちゃん、川に投げ込むわよ?」

 そこへ、天の声ならぬ、竜の声が落ちてくるのだ。

「ねえさ~ん」
 バケツを持ったブルースカイが、ダメ子の隣に降り立つ。

「あっ、神だ」
「なに言ってるの? 姉さん」

「水をくんで頂戴、上のヤツね」

 当然のように、両手のバケツを突き出し。
 押し付けようとする、ダメ子に。
 ブルースカイは、ため息を吐き出した。

「まぁ、イイよ。
 ウチも、姉さんの力を、借りに来たから。
 さっそく、教えてほしいんだけど__」

「先に、水くんで頂戴!」

「__魚の食べ方を…」

「水くんで頂戴!」

「教え、て…、下さい…」
 お互いにバケツを突き出し合う、異様な姉たちに、スレイは。

「お魚だ! 大きい! ごちそうだ!
 ブルースカイちゃん、これどうしたの!」


 食い気が、全てだった。

 食欲の塊となった幼女は。
 ブルースカイの布を、力加減なく引っ張り出す。

「魚が先のようですね、姉さん」

「あなた、ミニスカートみたいな丈しかない着物を、全力で引かれて。
 よく、平然としていられるわね」

 言い返したい気持ちを、グッとこらえ。

「これは、焼けば良いんですか?」
 ブルースカイは、一番めんどくさくならない、流れを選んだ。

 バケツから、顔より大きい魚の胴体を、ダメ子の眼前に突き出して。
 絵に描いた魚、そのモノの形。

 銀色の肌に、青い縦模様。

 ダメ子の視線は。
 なぜか片側二枚ある、人間で言えば腕に当たるヒレに集まり。

 尻尾をつかんで、クビのない胴体を、突き出し。
 中途半端に残っている、魚の下顎からちょろりと出ている、毛のようなモノに、顔色が変わった。

「え? ちょっと、その岩の上に置いてくれる? ブルースカイちゃん」
言われるがまま、岩の上に寝かせた魚を、ダメ子は、転がっていた木の棒で開き。

「この巨体を、プランクトンだけで支えてらっしゃる?」
「死んだ魚に、ナニを問いかけてるん?」

「ブルースカイちゃん、この魚、ズッと泳いでた?」
「魚なんだから、あたりまえじゃん」

「……。この魚体で、クジラさん」
「姉さん。もう、なに言ってるのか、分からないよ?」

「え? えっと、なんだっけ?」
「どうやって食べれば、良いの?」

「ああ、そうだった」

「姉さん、なにかおかしいこと…。ううん、食べ方教えて」

「おかしなこと、もりだく__」
「良いから、今じゃなくて、良いから! スレイちゃんを見てみてよ」

 スレイを見てみれば。
 人差し指をしゃぶりながら、ダメ子に、カロリーを求めていた。 

「…こんな、立派な魚。食べられるように、さばかないと、話にならないわ」

 両者、バケツを地面におろし。
 すかさず、魚を持ち出そうとするスレイの手を、ダメ子は、つかむ。

「なにするの!?」
スレイは、今日を生きるのに全力だった。


 まるでヒステリーを起こした人のような、マジが感じられ。
 ダメ子は、舌を巻く。

 本日のスレイは、ドコまでも、食糧に本気だった。

「そのまま触ったら、ケガするのよ、スレイちゃん」
「そうなの?」

「川の魚と違って、海の魚だろうから、怖いのよ」

「怖いの! 雨みたいに!?」
 スレイの一番、怖いモノは。
 全てを差し置いて、雨だということが、今、判明した。

「ブルースカイちゃん。
 昨日の雨って、どれぐらいの恐怖を、スレイちゃんに、与えた思う?」

「聞いてみれば、良いじゃないですか」

「そっか…。スレイちゃん。
 魚触ると、雨降ってくるから、ダメよ」


 スレイは、聞くないなや。
 スグに、ダメ子の後ろに逃げる。

 それでも、魚を、あきめられないのか。
 ブルースカイに、なんとかしろと、目で訴えていた。

「言い方! 姉さん、言い方が、間違ってるよ!?」

 スレイが、なんとかデキる子と思っているのは。
 ダメ子だけでは、ないという事実を、ブルースカイは、シレっと黙殺する。

「スゴイ、怖いみたいよ、ブルースカイちゃん」
「なにを真顔で言ってるの? 早く、この魚をさばくやり方、教えてよ」

「なにをするにも、水がいるのよ。はい、皆で上流に行こ~」
 スレイまで一緒になって、拳を上に突き上げる。
 ブルースカイは、言われるがまま、バケツに水を汲み。

「この石、半分に切って、まな板にしましょう」

「なんで、そんなバカみたいなこと、しなきゃいけないの?」

「アナタは、私にモノを聞きに来たのか、バカにしに来たのか、ハッキリしなさい」

「聞きに来たんですが? 基本的に疑ってるだけだよ? 姉さん」
 ブルースカイは、素直だった。

「なお悪いわねぇ…」
「だって、姉さんぐらいしか、魚の食べ方、知らなそうだったし。沙羅は、忙しそうだし」

「ぐらい、って言ったわね? 普通に言ったわね!」
「見つけてみたら、ひまそうにしてたし~」

「忙しかったら、どうするつもりだったのよ?」
「そんなことは、絶対に、ありえないと思って来たんだよ?」

「あなた、教わる気あるの? もう、教える気が、なくなったわ」
 ダメ子が、めんどくさいことを言い出したとき。
 解決策は、ジュライ子が、ブルースカイに見せていた。

「良いの? これは、姉さんのチャンスなのに」
「どういうことよ?」

「これで、海の魚を美味しく食べるために、指示を出したのが姉さんだったら…。
 沙羅の評価、稼げるじゃん」

 ブルースカイは、ジュライ子とダメ子の会話で。
 ダメ子の手綱を掴む方法を、身につけていた。

 絶対無理だと、誰もが思っている改名。

 ポイント制度を作った、本人すら忘れているのに。

 一人だけ固執しているダメ子が、可愛そうだと、思わなくもないが。

 改名されない理由の大半が、身から出た錆なのだから、仕方ないだろう。

 だからこうして。

 ちょいちょい、チャンスを提供し。

 改名機会が増えれば良いなぁ、と、言う建前のもと。

 とりあえず、めんどくさくなったら。
 ヨイショして、こう言えば、ダメ子は、こう答えるのだ。

「まず、魚をまな板に置いて、ウロコを取るのよ」
 単純だった。


 この制度を思いついた沙羅は、天才かもしれない。

 こうなると、やる気を前に出すダメ子の単純さに、思うところはあるが。
 生まれた順番、は変えられないと。
 ブルースカイは、あきらめた。

「ウロコ? なにソレ?」
「魚の表面、硬いでしょ。その硬いヤツを取るのよ」

「表面か…」
 ブルースカイは、魚の表面をなで。

「川魚よりは硬いですね。ぷにぷに、してないです。」

「ぷにぷに?」
「なに?」

「そんな表現が出てくるとは、思わなかったわ」
「川魚は全部、ぷにぷにしてて、握ったら潰れそうじゃん?」

「あなた、どれだけ握力あるわけ?」

 スッと右手を差し出すブルースカイ。
 これを素直に握り返せる男子は、どれだけいるだろう。

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