にじゅうご

文字数 1,954文字

「そうだったんだ・・・」
「とにかくまた何かあったら俺に言って来いよ」
 佑太郎は聡に目をやった。
「僕ならもう大丈夫だよ」と聡は凛々しい顔をしている。
「で、でも・・・このままだと次は聡に投票されちゃうよ」
 藍美が顔をしかめながら、佑太郎のシャツの袖を指でつまんでいる。佑太郎が藍美を制して言った。
「とりあえず今度学校に行ったとき、春海に裏工作しないように釘を刺しておくよ。あ・・・あとおまえらにも被害が及ばないようにな」
 春海は夏実と同様、佑太郎に想いを寄せているため効果はあるだろう。頼りがいのある佑太郎を味方に付けて、誇らしい気持ちになった。佑太郎に対して、なんとも言い難い不思議な気持ちが胸の奥から込みあがってくる。
「よし、じゃあゲームでもしよう。メダルは僕の奢りってことで」
 聡は財布の中の千円札を幾らか数えだした。
「本当はゲームしたくてしたくて、ずっとウズウズしてたんでしょ」
 藍美は相変わらず聡をおちょくっているが、聡も「う、うん・・・」と正直な反応を見せている。
「そうだ!佑太郎も一緒にどう?一緒に遊ぶ機会なんて今までに無かったんだし・・・ね!」
 私は佑太郎ともう少し一緒にいたかった。今までは「権力者で怖い」イメージだったが、ちゃんと話してみると話しやすい一面もある。今まで壁ができていた分、心理的な距離が一気に近くなったような気がする。
「いや、俺はいいよ。それよりも弟たちと遊んでやってくれ」
 佑太郎はこの場を去ろうとしていた。小学生たちは聡が交換したメダルを手に、自分たちで楽しんでいる。私たちは何も言うこともできずに去っていく後姿を見送ろうとしたが、5.6メートルほどしたところで佑太郎は足を止めた。何かに気付いたようにゆっくりと私たちの方に戻っていく。一体何に気が付いたのか。分からぬままに佑太郎の歩に呑み込まれている。そして佑太郎は私たち1人1人の顔をゆっくりと見渡した。
 
「そういえば、始業式の話覚えているか?」
 佑太郎は私たちに向かって、静かに問いかけた。
「・・・」
 頭の中をグルグルと回転させたが、気持ちが上ずっていて何も浮かんでこない。恐らく二学期の始業式のことを言っているのだろう。
 何度思い返しても、『あの発表』と『静寂に包まれた校歌斉唱』のことぐらいしか思い出せない。藍美や聡も同じことを思っているだろうが、頭の上にはクエスチョンが目に見えていた。これ以上待っても何も出てこないと踏んだのか、佑太郎はゆっくりと始めた。
「そもそもこのゲーム、いつまで続くんだ?」
 佑太郎自身が気付いたことを体系的に話したいのか、場を仕切り直した。言われてみれば、そんなことを全く考えていなかった。今週は自分なのか、そして来週は・・・。目の前のことで精一杯になっていた。佑太郎のシンプルな問題提起に対して、私たちは原点に帰らされたような気がした。
「たしかに。いつまで続くんだろう」
 藍美が私と同じ気持ちであるのが分かった。その横で聡が「あ」と何かを思い出した様だった。
「思い出した・・・『クラスが良くなるまで』って言ってた」
「そう、期限は『クラスが良くなるまで』だ。つまり、クラスが良くなったと判断されればこのゲームは終了する」
 佑太郎は敢えて分かりやすく説明した。これには私たちも『なるほど』と思わざるを得なかった。
「このゲームの行方は、誰かがカギを握っているっていうことかぁ」
 藍美はメダルゲームの椅子に腰を掛けた。ガラス越しに銀色の台が手前に、そして奥に動く。まるでさざ波のように微動するメダルを見つめていた。このゲームの終わりを決定づけることができる人間、すなわちこのクラス内の権力者ということが考えられる。権力者として考えられるのは大澤先生か、委員長の善行が真っ先に頭に浮かぶ。もしくは2人で話し合って決めているのかもしれない。どちらにせよ、この2人がこのゲームの行方を握っている可能性が高い。
「そう考えると、やっぱ大澤かなぁ」
 佑太郎は藍美の隣に腰掛けた。藍美や聡も『うんうん』と頷いており、そう考えるのが自然だ。聡が気を遣って全員分の飲み物を自動販売機で買い、1人1人に配った。私は「ありがとう」と受け取り、聡が選んだ『レモンレモン』の蓋を中指で勢い良く開けた。喉を走り抜ける強炭酸が、体中を駆け巡った。
「そうだね。先生もそうだけど、善行も一枚噛んでいる可能性は考えられるかな」
 私が佑太郎に同意を示しながら言うと、聡が缶を見つめながら疑問を呈した。
「結局、このゲームで一番得をするのは誰なのかって話」
 藍美がフォローをしてくれた。聡は話を聞くのに夢中で、最後に残った缶コーヒーを一口飲んで苦そうな顔をしている。自分が選ぶ分は一番最後に回したようだが、どうやら誤算だったようだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み