はち

文字数 2,218文字

 チャイムに間に合わず若干遅れ気味だったが、体育の大崎先生も遅れてきたためギリギリセーフだった。
「よーしっ、今日はバスケやるぞー!」
 大崎先生は体育大学を卒業しており、背が高くゴリラのようにゴツゴツとした筋肉自慢の先生だ。怒らせると怖いが、いつもは溌剌と笑顔で生徒たちに接している。
「よっしゃあー!」
 ここぞとばかりに、佑太郎が吠えた。体育のために登校しているような感じだろう。
「お、今日も佑太郎はやる気満々だな?よしっ、今日休みの奴いたら先生に教えてくれ」
「いませーん」と夏実が髪をいじりながら答えた。
「よし、今日もみんないるな。じゃあいつものように準備に移れー」
 先生の声とともに、クラスのみんなは各自で準備体操をし、籠の中にあるボールを各自持ち出した。そして好き勝手にドリブルとシュート練習を始めている。
 5分ほどした後、大崎先生は笛を鳴らした。
「よーしじゃあ試合するぞ」
 3つのグループに分け、対戦する片方のチームはビブスを着用し始めた。男女でコートの半分に分かれ、ゲームが始まった。私は球技が苦手ではなく、そこそこ目立ってプレーをしていた。他の女子はなんとなくボールを回しているだけで、緩く遊んでいる。
一方男子は、スポーツが得意か否かで動きに大きく差が開いていた。1チームで2.3人がボールを回し、次々と点を決めている。中でも佑太郎はバスケ部に所属をしているため、一際目立ってプレーしている。
「早くパス!こっちこっち!」
佑太郎の声にはみんな敏感で、彼にパスを回している。佑太郎のチームの取った点の殆どは、佑太郎が決めたものだ。同じチームのメンバーがミスをすると、少し不機嫌そうな表情を浮かべている。特に今日、ミスが多かったのは暁生だった。
「おい、何しているんだよ!点取れねえだろ!点が取れないと負けるんだよ」
 暁生は「ごめん」と何度も謝罪した。まだ少し暑さの残る体育館で、乾いた足音とボールの音が響き回っている。彼らの真剣さの表れである細かな息遣いは、体育館に緊張感をもたらしている。
 私はボールを持ったまま男子の試合に見入ってしまった。女子同士のなあなあな試合には飽きてきたところだった。同時に3チームの内の試合をしていない1チームは、私たちに背を向け、すでに男子たちの試合を観戦している。佑太郎のシュートが決まる度に、夏実と春海は「キャー!」と歓声を上げている。見るからに分かりやすいが、佑太郎のファンなのだろう。普段の言動から、佑太郎に媚びているように感じてはいたが、こんなにも顕著に分かるのもおもしろいものだ。そんな2人に釣られてか、試合をしている私たちもいつの間にか足を止めて男子の試合を観ていた。
 佑太郎が次々とシュートを決めていく中、善行も負けじとドリブルで繋いでいく。佑太郎にパスを回すが、表情は爽やかだ。委員長という固いイメージを勝手に持っていたが、新たな発見になった。一方的な展開と思いきや、隆志率いる対戦相手のチームワークが良く、みんなでパスを繋いでいた。
「みんな、このまま佑太郎たち倒そうぜ!」
 隆志が周りを鼓舞すると、他の男子の士気が上がっていた。そんなワンマン対チームワークの試合も同点で大詰めを迎えていた。残り40秒で、ボールは暁生の手に渡った。暁生は緊張のせいか、相手チームにパスを出してしまった。その瞬間、佑太郎の怒号が飛んだ。
「何をやってるんだよ!早くボール取り行けよ!」
 暁生は血相を変えてボールを取りに行くが、中々追いつくことができない。女子たちの前で格好が悪いかどうかなんてことはどうでも良く、佑太郎からの評価を必死で挽回しようとしている様子だった。そういった、人間同士の心の葛藤が垣間見える試合だった。
 結局、試合は最後の最後に佑太郎が点を決めて勝利した。熱戦の後、勝利したチームは佑太郎を中心に輪になって歓喜を上げている。一方で隆志たちは笑みを浮かべてはいたが悔しがっていた。先生も「いい試合だったなー」と感心していた。
ふと目を移すと、暁生は勝利チームであるにも関わらず、みんなの輪の中に入ることができずにいる。暁生は肩を落とし、一足先に体育館を後にしていた。体育館から教室への移動中、夏実が「佑太郎カッコよかったねー」と春海に話している。春海も「そうだねー」と満足げな様子だ。
「最後、暁生がきちんと佑太郎にパス出してたら余裕だったのになー」
 夏実が呟いたとき、後ろから声が背中にぶつかってきた。
「本当だよなー!暁生ちゃんはクビだな、クビ」
 佑太郎は笑いながら言っていたが、その声はみんなに聞こえていた。廊下中で失笑が起こり、佑太郎はそのまま教室に走っていった。彼はクラスで最も権力を持っている。正確に言うと、勝手にみんなから権力を持たされているような感じだろうか。そのため彼が口を開くと、自然とみんな聞き入ってしまうのだ。
クラスの絶対的な権力者がなぜこの時点で消されていないのか、私は不思議でならなかった。私は彼に対して、正直苦手意識を持っている。威圧的な態度、乱暴な言葉遣いがどうしても好きになれない。私と同じ感覚を持っている人はクラスでも何人かいるだろう。それでも投票されないのは、圧倒的な権力が人の心を支配しているからなのかもしれない。私は更衣室で素早く制服に着替えて教室に向かった。そして疲れを癒すために少しだけ眠りについた。
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