終戦 雨と尊厳 3

文字数 6,019文字


 だが、ココまできたら、後、もう少しだ。

 そう、心では、そう思っていても、体は思ったように動かない。

 一度、完成だと思ってしまったのが、大きいだろう。

 緊張の糸が切れ。

 長時間、動き回っていた毒が、ゆっくりと体を蝕み始める。

 重く、冷え切った体が、もう限界だと、頭痛で訴え。

 意識を、曖昧なものにしていく。

 風邪と同じように。

 一度、自覚してしまえば、抜け出せなくなるのだ。

 体は、素直に反応を返す。

 精神が、肉体凌駕する。

 こんなことは、雲の上のことではない。

 段々と、キツくなる分には耐えられ。
 実際には、不健康でも、慣れてしまえば、動けてしまうトリックだ。

 少し気を抜いて、自覚できてしまったものに、あらがう術は。
 自分で見つけるしかない。

 雨が、いまだに降り続く、この大地。

 雨が降り始めたとき。

 少しでも、こんなことになると、思っただろうか。

 雨というものを、甘く見すぎていた沙羅は。
 もうすぐ、光がなくなる空を見上げ。

「早く、やんでくれよ…」

 もう、労働力として、まともに機能しているのは、岩沢だけだ。

 沙羅は、スレイを筆頭に。
 丸太をスライスして、材料を作っていたブルースカイを。
 作業していた、ジュライ子、ダメ子を。
 もう、無理をさせられないと、仮設小屋の中に入れていく。

 中で、焚き木をさせ。
 鎮火しないのを見届ければ、壁の打ち付けを、外から岩沢と進めていく。

「いや、でも、ウチ」
 だとか。

「沙羅先生、私まだ」
 だとか。

「……」
 フラフラになっても、まだ動こうとする、モノを室内に入れ。

 やっと開放されたと、無言で囲いの中に入っていく、ダメ子の姿に。

 沙羅は、少しイラだったが、頭を殴るのだけは、勘弁した。

 そんな気力などないのだから。

 空元気でも、かまわない。

 口を出して、人を動かす人物が倒れては、全てが、瓦解する。

 壁に板を貼り付ける作業が、ほとんど終了する頃には。

 沙羅自身も限界を感じ。

 疲れているブルースカイに、余分なところを切り落とさせると、作業が完了した。

「おつかれさん…」

 沙羅は労おうと、ブルースカイの肩を、叩こうと手を伸ばすが。

 足から力が抜け。

 逆に、ブルースカイに抱きしめられる。

「沙羅、頑張りすぎ」

「体に力が入らねぇ…」
 ブルースカイは、沙羅の足に手を回し。

「ブルースカイ、ソレは、ダメだ」

「沙羅は、もう限界だよ? ウチが運んであげるよ」

「オマエだって、ツラいだろうが?」

「大丈夫だよ、今の沙羅ほど疲れてない、そうやって無理してきたんでしょ? 今まで」

 人間をやめたハズなのに、人間規格を超えられないのは。

「ウチ、見ていられない」
 その後に続く言葉は、今、もっとも、聞きたくない言葉だ。

 スレイの一件は決着がついた。

 だが、ブルーの力を巡る話は、なにも決着がついていない。

「いらない」

「え?」

「オマエの力なんて、いらない」

「でも、そうしないと、いつまでも!」

「ああ、そうだな、だから…」


 沙羅は、自分が言おうとした言葉に、驚き、そして。

 ブルースカイの言葉に応えても、これから口にする、言葉通りにするとしても。

 全ては、自分自身のわがままだと、目を閉じた。

 全てに、最高の答えを示せないなら。

 妥協して、いつか、と言う。
 言い訳を思って、解決していくしかない。

 それが、いつになるかなんて、分かりはしない。

 意識してしまえば、これほど、口にしづらい言葉も、ないだろう。

 相手が、なんて答えるかすら、想像がついてしまうのだから。


 だが、聞きたくない言葉を聞くよりかは、何倍もマシだった。

「ウチ、かえす__」
「__だから!」

 かぶせた言葉は、ドコまでも強く。

 まだ、こんなに大きな声が出せることに、沙羅は、感謝した。


 解決はしないが、決着はつけるべきだ。

 どこまでも、自分の言葉で。

 決着は、ブルースカイの思いや、言葉で、つけてはならない。

 コレは、けじめだ。

 流され続け。

 どうしようもなかった。

 思った通りにならなかった。


 そんなモノに、ではなく。

 全力でつかみ取った、今が、どんなに納得がいかなくても。

 ダメ子に、逃げていると言わせないためにも。

 手に入れた今を、大切にデキないヤツが。

 その先にある解決、なんて、デキるハズがないのだから。

 もう、後ろに下がっては、ならないのだ。

 竜騎士スレイを、忘れないのなら。

 もう、記憶にしかない彼女を、救おうとするなら。

「お前らが、俺を助けてくれるんだろ?」

 ブルースカイは、ナニも答えず。


 よく分からないモノを見るような顔を、見せる。

「オレに、楽をさせてくれ」

「うん…。うん、分かった」

 ブルースカイも、不安だったのだろう。

 断言しないのは、迷いを生むのだろう。

 こうして、疲れ果てれば、ひょっこりと顔を出すのだ。

 いつか、沙羅に力を返して消えるのだと。

 ソレが自然で、みんなのためになるのは、間違いない。

 迷いは、迷いのまま、毒のように広がる。

 毒は。

「いらない。オマエに渡した全部が、いらない」

「…ありがと」 


 もう、広がることはないだろう。

「じゃあ、この水筒に水を、汲んできてくれ」
「……え?」


 沙羅は、膝に手をつき、立ち上がってブルースカイを見下ろす。

 皆の水筒を、ブルースカイに押しつけ。

「後は、たのんだぞ~」

 左右に体が揺れるが、そのまま仮設小屋に消えていく、沙羅の背中を見送り。

 両手に転がる水筒を見て、ブルースカイは、首をかしげる。


 チラリと、後ろを見た沙羅は、ブルースカイの姿を見て、中に消え。


 ブルースカイは、タライに溜まった水を汲み。

 一つ一つ、満水になっていく水筒を見て。

「なんでだろう? …なんか、ウチ、納得いかない」




 仮設小屋の、ぽっかり空いた出入り口。

 ブルースカイが中に入ってきたタイミングで、切り落とした木の板をつなぎ合わせ。

 ジュライ子の葉と、ツルで隙間を埋めた、いびつな壁を押し当て、塞ぐ。

 重り代わりに、岩沢産の石で固定して室内を見渡せば。

 中央で火が燃える、暖かい空間が広がる。


 これぞ、人が住む屋内である。

 乾いた枝葉は、ジュライ子が、必死に用意し。

 隙間風が吹き込む穴に、ダラダラとツタや葉で埋める面々。

 おかげで、雨風が、ほとんど入ってこない室内が、完成していく。

 濡れ、湿気った室内。


 皆で囲めるほど大きな薪が、そのうち乾かすのだろう。

 ザーザーと、打ち付ける雨の音だけが、聞こえ。

 この空間が、天国のようにさえ見える。

 腰高のほどの火元から伝わる熱は、室内を温め。

 脳がしびれるほど、心地よい室内の完成を見届けた沙羅は、膝をついた。


 もう、倒れても最悪は訪れない。


 無事に、明日を迎えることがデキるだろう。

 一応の食糧も、水も確保したのだ。

「沙羅様!」
「大丈夫だ…」
 緊張の糸が、あっけなくキレた。

 温かい室内を作り上げた達成感が、沙羅の意識を遠くしていく。

 世界が回るほど、強い疲労感を感じ。

 強い眠気で意識を持って行かれそうな、頭を、左右に振り、ゆっくりと立ち上がる。

 そう。

 まだ、やることは終わっていない。

 沙羅は、火の近くに腰を下ろし。

 芋を焼いている皆に、水筒を渡し、見渡した。

「よし、お前ら!」

 注目が一点に集まり、沙羅は、ハッキリと言い放つ。

「早く、服を脱げ!」


「「「はぁ? 」」」


「早く、乾かせって言ってんだ」

「沙羅様、雨に打たれて、脳みそに、ウジ湧きましたか?」

「唇、真っ青にしてるヤツの言葉じゃ、ねぇなぁ?」

「大体、そんなこと、デキるわけないでしょ!」

「なんでだよ?」

「なんでって。恥ずかしいじゃ、ないですか…」

「裸になれって、言ってないじゃん。
 下着ぐらいは、乾くだろうから、服を乾かせって言ってんだ。ジュライ子、物干し竿~」

「勝手に、話を進めないで下さい! 同じですよ!」

「岩沢とジュライ子は、もう、そう、してんじゃねぇか」


 ダメ子とブルースカイの目線は、裸族二人を見て、全てを悟った。

 ジュライ子は、黙って下を向いているのは、視線が痛々しかったからなのか。

 こうなることが、分かっていたからなのか。

 おそらく後者だろう。

 ダメ子は、水がしたたる服を見て。

 疲れすぎておかしくなった、何の疑問も持っていない沙羅を見て。

 疲れているわけじゃなく、本気でそう思っているのが、分かり。

 沙羅にとって、着衣組も、岩沢・ジュライ子と同並列の存在だと自覚した。

 どうやら、裸族と一緒にされたダメ子、ブルースカイも。


 服を脱ぐことに、何のためらいもないと思っている顔だ。

 このまま口を滑らせれば。

 タダでさえ、疲れているのに、もっと面倒くさいことになるだろう。

 そもそも、ジュライ子・岩沢の恥じらいは、ドコに行ったのか。

 ダメ子が、再度、チラリとみたジュライ子は、申し訳なさそうにしていた。


 ここで、ジュライ子に話が飛び火して、地雷を踏み。

 無事でいられるのは、沙羅とスレイだけである。

 裸族二人を悪く言わず。

 この場を切り抜けるため、ダメ子は、ブルースカイの助けを求めた。

 ブルースカイは、ダメ子の視線を一身に受け、頭を巡らせる。

「沙羅様も、一緒じゃないですか。脱いで、一緒に乾かしましょ」


 そうか、その手があったか、と。
 ダメ子の笑顔を見届け、再度、沙羅に視線を戻す。

 本人に恥ずかしいと気づかせれば、コッチのモノだ。

 あとは、話し合えば理解を得られるだろう。

 ブルースカイは、末っ子スキルを最大限使い、物事を丸く収めに行くが。


 沙羅は、ブルースカイの言葉に、なんの躊躇もなく即答した。


「ああ、ソレも、そうだな」



 ダメ子は、ブルースカイの横で言葉を失い。

「え? あれ? え?」


 ブルースカイは、事態が飲み込めない。

 ブルースカイの放った、妙案は、目の前で無残に崩れ去る。

 意図も、思いも、一つ伝わらないまま、ガラガラと。

 沙羅は、シャツとGパンを脱ぎ捨て。

 ボクサーパンツ一枚の姿を、恥ずかしげもなく皆に見せつけ。

 ジュライ子から、物干し竿を受け取り。

 出入り口で、衣服をしぼったと思えば、竿に服を並べ始める。

 目を白黒させている、良識あるメンバーは。

 沙羅の裸体と奇行に、口が開いたまま塞がらない。

「スレイ、脱がすぞ」
「はぁい」


 止めないと、いつまでも進むようだった。

 沙羅は、スレイの服に手をかけ。

 ワンピースを脱がせようとするのを、止めたのはジュライ子だった。

「沙羅先生! ちょっと!」
「なんだよ?」

「恥ずかしくないんですか!?」

「恥ずかしい? なんで?」

「なんでって…」

「沙羅様、女の子の前で裸になってること、分かってます!?」
 沙羅は、皆の顔を見渡し、首を傾げた。

「女の子? スレイか?」

「私達ですよ!?」

「俺が、なんでオマエらに、恥じらいを感じなきゃ、いけないんだ?」


「「え?」」



 開いた口から言葉が出てこない。
 ナニも答えないなら、もう良いな、と。

「スレイ、バンザ~イ」

 沙羅は、するりとスレイのワンピースを脱がせ。

 出切り口で、ワンピースを絞る姿を見ては、良識ある三人は、首を捻る。

「ほら、スレイ火の前で温まるぞ~。ココ座りな」


 いったい、ナニが起きているのか、何一つ理解できないまま。

 沙羅は、あぐらをかいた膝の上にスレイを乗せ、後ろから抱きしめる。

「パパ~。あったか~い」

「おう、あとは、芋焼けるの待とうなぁ~」

「沙羅様?」

「何だよ? 早く脱いで乾かせって、言ってんだろうが? 聞き分けのないヤツだなぁ~」

 やるしかないのかと、ダメ子が視線を向けた場所に、ブルースカイは、おらず。

 サラシとフンドシになった、ブルースカイは、出入り口で、衣服を絞っていた。

「しゅ、シュ~ル」

 お尻丸出しで、着物を黙って絞る、水色の髪の持ち主の姿に。

 色気も、何も、あったものではない。

「早く、お前も、やってコイよ、ダメ子」

「裸を見せるとか!」

「お前の裸を見て、誰が得するんだ?」

「……」

 ダメ子も、ブルースカイに習い、出入り口で衣服を脱ぎ、下着の白い着物姿になるが。

 貼りつきている服に、思った以上の恥ずかしさを感じ。

 後ろを振り向き、沙羅を見れば。

 スレイを抱きしめたまま、火を眺めている沙羅の様子に、ダメ子は悟った。

 横で、衣服を絞り終えた、ブルースカイの顔は暗い。

「ウチ、納得できない理由が分かった。女として見られてない…」

「下着姿でも、何一つ、興味を示してもらえないって…
 こんなにも、ダメージ大きいものなのね、初めて知ったわ」

「…よかったね。貴重な体験ができて」

「嬉しくないわよ。ヤバさ、すら感じるわ」

 服を絞り、物干し竿に服を並べ。

 抗議の意味も込めて、沙羅の近くに、黙って二人で座ってみるが。

「デキるなら、最初からやれよな」

「「……」」

 いつものセリフで、ディスられているほうが、よっぽどマシだと思い。

 私達は、何なのだろうと、考えている間に、芋が焼け。 

 やっとありついた食事に、みんなの表情が緩んでいき。

 あくびをし始めたスレイを見て、抱きしめたまま、寝に入る沙羅。

 気に食わないダメ子は、沙羅に抱きついてみようと試みるが。

 スグに、寝息を立てる二人に気が引けた。

 この室内の女子成分は、ものすごく高いだろう。

 状況が、状況なら。

 男はオオカミなのよ~、と、言ってる間に、カタがつくだろう。

 だが。

 沙羅の顔の前で仁王立ちする二人は。

 スゥスゥと、気持ちよさそうに寝ている姿に。


 膝をついた。

「なんて、ことなの…」

 急遽つくった小屋の室内で。

 彼女たちの、女性としてのプライドと、自尊心は崩れ去り、風に吹き消えていく。

「…ウチ。なんか、もう、どうでも良くなってきた」

 体育座りで、落ち込んでいるブルースカイの姿は、暗い。

 自分たちの、女としての尊厳を回復する方法を、必死に探すダメ子が。
 完全に諦めようとした、そのとき、表情が緩む。

「ブルースカイちゃん、ジュライ子ちゃん。ちょっと、コッチまで来なさい」

 寝ている沙羅の近くに、みんなを手繰り寄せ、一箇所を指差す。

「私達、まだ負けてないみたいよ」

 ボクサーパンツ一枚で寝ている、沙羅の下腹部を指す。

 ダメ子の勝ち誇った顔を、二人は覗き込み。

「ねぇさん…。ウチら、コレで、勝ちって、ことにして良いの?」

 ジュライ子は、顔をそむけ、定位置に戻っていく。

「少なからず、反応させてやったわ、ハハハ!」

 ブルースカイは、いそいそと定位置に戻り、体を横たえる。

「くだらないよぉ…。むなしぃよぉ…」

 女の尊厳は、守られたのか。

 それとも、よりいっそう、傷を負ったのか。


 男は、疲れ切ると、体の反応して、そうなることがる。

 この事実を、ダメ子も知らないわけでは、ないのに。

 疲れていて、すぐに寝れると思っていた、彼女たちの目は、冴えわたり。

 火の番を決めるのが、だいぶ後になり。

 あとは、彼女たちの考え方、次第、なのだろう。 
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