ココにいる皆が、 2

文字数 4,465文字


「……」
 手を伸ばせば。
 1・2歩で届いてしまう所に。
 スレイの望みを叶える道具が、落ちているというのに。

 なんで。
 ブルースカイと、一緒になって、なんで。

 なぜ、地面に、寝転がっているのだろう。

 泣いているのだろう。

「刀は、ソコにある。
 拾い上げた、お前が。
 ココで死んでいたら、お前の言葉は、本当なんだよ!

 ブルースカイが無事で。
 オレに、泣きついてきたら、お前の言っていることは。

 言葉のまま、なんだよ!

 なんで、なんでなんだ!?

 なんで、お前は、誰かを、巻き込もうとするんだよ!?」

 ハッと、切り替わるスレイの顔は。
 考えも、つかなかったと、沙羅に言った。

 だが、そんなわけがないのだ。

 沙羅が見た、夢は。
 そんなに、甘いモノじゃない。

 気づかないことを、許してくれるような。
 許容してくれる世界などでは、なかった。

 知らないことを。
 しかたないと、頷いていくれる、優しい現実などドコにもない。

 彼女は、人だったのだ。

 どんな力を持っていようと。
 心は、いつまでも人だったのだ。

 気づかないから、という、分かりやすい理由の代名詞が。

 自分の言葉と。
 行動の矛盾の隙間を、うまく塗り固めただけだ。

 竜騎士は、化け物だ。

 出会った人の心を、いつまでも救えない。

 希望を、あたえない。


 人の目に。
 圧倒的な希望と、力を見せつけ。

 最後には。
 何もデキなかった無念を、刻みつける、化け物だ。

 だから、人の心を持つ化け物は、望むのだ。

 無い物ねだりを、したくてたまらない。

 それは、誰もが望む、永遠なのだから。

「お前、本当は、生きていたいんだろ?」

「なにを__」

「悲劇のヒロインである自分を。
 誰かに救ってほしくて、たまらないんだろ?」

「私は、死にたい」

「死にたい、死にたいって、じゃあよぉ!
 なんで、死にたいんだよ!」

「もう疲れた…」


 彼女の全ては。
 全ては、ココに帰結するのだろう。

「人を殺して、人を救うのも…。
 愛した人が、死んでいくのを見るのも…。
 私は、永遠の命なんて、欲しくなかった…」


 淡い願い、だったかもしれない。

 そうできれば、幸せと。
 考えたかもしれない。

 馬小屋で、自分より早く死んでしまう馬を、見ていたかもしれない。

 だが、彼女の出した答えが、正しいかどうか。

 彼女のしてきたこと全てが、悪いのかどうか。

 そんなモノでは、彼女を救えない。

 スレイの願いだけは。
 今も昔も、変わらず。

 何を見ても、動かないのだから。

 それを、ハッキリと口にしてやれる、人がいれば。
 そうじゃないと、言える人がいたから。
 彼女は。


 どうしようもなく、なって。
 しまったのだろう。

 彼女は、竜騎士なのだから。

「じゃあ、なんで、お前は!
 ブルースカイに。
 こんなことをする前に!
 白竜に、そう、言わなかったんだ?!」

「言えるわけが…」

「白龍に言うのと。
 お前の言う、無駄な命を殺すことと、どっちがマシなんだよ!」

「白龍様に…」

「言えねぇってか!
 本当に、馬鹿じゃないのか!
 お前の言ってることは、もう!
 支離滅裂な事に、そろそろ、気づいたらどうなんだよ!?」

「私は…。私、は」


 スレイの目から涙が、こぼれ。
 服を濡らし、地面をぬらす。

 彼女が抱えた、激情は。

 彼女が、ため込んだ理不尽は。

 スレイが、飲み込んだ全てが。

「良いから言ってみろよ! なんでも聞いてやるよ!」
 沙羅の激情によって、ひきづり出される。

「私は、竜騎士なんかに、なりたくなかった!
 あの人と、一緒に生きて、死にたかった!」

 ソレが叶わないから、竜騎士なのか。

 ソレが叶わないから。

 叶わないと、見せつけられて、しまったから。

「叶わないから、人殺しまでして!
 お前の大事な人と、同じような人を、出したくないってか?!」

「そうだ! 白竜様に、そう__」


 答えを求める人に。
 わかりやすい答えを、投げれば。


 それは、世界の理になるのだろう。

「なんで、白竜なんかに、頼っちまったんだ?
 お前のデキる範囲で、お前が、デキることをしていれば、
 こんなことには、ならなかっただろうが!

 こんなに、お前が。
 こじらせる事は、なかっただろうが…」

「……」


 しばらくの沈黙があった。


 だが、沙羅とスレイは、目線を、そらすことはない。

 もう、全てのまやかしが。
 通用しないのだと。

 誰もが。
 納得する理由など、必要ない。

 人と人で、上下など、あり得ないと。

 二人は、目だけで会話するだけの時間が流れ。
 沙羅は、スレイに言葉を投げる。

「お前の名前は、なんていうんだ?」

「スレイだ。ただの、スレイ」

「スレイ。お前は、大切な人を失ったせいで思っちまった、思い一つ、守れてない」


 沙羅の脳裏に、フラッシュバックする。
 スレイの人生を振り払い。

 彼女を救うためだけに。

 沙羅は、この役を、降りない覚悟を決めた。

 自分が生み出してしまった命に対する、責任と。
 割り切ったモノと、同じように。

 だから、沙羅は。

 ドコまでも、偉そうな自分に、ツバを吐いて。

 ドコまでも、やりきるのだ。

 この責任は、自分が負えば、後は、全て丸く収まると。

 誰でもない、自分自身に、虚勢をはって。

「そんなことはない! 私は、命を救ったハズだ!」

「そんなこと、どうでも、イイんだよ! 
 お前は、お前自身の願いを。
 悲劇のヒロインだから、しょうがないと言って、
 都合よく、ねじ曲げたから、このザマ、なんだろうが!」

「捻じ曲げてなど、いない」

「一番、最初から、ネジ曲がってるだろうが!」
 スレイの口から次いで出る言葉を、沙羅は、目で殺した。


 まるで。
 ダメ子や岩沢、ジュライ子を、叱りつけるときのように。

 なんで、こんなに単純な間違いを、しているのか。

 理解できない子供に、言いつけるように。

「白竜に、大切な人を救ってくれって。
 生き返らせてくれって。
 なんで、願わなかったんだよ!」

「……」

「白龍は、願いを叶えるんだよな?
 なら、大切な人を生き返らせてくれって、願えば良いんだよな?!

 デキる・デキないなんて、関係ない。

 大切な人を救えるなら、ワラにだってすがるだろ?!

 何でもするって、いうのが、素直な答えじゃねぇのか?!」

 スレイの目に、涙が浮かび。
 拭わず。

 沙羅に、全ての感情を、あらわにする。
 まるで、子供のようだった。
 ドウしようもなく、当たる先がない感情が。
 声になって、空気を震わせる。
 
 苦痛が、耳を刺激する。
 感情が、周りの感情を震わせる。

 そんなスレイが。
 キレイだとすら、沙羅は思った。

 こんなに、純粋な彼女が。
 沙羅には、突き刺さる。

 ココが、ワンルームの自分の部屋なら。
 平気で、クダを、まいただろう。

 くだらないと、笑ったのだろう。

 それだけ、自分の性根が、ねじ曲がっていると、知っているから。

 いままで言った言葉、全てが、壮大なブーメランだ。

 だからこそ。
 この役をやりきる、確固たる自信が、沙羅の中にはあった。

「私は、わたしは…」

「お前、何年、生きてるんだ?」

「もう、覚えていない…」

「じゃあ、言ってやるよ。
 全部、最初から間違ってたから、無駄でした!
 だから、お前が、死にたいとか言ってるのは、もっと、間違ってる!」

「私を、否定するのか?」

「もう、否定しか、デキないだろ?
 だから、お前の死にたいなんて言う願いを、俺は、聞いてやらない」

「何を言っている?」

「眼の前の男は、白竜の後任なんだよ。
 白竜が、あんなに、心配して見ていた一人が、コレかよ!?」

「心配していた?」

「白竜が、お前に力を与えた本当の理由は、なぁ?
 気づいて、ほしかったから、なんだよ。

 お前が、お前自身の間違いに、気づいたら。
 そんな力。
 さっさと、返してもらおうと思っていた。
 それだけなんだよ」

「……」

「お前の、お腹の中に封じられている命を。
 スレイに、ちゃんと、育てさせるハズだったんだ」

「え?」


 そう、沙羅が見せつけられた夢は、甘くない。

 問題がある、二者の間に立ち。
 お互いの思いと、意見を、素直に受け入れれば。

 世界は平和だと、誰かが言った。

 だが、その世界は。

 こんなにも、血なまぐさい。

 血なまぐさいから、蓋をした世界で、悩むのは当然だ。

 誤解のない世界は。
 今の人たちからすれば、地獄だろう。

 誤解も、曲解も、暴論も、無自覚も。

 血なまぐさくないから、色濃くなるのだから。

「お前がが、このザマじゃ、子供なんて育てられない。
 だからなんだよ!

 だから! 白竜が、封じ込めたんだ!
 いつか来る日のために!

 でもな、いつまでも、その日が来ねぇから!

 お前のお腹の中で、死んじまったんだよ!」


 激情に任せなければ、とてもじゃない。
 こんなことを、ハッキリと、口にデキるハズがない。

 白龍が、沙羅に伝えたことの顛末。
 竜騎士とは、悲しすぎる存在なのだと。
 夢で語ったエピソード。

 スレイは、身ごもっていたのだ。
 周りから見れば、それは、すぐに気づく。

 弱れば、流産の恐れがある。

 だから、彼女の村の人々は。
 一服盛ってまで、スレイを休ませようとしたのだ。

 彼女が、彼女しかない、女の身だからこそ。
 得られた希望が、壊れてしまわないように。


 だが、彼女は全てを振り切って。
 一つの思いだけで、白龍のもとに、たどり着いてしまった。

 全ては、過ぎた話だ。

 どこまでも、取り返しがつかない。

 あのとき、あの瞬間。

 もっと、早く。

 もっと。


 白龍の力で封じ込められ。
 竜騎士解任の際には、良い母親になると。

 暖かな願いは、もうドコにもない。

 竜騎士の子供が。

 スレイの子供が、死んでしまった理由は、非常に単純だ。

 白竜の力で、封じ込められていたスレイの子供は。
 生まれるハズだった命が、死んでしまった理由は、一つ。

 白竜が、いなくなって、しまったからだ。

 沙羅は、白竜の力を受け継いだが。

 白龍が、やってきた全てを、そのまま、引き継いだわけではない。

 受け継いだのは。

 白龍として称号だけだ。

「それは…、ほ…」
 言葉にする必要も、ないだろう。
 言われれば、分かるというものだ。

 あのとき、懐妊していたなら。
 自分の体調が悪いことに、説明が、ついてしまうのだから。

 そして、竜騎士になった瞬間、体が軽くなったのだから。


 だから。

 事情を見て、知れば。

 目の前のスレイという人物が。
 バカで、どうしようもないモノに、見えてしまう。

 沙羅の中に湧き上がる熱量は。
 イライラは。

 スレイの言葉が、カンにさわるのは。

 こうして、いつまでも怒れるだけの、力を失わないのは。

 知っているからだ。

 沙羅が、頭の片隅で、この怒りが、ありがたいと、思えるのは。

 平気で、スレイに言えない言葉を、平然と言えるからだろう。

「だから全部だよ!
 白龍の優しさで、残された希望が!
 もう、なくなったって言ってんだよ、このバカ野郎! 
 それでも、まだ、お前は、死にたいって言いやがる!
 フザけてる!
 本当に、フザけてる!
 テメェ! いい加減にしやがれ!」
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