じゅうさん

文字数 2,412文字

 体育館に行くと、いつものように大崎先生が目を輝かせて私たちを待ち構えていた。前週に引き続きバスケだ。準備体操を終え、各自がボールを持ってドリブルやシュートなどを始めている。前の授業のフラストレーションを晴らすかのように、活発に動き回っている。私も、体の奥から発するエネルギーが手足の先まで届いていることを感じていた。
 先生が笛を鳴らし、いつものようにチーム分けをしてすぐに試合が始まった。整列が遅かったり私語が多かったりすると、説教を食らってしまうため速やかに行動に移る。バスケは人気のため「早く試合がしたい」という想いがそうさせるのだ。またはさもないと、佑太郎に何を言われるかを分からない。私たちの行動の原動力は、自発性か恐怖のどちらかが起因しているのだろう。
 いつもは男子たちの試合を観ることが多いが、今日はなぜか女子のゲームも盛り上がっている。運動神経が抜群の藍美を中心にゲームが進んでいくが、この日はいつもとは少し違った光景が目に映った。藍美と同じくらいにチームの中心になっているのは、香澄だった。
 正確には中心として試合を回しているというわけではなく、自然に香澄にボールが集まってくるのだ。先程の授業で生まれた感謝の気持ちを、パスという形で表現しているのかもしれない。香澄は生き生きとした表情でパスを回している。ゴール下でもチームメイトにすぐパスを出すところにあざとさを感じてしまう。徹底した振る舞いぶりには、本当に感心させられる。
 男子に引けを取らないくらいに女子の試合も大いに盛り上がり、試合を終えた。そんな私たちに、大崎先生は目を細めながら眺めていた。
 授業が終了する10分前くらいに、佑太郎がブザービートを決めた。コートの端の方からの遠投だったのか、『ドン!』という激しい破壊音の直後にネットがボールを包み込む音がした。敵味方関係なく沸く男子。それに混じるように歓喜を上げる夏実。その様子に春海も自分のプレーを止めて男子の様子に目をやっていた。こんなにも混じりっけなくクラスが1つになったのは、1学期以来かもしれない。
 体を動かした後の給食ほど待ち遠しいものはない。よりにもよって、カレーと唐揚げという恐らく最強のタッグが机の上で煌めいていた。この瞬間に限り、この時間割を作った人に感謝の意を述べたい。1週間の中で最も給食を美味しく食べられる日くらい、周囲のことを気にせずに給食を楽しみたい。こういった状況だからこそ、『食』はみんなで楽しむことが大切なのだと感じる。血糖値の上昇に心地良い疲労感が加わり、クラス内の雰囲気は和やかで居心地が良い。久し振りに、クラス中に平穏な空気が流れている。
 午後の授業も無事に終わり、夕方の居場所に帰りたくなった。
「藍美、今日行こっか」
「どうしたのゆず?そっちから誘ってくるなんて珍しいね」
「なんか、メダル触りたくなっちゃってさ」
 私はメダルを機械に入れるフリをしておどけて見せたが、藍美は「へんなの」と怪訝な目で見られてしまった。
「別に変じゃないよ、いこいこ」
 私は自然と藍美の手を掴んで教室から飛び出した。藍美は少しバランスを崩しながらも、「ちょっとー!」と笑みを浮かべていた。
 
 メダルコーナーに着くと、小学生と戯れる聡がいた。私たちが声を掛けようとすると、後ろからひょっこりと男子が出てきた。
「や、やあ」
 聡の影からぎこちない感じで挨拶をしてきたのは、善行だった。
「えー!善行、なんでこんなところにいるの?」
 藍美は少し興奮気味に、善行を指差した。小さい頃、親に連れられて行ったスーパーでクラスの子と行き合ったときにはよくこんなテンションになった。
 学校の外で顔を合わせたというだけなのに、こんなに嬉しい気持ちになるのは不思議でたまらない。しかも善行とはさっきまでクラスで話していたから尚更だ。私は藍美の気持ちが十分に理解できた。
「たまたま帰り道が聡と一緒になって、その流れでね」
 善行は少し恥ずかしそうな表情で声を発した。珍しい人が来たなと思い、私は自然と彼に問いかけた。
「善行ってこういうとこ来るんだ?」
「いや、滅多に来ることはないよ。小学生の時以来かも」
「なんかそんな感じだね。こういうとこって善行には似合わない」
 私は心から思ったことを率直に口にしていた。普通のことのようなのに、不思議な感覚がした。善行が一瞬キョトンとしていたので私は咄嗟に「あ、ごめん」と言った。
 善行は2.3回首を横に振った後、申し訳なさそうにいた私を右手で制して言った。
「いや、むしろその通りだよ。僕って多分家に引きこもって勉強しかしてないみたいなイメージかもしれないんだけど、本当にその通りなんだ」
「いや、その通りなんかい!」
 藍美がすかさず横から右手の甲をまっすぐ善行に差し出してツッコミを入れた。ゲームをやりたそうにしていた聡や私も思わず吹き出しそうになった。
「でも、もうここの雰囲気には慣れた」
「まだ来たばかりでしょ」
 私も、藍美に負けじとツッコミを入れた。脳で考えたのではなく、脊髄の反射によって放たれたものだった。
「よし、善行、ゲームしよう!」
 善行は張り切る聡に押されながら目の前のゲーム機の椅子に腰を掛けた。メダルを台の上に転がして、中のメダルを押し出すゲームだ。善行は聡の見よう見まねでメダルを入れて、手元の棒をぎこちなくコントロールしている。次々と取り出し口に落ちるメダルの金属音に快感を覚えたのか、手を止めてその様子をじっと見ている。
 私たちはいつものように夢中になり、ルーレットで止まるジャックポットを目指してひたすらメダルを投入した。
 ここにいる友達なら、ずっと一緒にいられるような気がした。この場所を通じて、クラスに居場所ができたことに胸がキュンと締め付けられるような嬉しさを覚えたのだった。
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