にじゅうなな

文字数 2,154文字

「善行じゃないとすると、きっと大澤先生だよね。ねえ善行、このゲームを止めさせるよう、大澤先生に掛け合ってみようよ」
 善行は一瞬表情を曇らせた。少し考えた様子を見せながら、彼自身の見解を述べた。
「うーん。大澤先生はこのゲームに賛成な気がする」
「え、なんでそう思うの?」
 聡がこの場で初めて口を開いた。
「先生は毎週月曜日に、少し嬉しそうな感じがするんだよね。気付くかどうかすごく微妙なラインなんだけど。昔はともかく、今は熱心な先生っていう感じでもなく、『仕事だから』やってるって感じがするんだ。そりゃあ、面倒な生徒がいなくなればクラス内の秩序も整って問題が減る。無駄な気力と残業が減るよね」
 善行の話には納得させられたが、希望の灯が少し消えかかったような気がした。しかしやってみないと分からない。先生に直談判する価値は存分にあるのだ。
「私たちだけじゃなくて、クラスのみんなに協力してもらおう」
 私の意見に善行が「賛成」と言い、クラスに戻ることにした。大澤先生に話をするまえに、クラス全員の意思を確認しておきたい。今日の授業が全て終わったら、クラス全員で話し合うことに決めた。
 
 午後の授業が終わり、ホームルームが始まる前に私は意を決して教卓の前に立った。帰宅の準備に取り掛かるみんなの注目を集めた。
「みんな、ちょっといいかな!」
 普段クラスで目立った発言をしないせいか、クラス中の視線がこちらに集まっている。ガヤガヤとした雰囲気が、少しずつ静かになっていった。
「あの・・・この後のホームルームが終わったらクラスに残って欲しいのっ」
 藍美が私の隣に来てくれた。そして、クラス中に訴えかけるように言った。
「なんで残らないといけないの?私、今日早く帰りたいんだけど」
 春海が迷惑そうに反論してきた。苦笑しながらではあるが、明らかに目の奥は笑っていない。
「いい加減もう・・・このくだらないゲームをおしまいにしたいの」
 私は春海の心に届くように、一転して静かにゆっくりと言った。
「このゲームを終わりにするかどうかは、私たちが決めることはできないじゃない。何をもって終わるのかどうかは分からないけど、私たちは流れに身を任せるだけ」
 春海は私の言葉を嘲笑うかのように突き放した。
「そんなんじゃ、いつ終わるか分からないまま毎週のように怯え続けるっていうの?春海はそれでいいの?私はそんな毎日は嫌だ」
 ここまでくると、もう感情に訴えかけるしか方法はないのかもしれない。春海が何かを言おうと息をスッと吸ったそのとき、善行が立ち上がった。
「春海、僕からも頼むよ。このことはみんなで話し合わないといけないんだ・・・。みんなも協力してほしい」
 一瞬の静寂が束の間に、教室の扉がガラッと勢い良く開いた。
 
「さっ、ホームルームを始めるぞ。おい、どうしたんだおまえら」
 大澤先生がクラス中の雰囲気を察して言った。
「別に、何もないです・・・」
 春海は先生の言葉を避けるようにして着席した。私たちもペコりと頭を下げて、席に戻ろうとした。善行が教壇から降りようとしたところで、先生は善行の腕を掴んで迫るように言った。
「おい、何があったんだ?何もない訳ないだろう」
「・・・」
 善行は腕を掴まれたまま下を向いている。恐らくこのゲームのカギを握っているのは大澤先生だ。その張本人を目の前にすると、このゲームの行方を直接聞くことに気が引けているのかもしれない。まるでこの空間に誰一人存在しないかのように、クラス中に緊張と沈黙が支配している。
「おい、なんとか言え。黙っていたら分からないだろう」
 先生が教卓に両手を置き、私たちに問いかけた。張り詰めた空気の中、意を決したように藍美が口を開いた。
「先生、毎週の投票は一体いつ終わるんですか?」
 恐る恐るではあるが、単刀直入に疑問をぶつけている。この言葉を聞いて、先生もこの場が荒れている理由を一瞬で悟った。
「そうか。そのことについて話し合っていたんだな?実はな・・・それは先生にも分からないんだ」
「え・・・?」
 全く予想だにしない回答だった。カギを握っているであるのは先生であろうと思っていた。
「毎週金曜日にあの機械を配っているのは自分だろう。何で分からないんだよ?」
 これには佑太郎も納得がいっていないようだ。いや、佑太郎だけでなく私たちも同じ気持ちだ。
「先生もな、毎週金曜日のホームルーム前に教頭先生からあの機械を渡されるんだ。先生はそれを教室に持ってきているだけなんだ」
「どうなってるんだよ・・・じゃあ、一体誰が・・・」
 善行でもなく、大澤先生でもない。このクラスの外の人間が、このゲームの実権を握っている。クラスの事情も知らずに、なぜこのゲームを続けているのか。想像するだけでゾッとしてしまう。
「それでさっきみんなで言い合っていたわけか」
 先生の口調がやっと穏やかになったように感じた。
「そうです。僕たちは先生がこのゲームを終わらせる決定権を持っていると思っていたんです。それで・・・」
「それで、どうした?」
 また口を開いた善行に、先生が間髪入れずに訊いた。
「僕は、このゲームを終わりにするように先生にお願いしようと思っていました。そのために、まずはクラスのみんなで話し合おうと提案をしていたところです」
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