28話  イケるハズだよ。1

文字数 4,955文字


 豚に真珠。
 実際に、豚に真珠のネックレスをつけると。
 どういった感情を抱くだろう。


 豚は、汚いイメージが先に出るが。
 彼らはすごく、きれい好きである。


 緑と茶色の世界で。
 ピンク色の動物が自然界で生き。
 ろくな力も示せない雑食動物の、キレイが。
 人間の清潔感と、かけ離れるのは、しょうがないだろう、が。

「ダメ子ちゃん。魔法石、出せば良いの? どれくらい?」

「あるだけ、出せばイイじゃない。話、聞いてた?」

「聞いてたけど、良く分からないよ。ダメ子ちゃん?」

「なによ?」

「難しい言葉、良く知ってるねぇ?」

「岩沢ちゃん。もう一発、頭、ひっぱたいてあげようか?
 どうしたら、今の会話でそうなるの? 黙って出しなさい」

 ハーイという返事の後。


 言うことを聞けば良いと。
 思っているだけの岩沢の行動に、ダメ子がイラ立つのを。
 ジュライ子は、横目で見流し。

 岩沢の、無骨な岩の手のひらから。
 無造作さに、ボロボロと、地面に落ちる宝石にジュライ子は、目を閉じた。

 一個やニ個でない。

 ジャラジャラと。
 ルビーや、サファイヤが、山のように積まれていく様子を。
 まともな神経では、見ていられないだろう。

 ダイヤ・ブルーダイヤ、金、レアメタル。
 貴重な宝石の価値、金属の価値が分かる人なら、卒倒するレベルだ。

 白竜の山から取れたと言われただけで、納得できるハズがない。
 本来、採取鉱山が全く違うものが、一緒くたに出てくるのだ。

 それこそ、駄菓子屋の指輪の箱を、ひっくり返したように。
 価値を全く知らないからこそ。
 扱いを全く知らないからこその、乱雑さが。
 目を閉じさせるのだ。

 宝石の山は、映画やアニメでしか、見ない光景だろう。

 キレイな宝石は。
 ただ一つ、輝いているからこそ、貴重なのだ。

 これだけ、ぞんざいに山積みされると。
 貴重だと思われる魔法石の価値を、誤解しそうになる。

「え~っと、ね。これと、これと…」

 岩沢は、おはじきのように、色ごとに仕分けし始め。

 一番キレイなモノは、無骨な手の中にしまっていくのを。
 ダメ子とジュライ子は、黙って見ていた、のだが。

 納得しきれないダメ子が、疑問を岩沢に投げる。

「岩沢ちゃん。なにをしているの? それ、魔法石じゃないの?」

「ん~、そうだけど。魔法石にも種類があってね」

「うん」

「同じモノの中で、一番キレイな奴は、沙羅に見せようと思って」

「うん」

 ダメ子の頷きに、答えは、返ってこなかった。

 作業が、勝手に目の前で進み続け。

 笑顔で続ける岩沢に、ダメ子は首をかしげる。

 一番キレイな石を、しまっていく岩沢の様子に。

「ん? それが一番、力を持ってるんじゃ、ないの?」

 魔法石を、難しい顔をしながら仕分ける岩沢は、ただ。

「そうだよ」


 と、そっけなく答え。


 ジュライ子は、「そうだよ」のあとに続く言葉を待ったが。

 いつまでたっても。
 岩沢は、鼻歌を歌いながら作業を続ける姿だけが。
 目の前を、通り過ぎていくだけだった。

 ダメ子とジュライ子は顔を合わせ。
 しばらくしてから、ダメ子の口から、ため息が吐き出される。

「岩沢ちゃん。あんたの知能指数が、どれだけ低いか、よくわかったわ」

「ん? ありがとぉ~」

「この子には、皮肉すら通じないわ、ジュライ子ちゃん」

「皮肉というか、むしろ、そのままだと思うんだけど」

「癒やし担当、ジュライ子ちゃん。ちょっと、説得して」

「……」

 有無を言わせないダメ子に、ジュライ子は押され。

 ジュライ子は、何も言わず。
 嫌な顔だけを、ダメ子に見せつけたが。
 見なかったことに、されたので。

 要点だけを、岩沢に伝えることにした。

「岩沢ちゃん。沙羅先生、コレないと、死んじゃうんだよ?」

「え!? どうして!?」

 ダメ子は、あんなに説明したじゃないかと。
 頭を振り、誰が見ても分かるほどにイラ立っていた。

「モヤっとする。ほんと、モヤっとする」

 ジュライ子は、口を、挟もうとしたダメ子を、手で静止し。

「難しいことは、岩沢ちゃん、分からないから、簡単に言うね」
「うん、おねがい」

ダメ子は、本人に、バカだという自覚があることに驚き、言葉を失った。
そんな様子を、何も言わず、横目で見流すジュライ子も、さすがである。

「魔法石には、沙羅先生を治す力があるんだよ」

「そうなの!」

 力強く吐き出された言葉に、ダメ子は耳を疑い、ジュライ子を凝視した。
 岩沢は、首をかしげ。

 ジュライ子の頷きで、納得したようだった。

 さすが、ジュライ子さんである。

「そっか~。そういうことなのか~」

「え? 今のが説明なの? ちょっと待ってよ!
 さっきの、15分ぐらいかけて、細かく説明した時間の意味は?
 え? 逆に、どういうこと?」

「ダメ子先輩!」

 ジュライ子は、成功を確信したのだろう。
 力強く、ダメ子にも宣言する。

「そういうことです」

「だから、私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」

「そういうこと、なんだよ♪」

 ダメ子の口は。
 ジュライ子の用意した言葉を、打ち砕くことができず。
 奥歯を噛み締める。

「もう良いわ。早く、全部、山にして積んじゃいなさいよ」

「はぁ~い。沙羅を助けるためなら、ふんぱつしちゃうぞ~」
 またジャラジャラと、手から出るキレイな魔法石は、高く積み上がっていく。

 魔法石を高価で、希少なモノだと無意識に思い込み。

 一・二個、綺麗な石が出てくるだけだと思っていた、ジュライ子とダメ子の口は。
 ゆっくりと開いていった。

 宝石を腰高まで、何も考えず山積みすると。
 どうして、もったいなく感じるのだろう。

 いったい、あの山一つで。
 おいくら万円するのだろうか。

 もう、使うことすら、ためらわれる量が。
 ダメ子とジュライ子の目の前で、キラキラと光っていた。

「これで、半分ぐらいかなぁ? まだいる?」

「は、半分…」

「十分すぎるわよねぇ、ジュライ子ちゃん。
 もう、これでイけるはハズよ」

「出してって言って、こんなに出てくるとは、思わなかった」

「まさか、その何倍も出てくるなんて、私も思わなかったわよ」

「でも、なんで、だろう?」

「え? なにがよ?」

「岩沢ちゃん。
 私が生まれるとき、なんで、もっといっぱい、出さなかったの?」

 ダメ子は、地雷の匂いを嗅ぎ取り。
 静かに目を閉じる。
 岩沢は、笑顔でサラリと言いのけた。

「え? 出せって言われたから、出しただけだよ?」

「……」

「ちなみに、沙羅先生が、もっと出してって言ったら、どうなったの?」

「それは、もっと出したよぉ。沙羅が言うまで」
 ダメ子は、固まっているジュライ子の肩を、そっと叩いた。

「それが、定めってヤツなんですよ。ジュライ子ちゃん」
「なんか、先輩が言うと説得力あるね。先輩は__」

「殺すわよ。黙って、やりなさい」

「ごめんなさい」

「謝るぐらいなら、最初から言わないことですね。ジュライ子さん」
 ジュライ子は、ダメ子に指で指図されるまま。
 髪の中から種を一つ出し、魔法石の山の中に投げ入れ、手を打ち鳴らす。

「さ~。みなさん、ご一緒に!」
「え? やんなきゃダメなの?」

 何を言っているの? と。
 小首をかしげるジュライ子の頭が、全てを語っているようだった。

「一人で作れたじゃない。私に使ったヤツは」

「モチベーションが、大事なの。失敗してもイイの?」

「そうだった…。絶対、成功する保証はないんだった…」

 ダメ子は頭を抱え、呻き出す。

「最後の最後で、とんでもない関門があったのね…。
 これは、想像してなかったわ…」

「大丈夫、絶対成功しますよ!」
「なんでよ?」
「みんなが、いるからだよぉ~」

「え? なに、その自信は? ガチンコ一発勝負なのよ?」

「掛け声は、魔法石バージョンでお願いします」
「そんなバージョン、知らないし!」

 知ったことではないと、打ち鳴らされる、ジュライ子の手拍子。

 渋々、付き合うダメ子と、ノリノリの岩沢。

 純粋無垢な岩沢の穢れなき、はしゃぎぶりに。
 ダメ子は、諦めざる得なかった。

 こうなってしまえば、一番、浮くのは。

 空気を読めない、真面目なヤツである。

 あいの手を喜々として行い。


 手を打ち鳴らすのすら、楽しむ岩沢と、それを喜ぶジュライ子。

 これに水をさせるわけもない。

「すっごい、魔法石の塊できるかな~♪
 沙羅先生に、きくのかな~、きかないのかなぁ~♪」

「絶対、大ジョブ~♪」

 突き上げられた三本の腕。

 成功を信じながら見守る魔法石の山は。
 歌が進んでも、変化が見られず。

 デキませんでした。
 失敗しましたが。
 許されない状況に、ダメ子の心に、焦りが膨らむ。

 ジュライ子も、同じだろう。

 空元気が、声に含まれている。

 こうなれば。

 岩沢の無垢な姿は、二人の心の支えになった。
 信じて疑わないとは、こういうことだと。

だが、望まれた変化が、いつまでも訪れない。
 ジュライ子の歌の時間、その変化は、顕著に表れる。

 誰にでも良く分かる変化だ。
 何も起きない。

 それは、ジュライ子に。
 ダメ子が言ったような力がないと、証明してしまう。

 歌の時間は、絵本のような変化をみせ。
 結果を見せてくれるハズなのに。

 歌は、終盤に、さしかかった。

 あとジュライ子が、手を打ち鳴らし。
 終わったことを宣言すれば、全てが終わる。

 なのに。

 何一つ、変化が起きない。

 失敗が濃厚になっていく。
 ジュライ子の顔は、固まり始めた。

 何も分っていない、岩沢ならいざ知らず。

 この状況は、非常にマズい。
 もう、あとがないのだ。

 バカを、やっていたからこそ。
 なんとかなって、しまったからこそ。

 そうとは、思いもしなかった、この歌に至るまで。

 一つもでも、叶わないとしたら。
 デキないとなれば。

 分かりやすい結果が、三人の眼前に落ちてくるのだ。


 それは、生みの親の死である。

 これしか、手段がない恐怖。
 できなかった時のリスク。

 一つの方法が、通用しないなら別の方法が、なんて。

 言える時間が、残っているように見えない。
 細かいことが、分からなくても。

 沙羅の状態が、逼迫しているのは。
 誰の目からでも分かるほど、明らかだ。
 呼吸が異常に弱いのだから。


 傷などない、死体になっていないだけだ。

 リスクを考えるなら。
 やるべきでは、なかったのだろうか。
 リスクが高いから。
 手を出すべきでは、なかったのだろうか。

 もっと、よく、考えるべきだったのだろうか。

 最も望むものは。
 リスクを背負わなければ、手に入らない、が。

 ダメ子とジュライ子の背中を。
 ゆっくりと這い上がってくる、うすら寒さ。

 急に上がっていく、心拍数。

 ただ、一念だけが、頭の中すべてを支配していく。
 成功すると思っていた心は、気づくのだ。

 ただ、理由もなく、信じていただけだと。

 デキるかもしれない。
 それは、ただの希望でしか、なかったんじゃないか。

 希望だけで。
 物事が解決するときは、いつも決まっている。
 解決するのではなく、決着がつくだけだ。

 ありありと、見せつけられれば。
 嫌でも気づいてしまう。

 思ってしまうのだ。

 考えてしまうのだ。

 失敗したときのことを。


 失敗してしまえば、希望なんてモノが、何もない。

 これは、善か悪か、二者択一のギャンブルだと。

 心に、ゆっくりと近づく、確かな死神は。
 その筋張った顔すら見せつけ。

 鎌の刃先を首筋にそえ。

 ジュライ子に、最後の言葉を言わせた。

「じょ、上手に出来ました~」


 ダメ子はもう、何も言えず。
 目をつぶり、ただ、祈っていた。

 あとは、手を打ち鳴らせば、全てが決する。
 失敗が確定する。

 だというのに、その手をジュライ子は、止めることができない。
 まだ終わっていないのだから。

 手を打ち鳴らせば、何かが、起きるかも知れない。

 微かな希望だけが。
 ダメ子に、祈ること以外の選択肢を奪った。

 岩沢ですら、いつもとは、違うのを感じ。
 ジュライ子と、ダメ子の顔を覗きこむ。

 手のひらを打ち鳴らそうとする、この瞬間が。
 二人の心にズシリと、もたれかかった。

 目線で合わせたタイミング。

 三人の両手が、成功を打ち鳴らさんと、乾いた音を響かせる。

 静かに魔法石の山は。
 光を失い。

 ただの石ころに成り果て。

 山の頂点に、ただ一つの、輝く石を掲げた。


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