異世界 完全遭難 2

文字数 4,201文字

 社会に出れば、何かが変わるのか。

 それは全く違う。
 子供ではないと、突きつけられ。
 甘えを、とことん許されなくなるだけだ。

 しかるべくして、そうなるべきだと言わんばかりに。

 それらを遂行しなければならないし。
 できないは、ありえないのだから、やらなければならない毎日。

 働いて、食べて、ゲームして寝る。
 女っ気も、全くなく。
 男連中の中に立てば、沙羅が女ではないのかと、見間違うほど、色恋などありえない。

 当たり前だ。

 うるさい声から逃げるように、一人暮らしを始め。
 一人のシャングリラを、謳歌しているのだから。

 何もせず、引きこもっていないだけ、マシとは言え。
 灰色の毎日に。
 不平不満を、自室で吐き散らすのが良い理由にも、ならないだろう。

 とはいえ、画面上の数字が、夏のラスト10カウントを刻み。
 沙羅は、嫌気が差し、手のひらが、こめかみに向かうのは、仕方ないことだ。

 本日、何度目になるか、分からないため息を吐き出し、画面を、のぞき込めば。
 ディスプレイは、真っ黒に染まっていた。
 落ちていく気分に、追い討ちをかける現象に、舌打ちすら出てくる。

「なんで、このタイミングで、電源おちるかなぁ」
よく分からないメールを、開いたからである。

 沙羅は、いそいそと、パソコンを調べ始め。
 コンセントを確かめても、異常が見当たらず、最悪が、おきてしまったと、頭を、かきむしった。

「マジか。クラッシュかよ」
マジである。

 よくわからないメールを開いている時点で、この可能性を考えなかった、沙羅は。
 自分のバカさ加減に、うんざりして、視線を狭い室内を、一周させる。

 電気すらついていない、暗い、いつもの狭い部屋が、見えるだけだ。

 ベット、押し入れ、フローリング。
 必要最低限だとか、ミニマリストとか言えば、聞こえは良いが。

 残った、空きスペースのほとんどを専有する、学生時代から使い込んできた勉強机。
 その、ほとんどを、パソコンと音楽用コンポ、スピーカーが、独占している有様を見れば。
 良く言うのは、難しい。

 洋式なのか、和式なのか。
 よくわからない部屋が、日本人としての、味なのだとでも、言っておこう。

 もう、見慣れすぎた部屋は、いつもどおり、なのだが。
 だが、あからさまな、異常が一つ、視界の端で強く主張していた。

 部屋の壁を大きく切り抜いた、引き窓。

 黒い、射光カーテンのフチから、真夜中だというのに、強い光が室内に差し込み。
 光量が、相当強いのか、光は、まっすぐ壁を照らす。
 沙羅の自宅、ワンルームマンションと言えば、聞こえは良いが。
 少し、キレイなアパートのようなものだ。

 周りは、2階建て以上の一軒家に囲まれ。
 目の前に普通自動車が、なんとか二台並べるほどの、狭い生活道路しかない。
 深夜に、これほどの光源をもつ物が、生活道路に存在するか、どうか。

「……。絶対開けたくねぇ」
ようやく、まともな判断が、できたようである。
 外から、誰かが、懐中電灯で照らしている程度の光量ではない。
 射光カーテンのフチ、全てが白く染まるほどの光。
 窓の外に太陽でも用意しなければ、こうならないだろう。

「俺は、なんのフラグを回収したんだ?」
 きっと、ソレは、これからである。

 作為的なまでに、今すぐあけろと、催促している光。

 だが、沙羅は、どうやら沙羅だった。

 どうしても、この催促されている状況に、歯向かいたい。
 なぜ、素直に流れに乗れないのか、疑問なのだが。

 沙羅は、何と戦っているか分からないが、抵抗を始めた。
 無駄な行動の結果、分かったことは、三つである。

 一、部屋のドアが鉄のように、ビクともせず、外に出られない。
 二、電気そのものが、自室に流れていない。
 三、カーテンを開かないと、なにも好転しない
 と、言うことだ。

カーテンを引かないと、何も始まらないのだから。
さっさと、カーテンを、ひいてしまえば良いというのに。

 沙羅は、この状況に納得できず、革新的な決断を下した。

「よし、寝よう!」
 それは、やっちゃダメなヤツである。

 社会人に、こういった無駄な労力を割くような、気力はない。
 なんていう、言葉を掲げて、布団に入る彼は、もはや猛者である。

 めんどくさいことを、やらずにすむなら。
 いくらでも、目をつぶって、やりすごそう根性、丸出しである。

 現在、時刻は、深夜0時。
 寝ると言う、ある意味、間違っていない選択肢に反抗するように。
 さし込む光は、より強くなる、のだが。

 沙羅は、気にせず、ベットにもぐりこみ、眠気をかみしめた。

 疲れているというのに。
 何もなかった、遅すぎる盆休みの最後ぐらいは、と、座り込んだ机。


 盆休み、連休だというのに、疲れているのは。
 仕事ではなく、徹夜でゲームを、していたから、なのだが。

 ネットゲームすら、やる気力と体力がないことに、ため息を吐き出し続けていたところに、この事件だ。
 布団に入れば、眠りは、すぐに訪れ。

 そのまま、深い夢に落ちるかに思われた。

 だが、沙羅の意識は、覚醒に向かっていく。
 これぞ完全なるフラグ回避と、息巻いていたが、そうは問屋が許さない。

 意識が、遠のいていくのを感じた次の瞬間。
 下腹部が強く訴える生理現象に、両目は開かれた。


「やばい、トイレに行きたい」
 天罰である。

 寝ぼけ眼のまま、扉に向かうが。
 扉を開ける、一連の動作は。
 ピクリとも動かない扉に否定され、体ごと扉に激突する。

 寝る前に確認した通り、玄関はもちろん、扉という扉が、開かないと確認したと言うのに。

 トイレにだって、扉は付いているのだ。
 常時、閉まっているのだから、開くわけがない。

 最後の手段、三点ユニットバスの安っぽい扉でさえ、鉛のように、動かない。

 全てを忘れ、油断しきっていた体に。
 全部、行く先のない、返ってきた力が、沙羅の体に芯に、響く痛みを返し、眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 躊躇なく、鉄に体ごと、ぶつけたのだ。
 痛くて地面にうずくまり転がる。
 馬鹿な社会人が、ソコにできあがった。

「いってぇ!」
 自業自得である。

 忘れていた窓の光は、カーテンを燃やす勢いで、強く照らし続けていた。
 さすが、と、いうべきなのだろう。

 射光カーテンの名前は、ダテではない。
 沙羅の意思とは無関係に、生地は、全力で光を拒み続けていた。

「こ、これ以上は」
 下腹部の、主に膀胱から、あふれ出る熱い衝動をこらえ。

 ついに沙羅の中の天秤は、ようやく傾いた。

 もはや、光うんぬんよりも、白い聖域へ向かうことが、最優先事である。

 二十歳を過ぎて、だ。
 お漏らしををした、あげく。
 その始末を、バスタオルを犠牲にして行い。
 自室を自分の匂いで、猫のようにマーキングしてしまう前に。
 なんとか、しなければならない、と。
 
 もはや、一刻の猶予も許さない、生理現象を解決すべく。
 沙羅は、カーテンと、窓を、一気に開け放った。

 やっと開かれた窓から差し込こんだ光は、一つの光の玉になり。
 沙羅の肩を抜け、暗い室内を漂い。
 パソコンのディスプレイに衝突して消えていくのを、沙羅は、横目でチラリと見たが。


  今、そんなことに構っている余裕は、沙羅にはないのだ。

 そんなことは、どうでも良い。
 ほんとうに、それどころではない。
 はやく、やるべきコトを、なさなければならない。

 二回から庭へ飛び降りる覚悟で、のぞき込んだ窓から見えた風景。

 窓枠にかけた足は、室内に戻る。
 
 民家もなければ、黒と白の生活道路もなく。

 目に飛び込んできたのは、黒の要素が、何一つない。

 どこまでも突き抜ける青と、真下に広がる、白のコントラストだった。

 飛行機の窓際の座席で。
 真下を、のぞき込めば、見えるだろうソレ。

 窓ガラスなどないのだから。
 全身に、冷たく吹き抜ける風を、一身にあびて。
 目に、直接、飛び込んでくる、圧倒的な現実感。

「なに、これぇ~?」
 誰もが夢見た、空である。

 地面は、はるか真下。
 雲の切れ間から見える、大地の外郭が、捉えきれないほど遠く。
 吹き抜ける風は、やはり、どこまでも冷たい。

 周りを見渡せば。
 自分の部屋だけが、くりぬかれ、空に浮いているようだった。

 もはや、浮いているという表現すら、間違っているだろう。

 空、高くに。
 沙羅の部屋だけが、存在していると言った方が正しい。

 切り抜かれた、部屋の断面が黒いのは。
 きっと、なにかのファンタジーである。

 なるほど、だから、出入りができないのか!
 と、納得している場合ではない。

 扉が開かないなら、壁をつたい、1階に行こうとしていたプランは、頓挫したのだから。

「このあと、どうなるか。想像したくねぇ…」
 沙羅の手は、思わず額に手がのびる、が。

 想像しなくても、これから味わうのである。

 眼下に広がる大地の形が、世界地図で見たものとは、全く違うのだから。

 コレが、どういうことか、想像なんてする必要も、ないだろう。
 本当に、想像する必要がない。

 沙羅は、ただ、トイレに行きたいだけなのだから。
 もう、こうなれば。
 最高の開放感を得るために。

 間違いなく、何かが表示されているだろう、パソコンのディスプレイに向かうしかない。


 だが、流れを無視し。
 説明を求めず。


 全てを頭から否定した人物に、優しくしてくれるほど、世の中は甘くはない。

 期待を込めてディスプレイを、のぞき込んでも。
 「いってらっしゃい」と、だけ表示されているだけだ。

「あ? 寝ずに出勤しろってか? その前に、トイレに行かせろよ、マジで!」 
 もう遅い。

 「いってらっしゃい」の真下に、見たくもない単語が並び。

 意味深な、カウントを刻み続けている。
 落下まで、あと5分31秒、と。

「その二分をよこせ! その扉を開けろ!」
 世の中は、甘くないのである。

 トイレの扉を指差して叫んでも、なんの変化もなく。

 数字が、どんどん、ゼロへ向かっていくだけだ。
 ここまで、分かりやすい展開は、ほかにないだろう。

 むしろ、最初から、分かりやすい展開しかないのだが。

「落下って…。俺、コンビニ、行ったままのカッコウなんだけど…。 
 まさか、このまま、落とされるなんてこと、ないよね?」

 あるよ。

 ディスプレイの向こう側で、「ざまぁ」と、楽しんでいるであろう、誰かは。

 ひらがな三文字で、沙羅に静かに訴えた。
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