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気付いたらホームルームは終わりに近づいていた。
「それじゃあ、今日はこれで終わりにします。早く帰れるからって浮かれることなく、真っ直ぐ家に帰るように」
 先生は出席簿をトントンと教壇に打ち付け、いつもの台詞を吐いた。
「はい、じゃあ委員長号令」
「起立、礼、着席」
 先生が教室を出て行った後少しグダグダする時間があったが、数人がちらほらと下校をしだしていた。昼の11時30分の鐘が鳴りだした頃、残りの生徒のほとんどがカバンを持って席を立ち始めた。
「柚季、一緒にかえろ」
 ゆっくりと帰り支度をする私に、真っ先に声を掛けてきたのは藍美だった。断る理由も無く、「うん」と返事をして一緒に教室を出た。下校で賑わう校庭で、人を掻き分けるように校門に向かう。
「あー、もうどうしよう。あんなこと言われちゃったらさ、みんなとうまく話せないよね」
 藍美が言うのも無理はない。人と話して迂闊に傷をつけたり嫌われてしまったりすると、自分が投票の対象になってしまう可能性が出てきてしまうからだ。そんな可能性がある中でも気さくに話しかけてくれる藍美は、私にとってかけがえのない存在だ。彼女に対しては自分の思ったことを言って、嫌われることを恐れない仲でありたい。
「これからはみんなに嫌われないようにしなきゃね」
 私は同調したが、藍美の不安は拭えないままだった。校門を出ると、生徒たちが小さなグループをいくつも作り、不安げな顔で会話を交わしていた。まだ正午前で本来楽しくて浮かれるはずの下校時間であるはずなのに、異様な光景のように感じた。
「なに食べるー?」
 いつもと変わらない口調で藍美が問いかけてきた。少しオーバーに見えた笑顔は、一生懸命平静を装っているようにも見えた。どこに食べに行こうとも言っていないが、この時間に一緒に校舎を出るということはそういうことだ。 校門を出ると、大きめの道路が面しており、少し歩くとお店がちらほらと目に入ってくる。艶やかな紺のアスファルトの道を歩きながら、自分のお腹と相談してみた。
「うーん、ファミレスとかでいいんじゃない?ドリンクバー飲みながらダラダラしたいな」
 パッと出した私の意見に対して藍美が「さんせーい!」と笑顔を見せた。私たちは横断歩道を渡り、たまに行くファミレスに向かった。
 
 店のドアを開けると、ガヤガヤと騒がしい雰囲気が漂っている。満席ではなかったのですぐに入ることができたが、時間帯が正午ということでとても混んでいた。中にはうちの学校の生徒も何人か来ている。席に座るや否や、ドリンクバーを注文した。そして飲み物を飲みながら2人で同じパスタを注文した。
「それにしても大変なことになったね。なんでこんなことになったんだろう」
 藍美はメロンソーダが入ったグラスを両手に持ってうなだれている。グラスに刺さったストローがどっちつかずに揺れている。
「うん。誰に嫌われているかとか目に見えちゃうんだよね。みんなの心の奥が見えてなんか怖いな。でも私的にはクラスを良くするためにはこういうのも仕方ないのかもしれない」
 苦手な人は何人かいるが、これと言って嫌いな人がいるわけでもない。でも、クラス内で自分の得意な人の割合が増えるのは悪いことではないような気もしている。
「私も特に嫌いな人はほとんどいなくて、むしろこのクラスのみんなのことが割と好きなんだよね。だからこそ一人でもいなくなるのは寂しいな」
 私から見て、藍美がそう発言するのが納得できる。彼女はみんなから愛されているキャラクターであることは、自他ともに認めざるを得ないのだ。2人して溜息を1つついたところで注文したパスタが運ばれてきた。藍美はスッと私にフォークとスプーンを手渡した。そういった細かな気遣いも、みんなから支持される所以なのだろう。私は「ありがとう」とそれらを受け取りパスタにありついた。
 パスタを食べ終わった後も話は盛り上がった。夏休みの宿題の進捗や旅行に行ったときのこと。お互いにオチのない話ではあったが久しぶりに顔を合わせると延々と盛り上がることができる。
 2時間くらい経過した後、私たちは3杯目のウーロン茶を同時に飲み干した。そして心地よい疲労感の中、会計を済ませることにした。店を出ると、先程までの曇天から打って変わり太陽が顔を出している。午後14時を回ったほどの時間であるため、太陽は上の方に位置している。9月に入ったものの、連日30度を超える残暑が続いている。
「家に帰りたくないなぁ、そうだ!ゲーセンにでも行こ!」
 藍美は半ば無理やり、私の腕を掴んできた。特にすることがない上に、午後の時間を有意義に使えるのは中々ない。私はその手に被せるように手を置き、「行こっ!」と微笑んでゲームセンターに向かうことにした。朝の発表を受けて1人になりたくない気持ちはよく分かる。私もちょうど一緒にいたいと思っていたところだった。
 ファミレスから西に10分くらいのところにゲームセンターがある。地面スレスレに舞うタンポポの綿毛が、人々が歩く道路を横切っている。空からは『夏』、視線を足元に移せば『秋』を感じているところで、目的地に到着した。
 
 ここは小さい頃から地元民から愛されているゲームセンターだ。少しくすんだクリーム色の外壁に、やや控えめな看板。ネオン街のど真ん中にあるような姿とは対照的で、落ち着いた住宅街に溶け込むような見た目である。中に入ると、1階にはプリクラやUFOキャッチャーがあり、2階に格闘ゲームや麻雀などの機械がある。そして最上階3階にはメダルゲームと、外観からは想像もできないような豊富な品揃えだ。いつもはプリクラだけ撮って、喋りながら帰路につくのがお決まりのパターンだ。後で写真を見返したときに、「あの頃は楽しかったなー」とか「あの花火大会のときに撮ったなー」とか、絵面だけでなく想い出も含めてプリクラのシールになるからだ。
「ねえゆず、プリ撮ろうよ〜!」
 この今日の恐ろしい発表の日に、私はどういった表情でポーズを取ればよいのか全く見当がつかなかった。しかし、唇をギュッと締めて2回ほど頷いて訴えかける藍美の姿を見て、押されるがままにプリクラ機の中に足を運んだ。一見何も考えていないように見えるが、藍美もきっと辛く、戸惑っているはずだ。こんな状況でも「いつもと同じ」自分を演じ、「いつもと同じ」状況を作り出そうとしている。そんなことを感じていたら中に入った後のポーズのことなどどうでも良くなっていた。
「いいよ〜!撮ろ撮ろ!」
 気付いたら私は藍美の手を取り、自ら機械の中へ潜り込んでいった。5回だろうか、6回だろうか。私たちは無心でポーズを取った。その内2回か3回は、被っていただろう。落書きをしながら藍美は囁いた。
「うちら、ずっと友達だよね。友達でいようね」
 込み上げる気持ちを抑えつつ、必死で答えた。
「何言ってるのよ今更。友達に決まってるじゃない。ほら、早く書かないと時間来ちゃうよ」
 私たちはしばらく、手に取ったプリクラのシールを眺めていた。
 そもそも私と藍美が仲良くなったきっかけは、小学校の頃の修学旅行の班決めの時だ。元々あまり話すような中ではなかったが、班を決めるときに困っている私に手を差し伸べてくれた。
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