33話 遭難四日目

文字数 6,104文字


 遭難四日目の朝は、早くやってくる。
 太陽の日差し、緩やかな風が、体を冷え切らせ。

「…寒い、マジさみぃ」
 火の番を順番に、やっていたのだが。

 最後の番である、ダメ子は。
 地面に木の枝を突き刺したまま、寝落ちていた。

 まだ、太陽が出てきたばかりの野っ原で。
 熱源なしで雑魚寝は、キツイものがある。

 ただでさえ。
 大きな薪を作り、その周りで、丸くなって寝ていたというのに。

 いくら、疲れていたとはいえ、だ。

 この失敗は、命に関わるのである。

 吐き出した息は、白く。

 疲れ切っていたから。
 地面の上でも、気にせず眠れたが、これだけ寒いと話は別だ。
 夏の終わりに、飛ばされたというのに。

 やはり、この世界の季節感は、完全に違うのか。
 そもそも、同じ日付に飛ばされたと言うのが、間違いなのか。

 こうならないために。
 皆で、ローテーションを組んで、火の番を、させていたハズだったのだが。

 沙羅・ダメ子・ジュライ子の順番で決めた、火の番は。
 地面で座ったまま寝ている、ダメ子で終了したようだった。

 寝ている皆を見渡せば、皆、丸くなっており。
 一番、厚着をしている、ダメ子だけが。
 そのまま寝落ちするという、結果を生んだようだ。

 裸族の二人が、丸くなっている。
 その行為に意味があるのか、疑問である。

 スレイの手を触れれば、冷え切っており。
 今は、バカをかまうより。
 先に、火をおこすことが大事である。

 バカを、かまうよりも。

 とりあえず、沙羅は、深く眠っているダメ子を。
 慎重に、慎重を重ね。
 薪から離れたところに、寝かせることに成功し。

 若干、温まった体に、満足感を感じていた。

 そのまま、バカの尻拭いをするため、ジュライ子と、岩沢を起こし。
 バカが火を消したことを説明し、再度、火を点火。

 二人が、ダメ子が遠くに寝かされている姿を、横目で見るのも無視し。


 皆の協力が必要だと。
 弱っている ブルースカイ・スレイを、火の近くに寝かせ。

 岩沢も、まだ眠たそうだったのだが。

「火の番しなくて、イイのぉ~?」
 なんて、嬉しいことを言う。
 岩沢の視界から、ダメ子が消えるように立ち。

「後はやっておくから、まずは、寝ておけ岩沢」


 と、寝かしつければスグに眠りに落ちた。
 そして、沙羅は、スッと立ち上がり。

「ジュライ子、命令だ」
「沙羅先生、なんですか?」

「ダメ子の下半身を、そっと、持て」
「え?」

「とりあえず、森の中に置いてくるぞ」
「……」

「置いてくるぞ?」

「沙羅先生、そういうとこ、容赦ないですね」

「近くに水があったら、最高だったんだがなぁ~」

「……」

「かけないぞ? 起きちゃうから。
 ダメ子の周りに、静かにまいて、服にしみこむように、するだけだぞ?」

「そんなこと、心配してませんよ!」

「よし、ちゃっちゃと、やるぞ、ジュライ子」

「…は、はい」

 熟睡しているダメ子を二人で抱え。
 火からだいぶ離れた、木の陰に寝かせる。

「よし。今回は、コレで許してやろう」

「いや、これは…」

「そんなことは、気にしなくてイイから。
 とりあえず、食料を頼む、ジュライ子」

「え? あっ、はぁ…」

 ダメ子を、放置するために。

 わざわざ、ジュライ子を薪まで手を引き、作業場所を指定する徹底ぶりに。


 ジュライ子は、自分も、気をつけようと。
 ため息を吐き出し。

 その体罰は、どうなの?
 と、言う話は、朝の忙しさの中に消えていく。

 ダメ子を、遠くに置いたことすら、忘れさせていく。

 放置しようと言い出した、本人も、忘れていく。


 何かしようと思ったら。
 用意するだけで、作業量が、目に見えて増えていくのだ。


 考える暇もなく。
 沙羅たちは、自給自足のサバイバルを、しているのだから。

 冗談を言っている場合では、ないだろう。
 ダメ子を放置している場合では、なかっただろう。
 そんなことすら、忘れてしまうのだから。

 横穴と違い、水源がなく。

 水を飲むには。
 ジュライ子が見つけた湖まで行って、火を、たくしかないだろう。

 湖の生水を、そのまま飲んで。
 お腹を下したら、今以上に状況は悪くなってしまうのだから。

 食糧は、ジュライ子が作れるが、まだ、種類は少なく。

 ブルースカイは、弱り。

 ダメ子は、ダメ子で。

 スレイという、子供まで抱えてしまったのだ。

 一生懸命、ジュライ子は、食料製作を始め。

 沙羅が、水をどうするか、悩んでいると、ブルースカイが体を起こす。


 ゆっくりと。

 夢ではないのを確認するように、うつむき。
 固まった血のついている頭を、なでた。

 スッと、ブルースカイが、顔を上げた先に、沙羅は座り込む。

「どうだ調子は?」
「…えっと」

「横を、見てみろよ」
 まだ眠る岩沢。

 お歌の時間を、自ら必死にテンションを上げ。
 ダメ子を見ては、テンションを上げるジュライ子。

 遠くで放置されている、ダメ子姿。

 そして、真横で眠るスレイを見て。
 ブルースカイの目が、大きく開かれた。

「沙羅、こんなに良いことって、あってイイのかなぁ?」
 ブルースカイは、スレイの頭を撫で。
 煙たそうに手を払うスレイの姿に、目を閉じる。


 複雑な感情だけは、拭えない。
 だが、結果は出てしまった。

 法の力は、使ってしまえば、いやおうなく、結果を示す。

 もっと良いモノが、あったのではないか。

 このスレイが、最善なのか。

 この親子が、顔を合わせる夢のような光景は、もう、夢でしかない。


 わがまま、なのだろう。

 どこまでも、わがままだ。

 無い物ねだり、隣の芝生は青く見える。

 そして、心にストンと落ちるのは。
 ソレを、あの場で思いつくことができなかった。
 行動できなかった、自分への戒めだけだ。

 やってしまったことを、ほじくり返しても、もう、戻れない。
 考えるべきは、これからどうするか。

 それだけに、話は、落ち着くのだろう。

 もう、過去になった、できごとに。
 手は、届かないのだから。

「良いんだろうな」
最善だと思わないからこそ。
 沙羅の口からは、自然に、言葉が出る。

「ウチ、消えてないよ?」

「そうだな」

「ウチ、ちゃんと完全な体になってる…」

「よかったじゃねぇか」

「沙羅、ウチ…」
 ブルースカイは、沙羅に抱きつき。

「ありがとうございます」


 深い感謝が、沙羅の耳に届く。
 これで良いと思っていないどころか、後悔している心に。
 ブルースカイの感謝は、毒のように沙羅の心を締め付けた。


 スレイと直接、出会い、話し。
 説得しようとした、彼女にしてみれば。

 奇跡なのだ。

 倒れるまで願い。
 倒れてからも、願った夢のような光景。

 沙羅の思いは。
 やはり、高望み、なのだろう。

 沙羅は、ブルースカイの言葉に。
 隠さない感情に。
 純粋な感謝を、自分勝手な思いで、汚したくなかった。

「お前も、良く頑張ったみたいじゃないか。
 こうデキたのも、お前が、時間を稼いでくれた、おかげだ」

 沙羅は、自然に、ブルースカイの頭をなで、落ち着かせる。

「…うん」

「俺も、正直、実感ないんだけどな。
 うまく行ってよかったよ。で、差し当たっては、だ」

 スレイが、目をこすり、体を起こす。
 幼い手は、沙羅をみて、ズボンの裾を引いた。

「パパ、お腹へった」
沙羅は、スレイの頭をポンポンとなで。

「ブルースカイ、飯にするぞ」
「はい!」

「ジュライ子ぉ~、できたかぁ~」
 パパは、他力本願だった。


 ジュライ子の「できました~」と、言う声が、皆に届き。

 レタスなのか。

 キャベツなのか。

 白菜なのか、分からない野菜を。

「はい、みなさんの分です」
 皆の膝の上に、一玉ずつ置いていく。

 満足そうに、焚き木を囲むジュライ子の顔には、笑顔さえ浮かぶが。

「それじゃあ、頂きましょう」
 土をかぶった、菜っ葉の固まりを、だ。
 頂きましょうと言われても、皆は、首をかしげ。

「どうやって?」
 沙羅は、素直に疑問を口にしていた。

「え?」
「分かってて、やってるだろ? そうなんだろ?」

「沙羅先生、遭難とかけてるの?」

「そんな、サビついたネタで、この野菜が、キレイになるのか?」

「……えっと?」

「なぁ、ジュライ子。菜っ葉以外に、作れないのか?」
「…えっと?」

「いろんなこと、デキるようになったんだろ?
 なら、別の野菜も、作れるんじゃないのか?」

「私、この種しか、作れません」

「じゃあせめて、もっと、汚れないように配慮してくれよ!」

「土から生えてくるモノを、どうやって、キレイにしたら良いの?!」


 無茶フリに対し、正論が返ってくる、典型的な例である。


 沙羅は、手元にある野菜を見て。

 スレイを見て。

 食べないという選択肢が、存在しないことに気づいた。

 どうにかして、食べなければならない。
 土まみれの、この菜っ葉玉を。

 沙羅は、チラリとジュライ子を見て。

「こうするんだよ!」

 なかばヤケである。

 この野菜は、白菜・キャベツ、タマネギと同じだ。

 何層にも葉が、実が、折り重なって一玉になっている。

 沙羅は、ジュライ子の目の前で。

 土が出てこなくなるまで、野菜の葉を、むしっては捨てた。

 キレイに、ツヤツヤしている実が出てくるまで、むしり取った野菜は。

 本来の大きさの半分以下になり。

 むしり取られた、葉っぱは。
 薪に入れるわけにもいかず、地面に投げ捨てられ。

 キレイな葉をスレイに渡し、食べさせ。
 ジュライ子に、ハッキリと言い切った。

「コレが、配慮だ!」

「いろんなモノが、配慮されてないぃ~」


 沙羅の配慮は、全てスレイに、向かったのである。

 ブルースカイがチラリとみた、ジュライ子の笑顔は、怖かった。

 その様子を見て、沙羅は。

「こうすれば、誰でもキレイな飯が食えるぞ!」
 勢いで、誤魔化そうとしてみた。

「ブルースカイちゃん」
「な、なに? ジュライ子お姉様」

「むしって良いよ?」

「……。えっと」

「早く、むしったら良いよ」

 何もしないのは、ソレは、ソレで、ジュライ子の機嫌に、さわると。

 手元の野菜を、一枚剝ぎ取る、ブルースカイ。

 葉の根元が、パキッと、新鮮な音を立て。

 その音に反応して、ジュライ子の笑顔が、引きつるという、修羅場を迎えていた。


 誰が悪いのか。
 間違いなく、沙羅である。

 この、どうしようもない空気を。
 どうにもデキない状態で、渡されるのが。

 姉妹一番下なのだと、ブルースカイは、思い知った。

 いくところまで、いくしかないと。

 パキパキ葉をむしり。

 キレイな葉を、口に入れ。

 ブルースカイは、精一杯の良心で笑った。

「ジュライ子お姉様、おいしいです!」
「…そう、良かったね」

 ジュライ子の顔に、張り付いた笑顔。
 目線は、地面に捨てられた葉っぱに向かっているのが、怖くてたまらない。

 ブルースカイは。
 沙羅に、全てを委ねることにした。

「沙羅、この葉っぱ、どうするの?」

「ちょ、おま!」
 ジュライ子の視線は、地面の残骸から、沙羅に戻り。

「……。えっと、他の野菜の種が、あれば、新しい作れるのか?」
 沙羅は、つながらない会話を強引に、押し通すことにした。

「…だと思いますよ?
 種が、一つであれば、デキるんだと思います」

「お前は、生きる畑なんだな」
 任せた投手の大暴投に。
 ブルースカイは、手を頭にやり、頭を振った。

「ジュライ子。
 俺は、これを、どうやって、スレイに食わせてやれば、イイんだと思う?」


 やる前に聞けば良いことを。
 今、聞くのは、さすがである。

 土から生えた菜っ葉は、当然、土まみれだ。

 横穴でなら。
 水の中に放り込めば、洗い流せたから、気にもしなかったが。

 洗いもせず、このまま口にするのは。

 青虫、はいずり回る畑のキャベツを。
 そのまま、食べるようなものだ。


 横穴の中に、プールを作って浸しておくのは、思いつきだったが。

 今、よくよく考えれば、だ。

 冷やす、洗える、虫がたからない。
 最高の保存方法だったのだ。


 なくなってから気づく、横穴のすばらしさ。

 周りに、水がなく。
 乾ききった喉が。
 素直に、この菜っ葉を、通してくれると思えない。

 水気のある部類であるのが、唯一の救いだろう。

 コレが、ジャガイモやサツマイモのような、芋系に寄っていたら、苦しかっただろう。
 うんうん、と、沙羅が、素直になったタイミングで。

「湖なら、場所、わかりますけど?」

ブルースカイは、沙羅の心を、ジュライ子が、突き刺したのを目撃した。

一周まわった後の正論は、ドコまでも突き刺さる。

「そうなのか?」

「はい」

「……。なんか、すまん」

「あとで、お説教だね」

「言葉の語尾に、ハートマークが、ついてそうなセリフだな」

「ブルースカイちゃんも、許しませんよ?」

「あっ、ウチもなんだ…。はい…」


 やはり、一番下の立場は、理不尽だった。
 沙羅は、手を打ち鳴らし。

「はい、みんな、立て。とりあえず移動だ」

 沙羅は、何事もなかったかのように、先導を始める。
 ズボンが引かれ、顔を向ければ、スレイが涙目で訴えた。

「おなかへった…」
 生まれてそうそう、ひもじい思いをする少女。

「……」
 沙羅は、何も言えず。
 他の四人にはない、子供ならではの、立ちふるまいが。
 沙羅の良心に、ナイフを突き立てる。

「もう少し、我慢してくれないか?」
 沙羅は、自分でも驚くほど、優しい声が喉から出たことに、驚き。

「…うん。わかった」
 だだもこねず、涙を拭う、スレイはカワイかった。

「よし、ジュライ子、ブルースカイ、早く行くぞ」

「まだ、岩沢ちゃんも、ダメ子姉さんも、起きてないよ!?」

「じゃあ、岩沢、起こしといてくれ。
 おれは、ダメ子に、一発くれてくる」

「なにする気です?」

「踏みつけてくる」

「ブルースカイちゃん、ダメ子姉さんを起こして! 今スグに!」

「え! え?」

「ほっといたら、ホントにやるから!
 沙羅先生、ダメ子姉さんには、容赦ないから!」

「なんだよ。ダメ子を踏みつけるのが、そんなに、イケないのか?」

「イケないよね?
 誰に聞いても、良いって言わないよね?」

「俺の腹の虫は、どうやって、収めれば良いんだ?」

「なんで、そんなに、怒ってるの!?」

「スレイに、寒い思いを、させたアイツが憎い」
「ちょっとまって!
 その愛情を、少しでも、私達に分けても、イイと思うよ!?」 

「お前らは、大きいだろうが」

「えっと…。体のサイズで、沙羅先生の愛情度合いが、変わるの?」

「倫理的に、こんな小さい子に、ふびんな思い、させられないだろうが?」

「……。年齢的には、みんな、変わりませんよ?」

「中身が幼いだろ?」

「岩沢ちゃんも、同じだと思いますよ?」

「……。よし分かった。
 まずは、スレイに、メシ食わせてから考える」

「小さい子に、パパって言われるだけで。
 ここまで親バカに、なるんだね…」

「お前、バカにしてんのか?」
 気づけば。
 沙羅の顔の上に。
 スレイの顔が、乗っていた。

「……」

 スレイが、沙羅の頭の上から、ご飯を催促するのを。
 優しく応対している、沙羅の姿に。


 ジュライ子は、何も言えなくなる。


 岩沢の肩を揺すり。
 目を開いた、岩沢に。

「岩沢ちゃん、起きて。
 早くしないと、私達の立場が、危ういよ」

 岩沢は、寝ぼけ眼を、こするだけだった。
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