じゅうはち

文字数 1,509文字

「・・・」
先日の善行といい、驚くことが続いたため言葉を出す気にもなれずにいる。
「ごめん、びっくりさせちゃったよね」
夏実のレモンティーは、テーブルに置かれたときと変わっておらず、氷だけが小さくなっている。胸が一杯で飲み物にさえ手がつかない心境なのであろうか。
「びっくりなんてもんじゃないよ」
私は残り半分ほどのミルクティーをストローで少し、喉の奥に流し込んだ。一体なぜ、そんなことを思ったのだろうか。あれだけ仲が良い2人の間に亀裂が生じるのは何なのかと考え始めたときに、夏実が口を開いた。
「私、佑太郎のことが好きなの」
『唐突』を何度続ければ気が済むのかと思ったが、思い返すと納得できる。これでなんとなく繋がった。今日の出来事で、春海は緊迫した状況で佑太郎を救った。これは恐らく恋愛感情から来るものだと夏実は予想をした。それで恋敵である春海を、投票によって左遷させてしまおうということなのかもしれない。この仮説を確かめるという意味を込めて、敢えて夏実に訊いた。
「夏実が佑太郎のことを好きっていうことと、春海に投票させたいっていうことは、関係あるの?」我ながら少々意地悪な問いかけだと思ったが、夏実は正直に答えた。
「春海もどうやら佑太郎のことが好きらしいの。だから、1人でもライバルを減らそうと思って。それに・・・」
「それに?」
夏実が不穏な様子を見せたので、すかさず反応した。
「春海、なんだか最近私を少しずつ避けるようになっていて、他の人とコソコソするようになったの」
私が目を丸くしたのもお構いなしに、夏実は続けた。
「例えば、善行とか」
「善行と・・・」
「ねえ、柚季、最近善行と仲良くしてるでしょ。何か春海か私のこと、何か言ってた?」
私はなんて言おうか一瞬戸惑った。春海が夏実に投票されるように裏工作しているなんて言えるはずもない。昨日の今日でこのことを夏実に言ったら、善行たちからの信頼を失い兼ねない。
「ねえ、柚季?」私の異変に気付いたのか、夏実は下から私の顔を覗き込んだ。
「何か知ってるなら、本当のことを教えてほしいんだよね。私、こんな格好だけど、他人のことを本気で好きになったのは初めてなんだ」
「え、そうなの?」
意外な告白に、私の興味が夏実へと一気に惹きつけられた。夏実は目の前のレモンティーに初めて口を付け、グラスを置いた後にゆっくりと口を開いた。グラスの横から一滴、水が滴っている。
「私ね、小学校低学年のときは周りからいじめられていたんだ」
「え・・・!」
夏実の言うことが信じられるはずがなかった。人一倍派手でクラス中から一目置かれる女子だからだ。この中学校は、私の小学校の生徒がほとんどだ。しかし夏実や佑太郎は隣の小学校だったので、彼らの過去を知る人は少ない。だからこそ、新鮮味のある話だった。私はミルクティーを飲み干した後、すぐに店員を呼んでおかわりを注文した。
「今思うと信じてくれないかもしれないけど、私は小学校の頃はすごく根暗だったの。人と話すのが苦手で、いつも下を向いて黙ってた」
「そうだったんだ・・・」話の邪魔にならない程度に相槌を打つと、夏実はさらに続けた。
「今思うと本当にこんなことよく思いつくなあ、って思っちゃうんだけどさ、下校時間に毎日日替わりで一人ずつ交代で、私が悪口を言われるっていうことがあってね」
「結構エグいこと考えるね、日替わりって・・・」
私はさらに、話の邪魔にならないように相槌を打った。
「それで佑太郎の番になったときに、黙って私の目の前に来たの。私はもう慣れてしまっていたから、今日はどんなことを言われるだろうくらいにしか思っていなかった。そしたら佑太郎がね」
夏実の目は少し潤んでいた。
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