にじゅう

文字数 2,352文字

 ひんやりとした寒さで目を覚ました。布団を足で蹴り飛ばしてうつ伏せで寝ていた。今までの金曜日の中で、最も固唾を飲む一日だ。家を出た後、自分の気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸した。覚悟の空気が肺に突き刺さった。
 
 クラスに入ると、善行がいつものように参考書を読んでいた。「おはよう」と挨拶をして席に着いた。少しすると、夏実が教室に入ってきた。
「おはよ!」と私の方を見て右手を挙げている。
「おはよ!昨日はありがとうね」と返すと、夏実は笑顔で席に着いた。カバンから教科書を出して机の中に入れている。完全に吹っ切れた表情をしている。私は心の中で「ガンバレ!夏実」と応援をして始業の時間を待った。少し遅れて春海が教室に入ってきた。何か覚悟をしたように自分の席に着いた。
 チャイムと同時に、大澤先生が入ってきた。「号令」とだけ言うと、善行が号令をかけた。出席簿を教卓に置くと、周りを見渡した。
「えーっと・・・今日の欠席は佑太郎だけか?何か聞いている人はいるかー」
 佑太郎が来ていない・・・。結果的に夏実に票が集まったとしても、想いを伝えて欲しい。確かに前日に気分を悪くして帰ってしまったので、来ないということも十分あり得る。午前中に社会の授業があるので、午後になったら来るかもしれない。そんな期待を胸に秘めながら午前中の授業を受けた。
 お腹の鳴る音とともに、チャイムが給食の時間を告げた。佑太郎は遅刻するときはいつも給食の時間に現れるのに、今日は一向に現れない。私も夏実も、ソワソワが増してたまらなくなっている。私たちは給食がうまく喉を通らなかった。
 とうとう昼休みの時間になり、佑太郎は現れなかった。体育の授業がある訳でもないので、何度考えても午後の授業から来る可能性はとても低い。そこで私は「ちょっと」と善行の肩を叩き、廊下に呼び出した。
「あのさ、この前言ってた夏実への投票の件なんだけど・・・」
「そうそう、僕の方からも言おうとしていたんだ。悪いんだけど、投票してくれるかな?」
 善行は申し訳無さそうに投票を促した。
「その投票の件なんだけど、夏実に票が入らないように何とかできない?」
「いや・・・さっきの移動教室で藍美や聡に何度もお願いしちゃったからさ、たぶん春海も自分の周りの女子たちにお願いしてると思う」
 春海はやはり、今回の投票に懸けている。私はそれをどうしても食い止めたかった。
「じゃあせめて、来週に延期するとか!」
「いやぁ、それも厳しいよ。でも、なんでそんなに夏実に肩入れしてるの?」
 佑太郎に思いを寄せているからだと、喉元まで言葉が出てきたが、夏実の純粋な気持ちを思うと言えなかった。でも、どんな形であれ、例え今回の投票だけであったとしても救いたいのだ。
「なんで・・・ってなんでも!お願いだから」
 ざわついたついた廊下に私の声が響き渡った。
「どうしたの?」
 私の背後から声がした。振り返ると、春海だった。
「柚季、なんかあったの?」
 恐らく春海は勘づいているのだろう。眼光が少し鋭く感じた。
「別に・・・何もないよ!」
 なるべく狼狽える格好を見せないように言ったつもりだが、疑われないように自然な表情を作った。春海にどう映ったのかは分からないが、彼女は「そう」と私と善行に作り笑顔を見せて去っていった。春海のあの様子だと、交渉の余地はないといったところだろう。結局この日は佑太郎は姿を現さず、最後の授業が終わった。
 無念の気持ちが胸の奥から襲ってきたが、最後の足掻きをしようとメモ用紙とボールペンを手に取った。大澤先生が来る前にホームルームの前に、紙に文字を書いて藍美と聡の机にさりげなく置いた。
 大澤先生がガラッと教室に入ってきた。
 スーパーのカゴに、小さく無機質な機械を教卓にドサッと置いた。
「フーッ。じゃあ委員長号令」
「起立、礼、着席」
 全員が着席すると、教室中を見渡して話し始めた。
「はーい今週もお疲れさん。特に何もないので、週末は風邪を引かずに過ごしてなぁ」
 みんなのことを気遣った発言だが、そんなことを言いながら『あの機械』を回し始めるのだから、不気味でしかたがない。佑太郎がいないと一日が平和に終わるので先生の話が短く終わるのはいいが、今日に関しては、彼がいないということが問題なのである。後は運に任せるしかないといった気持ちで、運命のボタンを押した。
 
 金曜日なので、藍美や善行、聡を誘って一緒に帰ることにした。みんな同じ思いだったらしく、私の誘いに快諾した。
「僕たち、今日は一体どんなゲームをするのかな」
 聡が不敵な笑みを私たちに見せている。
「行く気満々だね。私が誘わなくても絶対行くでしょ?」
「いやいや、誘われたから仕方なく行ってるだけだよ」
「そうやって言うなら、今日は聡抜きで行きますか!」
 聡が強がって見せているので、善行が少しおちょくっている。
「そんな冷たいこと言わなくても・・・」
 少々凹んでいたので、私が「はいはい、今日も一緒に行きましょうね聡くん」と言うと、少し嬉しそうにしていた。普段クラスで人と話していないせいか、彼は本当に単純な男だ。
 そんな話をして盛り上がりながら歩いていると、ガードレールに腰を掛けている女子が目に飛び込んできた。
 
「柚季・・・」
 夏実だった。藍美や聡は、2人で顔を見合わせていた。
「ごめん!先に行ってて」
 私は3人を先にゲームセンターに向かわせて、2人っきりになった。私たちはゲームセンターの道から少し外れた道を通って小さな公園のブランコに腰を掛けた。
「ごめんね。これからどこかに行く途中だったでしょ?」
「うん、ちょっとね。でも大丈夫だよ」
 ブランコを2人で交互になるように漕いでいる。ゆらゆら揺れながら話をするのも、悪い気はしなかった。
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