さんじゅう

文字数 3,185文字

「その名の通り、主に研修の考案と運営をしています。せっかく研修をするのですから、みなさんの身になる内容にしたいのです。ちなみに今回の『クラスの1人を左遷する』プログラムは、研修だったのです。みなさん、この度はお疲れさまでした」
 先生を含め私たちは今の今まで食い入るように説明を聞いていたが、この一言によってクラス全体にざわめきが生まれた。
「これ、研修だったってことかよ。なんでこんなことすんだよ?このゲームによってクラスが良くなるっていう確信でもあったのか?」
 佑太郎が足を組んで白井に問いかけている。大分抑えてはいるが、怒りを感じているように思えた。
「正直、その確信はありませんでした。なぜならこの研修は初めて行うものであり、この学校で始めて試験的に導入しました。この研修に意味があるかどうかは、君たちが成長したかどうかを見て判断したいと思っておりました」
「結局、俺らで試したってことか?」
「そういうことです。試したと言ったら聞こえが悪いですが、日本の明るい将来の第一歩を踏み出したと考えれば・・・」
「ふざけんなよ!俺らがどんな思いで生活をしてきたと思っているんだよ?」
 佑太郎は立ち上がり、机を蹴って白井の方に詰め寄った。スーツを着た男性が3人がかりで佑太郎を制し、再び席に着かせた。
「そう思う気持ちは分かります。だが、我々としてはこの研修、成功だと思っています」
「なんだと?」
「実は先程の『学級左遷会議』、また日常生活を見させてもらっていたんです」
 白井は黒板のやや上部に埋め込まれたカメラを指差した。そして、スマホに写されたクラスの映像を私たちに見せている。それを見て、クラスがまたざわざわしてきた。先生の驚いた表情を見る限り、先生でさえも知らされていないのだろう。
「今回、1週間に1人左遷させるという厳しい設定にさせていただきました。理由は、君たちの人間性の部分を炙り出したかったからです。これが始まってから君たちは、周りの目を極端に気にするようになった。何も意見を言えなくなっていた。私たちは、そこに問題があると考えているんです。同じ組織で共存する限り、確かに協調性は大事なこと。しかし、協調性を極端に意識してしまうと、大事なところで意見を言えなかったり、議論をして正しい方向に向かうことができなくなってしまう。これからは発言力とか発想力とかがより求められる世の中になります。君たちにはその力を持って素晴らしい世の中を作り上げていってほしいと思っているのです」
 白井は周囲を見渡してペットボトルの水を少し含んだ。
「他にもいろんな一面が垣間見えました。先程から意見を言ってくれる君が佑太郎君ですね?彼の顔色を窺ってしまうとか、チームを組んで1人を左遷させるとか」
 春海や善行が気まずそうな表情をしている。しかし、白井は私たちが感じていたことを代弁してくれている感じがする。
「そんなことは社会に出ると残念ながらどこにでもあることです。ですが君たちにはそんな人間になって欲しくないのです。先程大澤先生が仰っていたように、負の感情を、うまくエネルギーに変える。そんな人間になって欲しいのです」
「おたくらの思いは分かった。でも、それでもこのゲームをやってよかったって思える根拠は何だ?」
 白井はこの質問を待っていたかのように微笑んだ。
「答えは先程の『学級左遷会議』が全てです。君たちは過去の過ちを反省することができた。この研修を終わらせるために自ら考え行動を起こし、そして自らを反省をしたのです。これが中々できることではない」
 賛辞の言葉として受け取って間違いないだろう。白井は時計をチラッと見て、話の締めにかかった。
「改めて私から皆さんにお伝えします。みなさんはきちんと研修を修了しました。これからはクラスのみんなで楽しい学校生活を送ってください。あ、左遷された人たちは私たちが責任を持って預かっています。明日からはみなさんと一緒に勉学に励んでいただきます。ですので安心してください」
 クラス中に安堵の空気が流れた。春海は気まずそうにしながらも、「よかった」という表情をしている。
「責任感が強い善行君、物怖じしない佑太郎君。この2人を始め、みな個性をもっています。周りの評価を恐れずに、残りの学生生活を思いっきりエンジョイしてください」
 白井は一礼をして、笑顔のまま教室を出て行った。スーツの3人も後に続いた。
「なんだか、大丈夫っぽいな」
 大澤先生が私たちの顔を見て胸を撫で下ろしている。もう少しで19時を回ろうとしている。この時間の教室の雰囲気は聖域のような感じが漂っている。
「もう遅いから、終わりにしよう。また明日、気を付けて帰るように」
「よしっ」と一言助走を付けた後、先生は善行に目をやった。善行は頷いた。これでやっと解放される。そう思うと感極まってしまう。先生はなるべくいつも通りのトーンで言った。
「委員長号令」
「起立、礼、着席」
 
 続々と帰って教室が寂しくなる中、春海が1人ポツンと席に座っている。私と藍美、聡の3人と春海が1人。春海は机を見ながらボソッと呟いた。
「結局、このクラスに必要がないのは私かもしれないね」
 私と藍美が返す言葉を探す中、聡が春海の方に歩み寄った。
「ゲームセンター行こう」
 聡は真っ直ぐに春海を見ている。こんなに真剣な顔を見るのは初めてかもしれない。
「私・・・」
 体育館裏でのことを思い出したのか、聡に申し訳ない気持ちで何も言えないのだろう。泣きそうな春海に聡はもう一度言った。
「ゲームセンター行こう」
「そうそう!時間もないから30分一本勝負ね!」
 私は2人の間を取り持った。春海に対しての嫌悪感はすでにどこかに消え去っていた。夏実や佑太郎のときもそうだが、話してみないとその人のことが分からないからだ。私は春海のことももっと知りたいと思うようになっていた。
「うん・・・」
 春海が席を立つと、藍美が教室の電気を消して暗闇の廊下を歩いた。すると聡が後ろから「わあ!」っと脅かしてきた。本当に怖かったので、私たち3人は一斉に驚いた。そして顔を見合わせると、自然と笑顔になっていた。
「聡、あんた次投票するよ」
 藍美が冗談ぽく怒っている。
「藍美、私協力するよ」
 春海のまさかの一言に、私は吹き出してしまった。失敗を笑いに変えることで、距離がグッと近くになった気がした。
「勘弁してよー」と聡が叫ぶ中、私たちはゲームセンターに向かった。
 
 その日はいつも以上にメダルが出てきた。まるで研修をクリアしたことやクラスメートが戻ってくることを祝っているかのように。
「春海、夏実が戻ってきたら、やるべきことあるでしょ?」
 私はゲームの機械を見つめる春海に言った。
「うん。私、夏実にちゃんと謝るよ。私佑太郎のことが好きで。それで嫉妬していたの。でも私なんかじゃ佑太郎は振り向いてくれないなって諦めたんだけどね」
 春海の告白に、私は色々と安心をしていた。
「これからはみんなで一緒に楽しく過ごしていきたいね」
 藍美が春海にそう言うと、聡が慌ただしそうな様子で言った。
「ねえみんな!あと1枚入るとスペシャルボーナスだよ!」
「え!あとメダルは何枚あるの?」
 春海が興奮して聡が持つ箱を覗き込んでいる。
「あと一枚!」
「聡、大事にね!」
 私も夢中で機械に張り付いた。
 聡はこれまでになく緊張で手が震えている。ここで大当たりを取ったら聡のことを見直そうと心に決めた瞬間、私の横から藍美がひょっこりと出てきた。
「もーらいっ!こういうのはね、思いっきり入れたほうがいいんだよっ!」
「ちょっと!何してんの!」
 春海を先頭に3人がズッコケる中、藍美がメダルを勢いよく機械に入れた。メダルは銀色の台上をコロコロと転がっている。
 
 
 私たちは4人で、そのメダルの行く末を見守った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み