雨戦(うせん) 2

文字数 4,041文字


 思い出すしかない。

 どうあっても。

 ダメ子が、ハッキリと口にしてしまう。

 沙羅は、無自覚に忘れていた感情に、引き寄せられ。

 受け止める力が、なかった自分に。
 冷えているハズの体が、熱くなるのを感じた。

「忘れようとするんですか?」

 法の力を、使ってはならない理由は、簡単だ。
 どうなるか、分からないからだ。

 どうなるか、分からないから。
 物事を解決することなど、デキはしない。

 法の力は、結果だけを示す。

 結果が、でてしまえば。

 あとに、戻ることは叶わない。

 やり直しなど一切、受け入れない。

 法の力は、力であって、道具なのだから。
 一度、切った、肉を。
 また、元通りにつなぎ合わせ。
 ブロック肉に、デキないのと同じく。


 一度、切ってしまったら。
 たとえ、二つの魂が、一つの体に宿り。
 新しい命として、転生しても、受け入れるしかない。

 もう、白龍ブルーが望んでいた。
 親子が、手をつないで笑っている姿は、二度と訪れない。

 そんな、誰もが望んだ結末を。

 沙羅が、沙羅自身の手で。
 竜騎士スレイも含めた、みんなを、救いたい一心で。
 あった、かも、しれない未来を奪ってしまった。

 あるかもしれないから。
 そうなって欲しい、頑張れと。

 竜騎士に、誰もが、言い続けたのだ。

 言い続け、一生を使った者も、いたのだろう。

 そこまで尽くしたからこそ。
 竜騎士は、あそこまで追い詰められていた。

 沙羅は、そんな彼らか、彼女達か。
 顔も知らない、誰かの努力ごと。
 いまのスレイにしてしまった。


 法の力は、便利だが。
 法の力は、圧倒的な暴力なのだ。
 暴力は、問題を解決などしない。
 決着だけを、つけるだけだ。


 決着をつければ。


 勝者と敗者が、自然に生まれ。
 二者択一の選択のどちらかが、動き出す。

 対立し、問題を解決せず。
 決着をつけ、次に向かわせる。

 全ての問題は、敗者のせいにして。

 敗者は、全てのデメリットを、飲まされ。
 なすりつけられ。
 そして、全体の調和が成り立っていく。


 なら、スレイの一件で。
 敗者とは、なんだろう。

 スレイの一件で、誰も死んでいない。
 問題は過ぎ去り、笑っている毎日は、勝者の権利だろう。

 なら、誰も気づかない敗者が、あるなら。

 敗者は、苦渋を飲み込み。
 勝者に何も言えず。
 黙っているのが、決着後の決まりだ。


 だが、ここには、ダメ子と沙羅の言葉しかない。
 勝者も、敗者もない。
 沙羅の涙の理由は。

「助けたかったんだ…」

 もう、償いようがない。

「もっと、よくやれるハズだったんだ…」
 もう、あらがいようもない。

「なんで、こんなに、なっちまったんだ?」
 失ったモノは、もう、手に入らない。 

 ダメ子は、黙って沙羅の言葉を受け入れ。
 静かに、残酷な言葉を落とす。

「考え続けるしかないです」
 答えなど、ないのだから。

「法の力を持っていない、私が何を言っても。
 思っても、仕方ないと思います」

 ダメ子は、勝者側なのだから。

「私に言えることは、一つしかありません」
 敗者には、なれないのだから。

「また、同じようなことに、ならないようにしましょう」

これ以上、消えないキズを増やさないために。

「ああ…」
 雨なのか、涙なのか。
 全ての水は、地面に流れ落ちる。

「じゃあ、どうやって、木材を加工するか、考えてもらって良いですか?」


 いつものダメ子だった。

 コイツに言い返すには、そうだ。
 沙羅は、深い息を吐き出し。

「たまには、オマエが考えてみたら、どうなんだ?」
「まぁ…、だいたい、想像は、ついているんですけどね~」


 ダメ子は、雨宿りスポットにいる、ブルースカイに、目線を送り。

「ああ、そうか…」

 どうやって木材を、加工するのか。
 岩沢のような、万能造形術なんて必要ない。
 切った、張ったが、デキれば十分だ。

「ブルースカイの刀か」
「あれなら、イケるでしょ?」
「ああ、それでどうする?」

 ダメ子は、不思議そうな顔をして、少し考え。

「それは、沙羅様が、決めてきたんじゃないですか?」


 沙羅は、何を言われているのか、理解できず。

 笑いながら、言葉を待っているダメ子を見て。
 沙羅は、ため息を吐き出した。

「良いから、全部、言ってごらんよ」
 ダメ子は、ソレだ、と沙羅を指さし。

「とりあえず、木を切れば。
 雨をしのげる屋根ぐらい、作れると思いますよ?」

「釘もないのに、どうやって?」

「岩沢ちゃんに、作ってもらえば、良いじゃないですか」

「…えっと、な。鉄と、鉄鉱石は、別物だからな」

「じゃあ、丈夫な鉄鉱石で、釘を作れば良いんじゃないですかぁ~」


 釘やビスは、金属でデキているモノ。
 なぜ、金属でデキているのか。
 現代において、加工が容易で、大量に作れ、部品として丈夫だからだ。

「…普通は、作ろうと思わないだけか」

 全てにおいて、石の釘は、鉄釘の真逆なのだ。
 そもそも、作るのが大変であり、部品としてもろすぎる。

 だが、岩沢に作らせたらどうか。
 強度以外の問題は、全て解決できるのだ。

 そもそも、雨の中。
 丈夫な小屋を建てることが、デキないのだから、仮設で十分。
 それなら、岩の釘でも、十分に役立つだろう。


 なら、あと、残された問題は?
 木をどのように切り。
 どんな形の掘っ建て小屋を、作るかという、構想だけだ。

 沙羅の頭が、ゆっくりと回り出し。

 これから、何をすべきか。

 誰に、何をやらせれば早いのか。

 皆に、デキることは、何か。

 その上で、この後の行動を、リーライフ・ネリナル達に伝え。
 行動に移せば良い。

 目の前で、嬉しそうにしているダメ子の顔を見て。
 沙羅は、ダメ子が、本当に待っていた言葉を投げる。

「おい、ダメ子さんや」
「なんですか?」

「オマエは、回りくどいな」
「そうですか?」

「めんどくさいヤツだなぁ~」
「めんどくさいって、言った!」

「そっか、よかったな。
 お前ら、働かせる算段がついたから、さっさと、ついてこい」


 コレで良いのか、悪いのか。

 ダメ子は、元気な声で嬉しそうに「はい」と。
 迷いのない一歩を踏み出す、沙羅の背中を追った。


 木材を加工し、雨・風をしのぐ仮設小屋を作る。
 その鍵を、にぎるのは。
「ウチ?」
 ブルースカイである。

「丸太を、木の板にデキるよな?」
「デキると思うけど…」
 刀を指さし、話しかけている沙羅は、失礼、極まりない。
 ブルースカイが、言いよどむのも、当然だ。

「沙羅様、木材を加工できても。
 岩沢ちゃんの小屋と、同じことになるんじゃ、ないですか?」

「木のほうが、軽いとは言っても、
 地面の上に乗せるように建てたんじゃ、きっと、同じことになる。でもな」


 沙羅は、皆を見渡し、ダメ子の言葉を否定した。
 そう、なんとかする手段は、ある。

 無人島で一人、遭難していたら。
 この雨は、耐え忍ぶしかないだろう。

 だが、ココにいる、リーライフ・ネリナルの面々が、いるからこそ。
 人力で、デキないからと、諦めている方法にこそ、活路がある。

「丸太一本まるごと、杭にして、打ち込めばどうだ?」
「…なるほど」

 ダメ子は、沙羅の言葉を飲み込み。
 単純かつ、大胆な発想に舌を巻いた。

 沙羅が、岩沢に説明するときに使った、木の枝が。
 緩い地面に刺さり、そのままになっているのが、目に入り。

 沙羅はコレを見て、思いついたのだろう。
 この木の枝を見て。

 木の杭を地面に打ち込む。
 なんて発想になった沙羅に。
 ダメ子は、敬意すら覚えた。

 つまり、電信柱のように。
 長い棒を、地面に埋めてしまえばよいのだ。

 それなら、地面が柔らかくても関係ない。
 いくつも埋めた柱の上に、家を建てれば。
 そう簡単に、天災で家が傾くことはないだろう。
 そう、ボーリング工法だ。

 本来なら、鉄の杭を重機で打ち込む、この工法は。
 高層ビルなどの背が高く、大きな建築の際、必ず行われる。

 元々、畑で、地面が緩い場所に家を建てるときも。
 小規模ながら行われる、基礎を作る前の下地である。

 沙羅がやろうと言い出した方法は。
 思いつきながら、合理的な答えなのだ。

 木造でも、建てれば、重量としては、かなりのモノになるだろう。
 だが、岩や石ほどではない。


 加工が簡単で、使い勝手が良いとくれば。
 あとは、人手と力業でゴリ押せる。


 電信柱のように、地上に柱を突き出し。
 風よけの囲いと、簡素な屋根を取り付ければ。
 完成させることがデキるのだから。

 地面の上に、家を乗せるのではなく。
 地面に突き刺すのだ。

 規模は大きいが、小学生の図工のような単純構造なら。
 作り終えるまで、思っているより時間は、かからないだろう。


 雨に打たれず。
 火をおこせる環境さえ作り出せれば。

 雨で濡れていない、乾いた木も、葉っぱも。
 ジュライ子が作り出せる。

 沙羅は、普段からリーライフ・ネリナル達を、バカにし続けているが。
 誰よりも、彼女たちの事を、よく見ている。

 そして、一人一人の特徴を、よく理解しているからこそ、だ。
 もっと、デキることは、一杯あるだろうと、言い続けているだけ。

 ポイントシステムは、いかがなモノかと、思う気持ちよりも。
 ダメ子は、純粋に、その事が、何よりも嬉しかった。

「岩沢に、丸太一本。地面に叩き込ませるぞ」

 地面を掘る必要はない。
 丸太の先端を、鉛筆のように鋭利にしまえば。
 岩沢のバカ力で、簡単に叩き込める。

 木が折れないよう、岩沢に言っておく必要が、あるだろう。
 資材問題は、問題にならないほど地面に、転がしてある。
 だが、まだ問題は山積みだ。

「沙羅様、壁は、どうするんですか?」
「岩沢に、釘とトンカチを作らせれば、解決だろ?」

「あなたは、沙羅様ですか?」
「どういう意味だよ?」
「なんか、スゴい、頭のキレる、リーダーみたいです」
「ダメ子。そろそろ、俺は、お前を殴っても、許されると思うんだ」

「暴力反対です!」

「俺より強いヤツに言われても、なんの説得力もねぇ…」
「じゃあ、始めますか!」
 ダメ子は、全てを聞かなかったことにした。

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