じゅうよん
文字数 2,423文字
1時間程すると、大量に用意したメダルが底をついてきた。最後の1枚を聡が投入すると、さっきまでの和気あいあいとした雰囲気が少し寂しげな雰囲気に変わった。
「楽しかったねー」と私たちは笑いながらメダルの箱を元の位置に戻そうとした。
善行も「久し振りに笑ったよ」と楽しそうな表情を見せた。私たちが帰る素振りを見せると、善行が「あのさぁ」と呟いた。その声はいつもより2オクターブくらい低く聞こえた。聡を含め私たち3人は出口へと向かう足を止めた。
「ん?どうしたの善行」
藍美が振り返りざまにして訊いた。
「次の投票」
「え、何?」
ボソッと呟く善行に藍美はもう一度訊き返した。
「次の投票のとき、夏実に票を入れて欲しいんだ」
「え!どういうこと?」
「・・・」
善行の突然の発表に、藍美はすぐさま驚きの表情を見せた。そして私たち一同は、ただ立ち尽くした。
「ねえ、一体どういうこと?」
下を向いて黙り込んでいる善行に、藍美がさらに問いかけた。
「ちょっと頼まれてね」
「ちゃんと理由を話してくれないとわかんないよ!自分が何を言っているか分かる?」
私は善行に幻滅する暇もなく、声を荒げながら問いただした。何かに怒ったり、そういった感情を他人に見せるのは久し振りだった。なぜこんなにも昂ぶってしまったのかは分からないが、自分でも驚くくらいに取り乱してしまった。
「・・・」
私があまりにも熱を込めてしまったせいか、善行がだんまりとしてしまった。少し怯えているようにも見えた。それを見て、私は冷静さを取り戻した。善行が裏で投票を操作するなんて思ってもいなかったことであり、信じたくもなかった。それだけ、善行はまじめで中立なかけがえのない存在だったのだ。
「でも何か、事情があるんだよね・・・?」
フォローする藍美の肩も震えていた。私たちの会話を無視するように、メダルゲームのポップな機械音がフロア中に響き渡っている。
「とにかくここじゃなんだから、場所を移動しよう」
聡が機転を利かせて言った。最初は小学生たちが数人いたが、私たちで盛り上がっているうちにいつの間にかいなくなっていた。
「そうだね!とりあえず近くのカフェにでも行かない?」
興奮した自分を落ち着かせる意味も込めて、少し明るい口調で私は提案してみせた。
みんなの同意を経て、私たちは近くのカフェに入った。
店に入るや否や、聡が「4人で!」と言い、ウエイトレスに奥の席を案内された。
「なんかこの感じ、初めてかも」
俯く善行を横目に、私は場を和ませる目的で第一声を発した。
「たしかにー!なかなか無いよねっ」
淡々としている私とは打って変わって藍美は少し楽しげな様子だ。聡も「なかなか無いねー」とか言いながらこちらも楽しそうだ。
カフェオレやらレモンティーやらを注文した後、藍美が早速本題に入った。
「ねえ善行。さっきの話、どういうことなの?」
すると、これまで黙っていた善行が恐る恐る口を開いた。
「うん、次の投票のときに夏実に入れて・・・」
「うん、それは聞いたから理由を教えてほしいんだよね」
少し食い気味になってしまったことを反省するが、私はどうしても理由を聞きたかったのだ。
「ごめん」と善行は1度謝り、意を決したように続けた。
「実は、春海に頼まれたんだ。」
「えっ!」
藍美が身震いと同時に目を見開いて驚いていた。私や聡も、「え!」という顔をしたまま固まってしまった。信じ難い展開に、私たちの動揺は止まらずにいる。藍美は目を瞑って気持ちを落ち着かせた後、善行に問いかけた。
「それってどういうこと?」
藍美の問いかけに一呼吸置き、善行は静かに説明をし始めた。
「この前春海に呼ばれて言われたよ。今後の投票は夏実に入れて欲しいってね。春海は僕が柚季や藍美と仲がいいと思っているらしくて、できればその2人にも話をして欲しいって言われたよ。春海も少し思い詰めたような様子で、恐る恐るって感じだった」
私と藍美はハッとした。あのとき靴箱の近くで2人がいたのは、その話をするためだったのだ。善行は経緯を話したが、春海がそのような行動を取った理由が検討もつかなかった。全員が思っている疑問を私が代表して訊いた。
「なぜ春海がそんなことを?春海って夏実とすごく仲がいいじゃない。休み時間も移動教室も、ずっと2人でいるよね」
「そうそう」
クラスでは全く目立たなく、クラス事情に興味が無さそうな聡が食い入るように同調した。いや、むしろそんな人にとっても、夏実と春海の仲の良さは周知の事実であるということなのであろう。しかし、そんな春海が夏実と決別したがっているというのも事実。その事実を私たちは受け入れられずにいる。
「春海曰く、このまま夏実と一緒にいると、自分の将来が不安で仕方ないらしい。この前、春海は高校の推薦の話も興味があるような話をしていたし、休み時間に参考書を開いて少しずつ勉強しているんだよ。夏実と一緒だと、自分の時間が割けなくなってしまうから、いっそのこと投票で左遷させてしまおうっていう考えだと思う」
「春海もなんだかんだ将来のことを考えているんだね」
善行の説明を受けて、聡が感心していた。
「うん、それを聞いて意外だった。先入観を持ってはいけないことは重々分かってはいるんだけどね。委員長として、勉強に集中できる環境を作ってあげないといけないのかもしれないと思って」
「・・・」
善行の話に、全員が下を向いた。ドリンクのグラスには、大粒の水滴が付着している。
善行の立場を考えると、私は複雑な気持ちだった。本当は私たちに対して裏工作のようなことをしたくはなかっただろう。 学級委員長という立場は自分だけでなく全体を考えないといけないが、人一倍責任感が強い善行だからこそこんなに頭を悩ませているのだろう。
「でも・・・」
幾ばくかの沈黙を破ったのは藍美だった。
「楽しかったねー」と私たちは笑いながらメダルの箱を元の位置に戻そうとした。
善行も「久し振りに笑ったよ」と楽しそうな表情を見せた。私たちが帰る素振りを見せると、善行が「あのさぁ」と呟いた。その声はいつもより2オクターブくらい低く聞こえた。聡を含め私たち3人は出口へと向かう足を止めた。
「ん?どうしたの善行」
藍美が振り返りざまにして訊いた。
「次の投票」
「え、何?」
ボソッと呟く善行に藍美はもう一度訊き返した。
「次の投票のとき、夏実に票を入れて欲しいんだ」
「え!どういうこと?」
「・・・」
善行の突然の発表に、藍美はすぐさま驚きの表情を見せた。そして私たち一同は、ただ立ち尽くした。
「ねえ、一体どういうこと?」
下を向いて黙り込んでいる善行に、藍美がさらに問いかけた。
「ちょっと頼まれてね」
「ちゃんと理由を話してくれないとわかんないよ!自分が何を言っているか分かる?」
私は善行に幻滅する暇もなく、声を荒げながら問いただした。何かに怒ったり、そういった感情を他人に見せるのは久し振りだった。なぜこんなにも昂ぶってしまったのかは分からないが、自分でも驚くくらいに取り乱してしまった。
「・・・」
私があまりにも熱を込めてしまったせいか、善行がだんまりとしてしまった。少し怯えているようにも見えた。それを見て、私は冷静さを取り戻した。善行が裏で投票を操作するなんて思ってもいなかったことであり、信じたくもなかった。それだけ、善行はまじめで中立なかけがえのない存在だったのだ。
「でも何か、事情があるんだよね・・・?」
フォローする藍美の肩も震えていた。私たちの会話を無視するように、メダルゲームのポップな機械音がフロア中に響き渡っている。
「とにかくここじゃなんだから、場所を移動しよう」
聡が機転を利かせて言った。最初は小学生たちが数人いたが、私たちで盛り上がっているうちにいつの間にかいなくなっていた。
「そうだね!とりあえず近くのカフェにでも行かない?」
興奮した自分を落ち着かせる意味も込めて、少し明るい口調で私は提案してみせた。
みんなの同意を経て、私たちは近くのカフェに入った。
店に入るや否や、聡が「4人で!」と言い、ウエイトレスに奥の席を案内された。
「なんかこの感じ、初めてかも」
俯く善行を横目に、私は場を和ませる目的で第一声を発した。
「たしかにー!なかなか無いよねっ」
淡々としている私とは打って変わって藍美は少し楽しげな様子だ。聡も「なかなか無いねー」とか言いながらこちらも楽しそうだ。
カフェオレやらレモンティーやらを注文した後、藍美が早速本題に入った。
「ねえ善行。さっきの話、どういうことなの?」
すると、これまで黙っていた善行が恐る恐る口を開いた。
「うん、次の投票のときに夏実に入れて・・・」
「うん、それは聞いたから理由を教えてほしいんだよね」
少し食い気味になってしまったことを反省するが、私はどうしても理由を聞きたかったのだ。
「ごめん」と善行は1度謝り、意を決したように続けた。
「実は、春海に頼まれたんだ。」
「えっ!」
藍美が身震いと同時に目を見開いて驚いていた。私や聡も、「え!」という顔をしたまま固まってしまった。信じ難い展開に、私たちの動揺は止まらずにいる。藍美は目を瞑って気持ちを落ち着かせた後、善行に問いかけた。
「それってどういうこと?」
藍美の問いかけに一呼吸置き、善行は静かに説明をし始めた。
「この前春海に呼ばれて言われたよ。今後の投票は夏実に入れて欲しいってね。春海は僕が柚季や藍美と仲がいいと思っているらしくて、できればその2人にも話をして欲しいって言われたよ。春海も少し思い詰めたような様子で、恐る恐るって感じだった」
私と藍美はハッとした。あのとき靴箱の近くで2人がいたのは、その話をするためだったのだ。善行は経緯を話したが、春海がそのような行動を取った理由が検討もつかなかった。全員が思っている疑問を私が代表して訊いた。
「なぜ春海がそんなことを?春海って夏実とすごく仲がいいじゃない。休み時間も移動教室も、ずっと2人でいるよね」
「そうそう」
クラスでは全く目立たなく、クラス事情に興味が無さそうな聡が食い入るように同調した。いや、むしろそんな人にとっても、夏実と春海の仲の良さは周知の事実であるということなのであろう。しかし、そんな春海が夏実と決別したがっているというのも事実。その事実を私たちは受け入れられずにいる。
「春海曰く、このまま夏実と一緒にいると、自分の将来が不安で仕方ないらしい。この前、春海は高校の推薦の話も興味があるような話をしていたし、休み時間に参考書を開いて少しずつ勉強しているんだよ。夏実と一緒だと、自分の時間が割けなくなってしまうから、いっそのこと投票で左遷させてしまおうっていう考えだと思う」
「春海もなんだかんだ将来のことを考えているんだね」
善行の説明を受けて、聡が感心していた。
「うん、それを聞いて意外だった。先入観を持ってはいけないことは重々分かってはいるんだけどね。委員長として、勉強に集中できる環境を作ってあげないといけないのかもしれないと思って」
「・・・」
善行の話に、全員が下を向いた。ドリンクのグラスには、大粒の水滴が付着している。
善行の立場を考えると、私は複雑な気持ちだった。本当は私たちに対して裏工作のようなことをしたくはなかっただろう。 学級委員長という立場は自分だけでなく全体を考えないといけないが、人一倍責任感が強い善行だからこそこんなに頭を悩ませているのだろう。
「でも・・・」
幾ばくかの沈黙を破ったのは藍美だった。