第七話 腹減った1

文字数 3,319文字


 思いとは、裏腹に。
 そう文面で見る場面は、恐らく、よろしくない場面だろう。

 考えて分かっていても、感情が許さない。
 けど、現実は、こう、なるんだぞ。
 と、言う場面で、よく使われる。

 実際、裏腹なのは、人間が持つ感情に対する、その他のモノだろう。

 麻薬のように、強く誤魔化さなければ、飢餓感を覚え。
 欲しいと、どこまでも、求めてしまうモノ。
 そう。

「マジで、腹減った」

 空腹感である。

 川の字になりました、のくだりで、一日を終わらせれば良いモノを。
 キレイな一日の終わりより、空腹が、天に拳を突き上げ、勝利を宣言していた。

「私だって、ぺこぺこです」
 スヤスヤと眠る岩沢を、一切無視して、起き上がる二人は。
 ダメ子の端末に映る時間を見て、寝られるわけがないと、思った。

 現在、夜十九時半。
 まだ、眠るには、早すぎる。

 ネットゲーマーの沙羅からしてみれば、仕事からか帰ってきて。
 少し仮眠してから、ゲームを始める時間が、あと二時間後に控えているのだ。

 そう簡単に、毎日のルーティーンが、変わるわけもない。
 体は、ドコまでも正直だった。

「死ぬつもりだったヤツの言葉とは、思えないわけ」

「その後、私が、どんなことを言っても、申し訳ないと思っているなら~、
 で、最強の命令言葉を並べるんですね?」

「今日で、スゴく、俺のことを理解してくれて、俺は、嬉しくてたまらない」

 だからと言って、薄明かりの中、軽口を叩きあえる二人も、相当なモノだ。

「ないですよ。食べ物なんて」

「現実って、なんで、厳しいんだろう?
 生物的に、それは、どうだと思う?」

「だから! 死んじゃう前に、なんとかしましょうよ!」

「どうやって?」

「もう、やめましょ…。その言葉。
 今日一日で、何回、言っているんですか?」

「どうやって?」

「その言葉、最強ですね!
 切羽詰まった、この状況で、コレ以上ないぐらい」

「腹が減ったんだよぉ~。俺はぁ~」

「じゃあ、岩沢ちゃんみたいに、食糧問題を解決する人、生み出せば良いんじゃないですか?」


 ココに来て、ダメ子から、ようやく堅実な意見が出たが。
 ソレは同時に、別の事実を、ダメ子が認めたことになる。

「自分には、なにもできないと、そういうことで良いんだね?」

「自分で、ダメ子と言ってる時点で、気づいてください」

「二重に自分を傷つけるの、やめたほうが良いよ?」

「誰のせいだと、思っているんですか!」

 何も入ってないお腹をさすり。
 沙羅は、横穴から見える近場の景色を、ボオッと見た。

 岩沢が、根本から木を倒した地面は、自重の重さで根を引きちぎり。
 折れたのか、抜けたのか、分からないありさまだ。

 このまま、つまらない景色を見て。
 空腹を我慢して寝て。
 翌日を迎えても、もっと酷い空腹感が、明日の朝には、待っている。

 夕飯を抜いて、疲れに任せ、ベットに寝転がり、翌日を迎えた経験があれば。
 翌日のヒドさを、想像できるだろう。

 自室で、どうにか、なっているだけなら。
 乾いた喉を潤し、出勤がてら、コンビニに、よれば良い。

 休日なら。
 どこかに食べに行くか、冷蔵庫を開ければ、食事ができる。

 いつでも食事ができるという、飽食社会というヤツを、悪く言うこともある。

 生活習慣レベルで、食べ物は、どこにでもある状況に、慣れてしまっているからこそ。
 なにも食べない、という選択を、平気で選ぶことができるのだと、沙羅は思い知る。

 ドコにでも、食べるモノはあり、24時間、選ぶことがデキる。
 かりに、飽食社会とやらが、崩壊したら。
 無自覚に、飢餓で苦しむ人が多く出るだろう。

 眠気と、空腹どちらが勝つか。
 比べてしまうことが、異常なのだ。

 どちらも、切り捨てては、ならないモノである。


 手が届くところに、食べ物がない日常など、想像すらできないことが。
 本来は、異常であると、認識さえできれば。

 かなりお腹が減っているが、今日という日は、もう寝るしかない。

 そう、考えてしまっていることに。

 マズは、ストップをかけるべきだろう。

 睡眠時間も、食事量も。
 この、助けも来ない、サバイバル生活において、絶対に切り捨てては、いけない。

 なにも食べずに、明日を迎えるということが。
 どれだけ怖いことか、意識的に、恐怖だと思い込むしかない。

 体感してからでは、取り返しがつかないのだから。

 弱っていくしかないのだから。

 水と同じで、飲むまで渇きが体を、むしばみ続け。
 単純な計算すら、できなくなり、しまいには動けなくなるのだ。

 ないから食べないのではなく、あるから食べない。

 残り少ないモノを、どうするかを考えるよりも。
 大量にあるものを、どうやって、さばくのかを、考えるほうが多い中。

 あると思っているモノが、全くない場合。
 食糧に限らず、人は混乱するのだろう。

 経験にないことなんて、いくらでも、ある。


 その中に、毎日の食べ物を、口にデキなくなる日が来る、なんて、含まれていないだろう。
 絶対に、そんなことには、ならないと、思ってしまっているからこそ。
 突然、なくなってしまえば、混乱するしかない。

 腹が減る。

 意識せず、満たされていた最低限が、満たされないだけで。
 漠然とした不安は、沙羅の背中に、もたれた。

 ダメ子と出会い。
 この世界での、一日を経験しても。
 まだ拭えない、希望のような思い。

 今いる、この場所が。
 日本にある、樹海のどこか、かもしれない、という可能性。

 実は大したことでは、ないと、思おうとしている心に。

 冗談などではなく。
 バラエティー番組のように、ドッキリの看板を持って、誰かが出てくるだろうと。
 思ってしまっている、無意識に。
 
 もう、そんなモノは、ありえないのだと、ささやいた。

 富士の樹海中のほうが、幾分マシに思え。

 見ないようにしていた空を、再度、見上げれば、もう、決定的だ。

 夜空に、月のようにぼんやりと、大きく浮かぶ星の真後ろに、もう一つ、小さな月見え。

 暗がりだからこそ、よく見える星空は。
 ゲームの、にわか知識を総動員しても、星座を見つけることが、デキない。

 まだ、夏の空のハズだ。
 ベガとアルタイル、天の川、北極星が、ドコにもない。

 見間違えだと、思い込もうとするのも。
 もう、限界が、あるのだろう。

 ダメ子・岩沢が、いるところまでなら、いくらでも、言い訳はできる。

 沙羅に、こんな力が、ある事も、まだ、大丈夫だ。

 ここが「地球」ではない、理由には、ならないのだから。

 横穴が、「地球」のどこかにあるいう、かすかな、希望のようなモノは。

 空に浮かぶ、キレイな星々が、優しく否定した。

 ココが、沙羅の知っている世界で、あるハズがない。

 顔すら浮かばない誰かに、助けてもらえるという思いは、すべて、捨てるきだ。

 最低限の食料を確保するには。
 目の前の樹海、深くに、足を踏み入れるしか、ないだろう。


 だが、何も分からず、森へ入るリスクは、想像を絶する。

 「何も分からない」が、沙羅の足を、心をすくませた。

 世界有数の水源を、数多く持つ日本の森。

 自然は、そこに住む。
 虫・動物に、毒で相手を殺すという生物が少ない、と、言う環境を作り出した。

 毒があっても、食べなければ、ほとんど問題がなく。
 蜂でさえも、スズメバチのような特例でもなければ、刺される危険性は、かなり低い。

 アオダイショウや、スズメバチなどの毒を有する、日本のメジャーな危険生物。
 数種類を知ってさえいれば、ある程度の安全は、保たれる。


 コレが、どれだけ、恵まれていることか。


 一撃で、アフリカゾウを殺す虫など、いないことが。

 水源が多く、キレイであれば、捕食する生物も多く。
 目の前を、通り過ぎる機会も増える。

 だから、日本に住む自然の生き物は、外来種に比べれば、基本的には、温厚なのだろう。

 彼らも、弱肉強食の中、生きていたいだけなのだから。
 必要以上のリスクは、侵さない。

 そうも言って、いられなくなれば。

 捕食する力あるもの、攻撃性が高いものが、生き残ったに、すぎない。

 自然と言われる、サイクルで生きるのであれば、弱者救済などなく。

 何もできなければ、力尽きるだけだ。
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