にじゅうきゅう

文字数 2,200文字

「僕は自分よりも勉強ができる博に嫉妬していた。同じクラスになって博のテストの点数を知ってから、ライバル心を持つようになったんだ。次のテストではもっと良い点数を取ってやろうってね。でも今までで一度も勝ったことがないんだ。どんなに努力しても、どうしても勝つことができなかった。ライバル心はいつしか嫉妬になって、さらには憎しみに変わっていった」
 善行はポケットからハンカチを取り、右手で額の汗を拭っている。そして大きく一息ついた後、教卓に手を置いて周りを見渡した。
「だから春海に言って、博に票が集まるようにお願いをしたんだ」
 春海の取り巻きは少し意外そうな顔をしている。恐らく彼女らも春海に言われるがまま投票をしたのかもしれないが、その裏に善行がいることは聞かされていなかったのだろう。
 両手の拳を握って震える善行に、先生はそっと言葉をかけた。
「『嫉妬』は、人間であれば誰しもが胸に秘めている感情だ。この感情を無くすことは不可能だし、自分の意のままに無くせるようなものではないんだ。だから、善行が博にそういった感情を持ってしまうことは仕方ないことだと思うんだ」
 善行は申し訳なさそうに先生の顔を見ている。その思いを汲み取った上で、先生はさらに続けた。
「問題はこういった感情に直面したときに、どういった対応をするかが重要になってくる。善行の例で言うと、博に投票するのではなくて、違うところにエネルギーをぶつけるんだ。もっと勉強を頑張るとか、勉強以外のことに力を注ぐとか・・・な。要はこの感情にどう付き合っていくかってことだ」
 先生は善行の肩にポンと手を置いて、椅子に座るように促した。そして先生は、改まって私たちに話し出した。
「善行以外にも、こういった感情を持った人がいるかもしれないな。ここで何かを発言する必要はないが、自分の日頃の行動を見つめ直してみてくれ。こうして偉そうなことを言ってしまっているが、先生も反省するようにするから」
 落ち着いた声の中に、当初の大澤先生の『熱血さ』が感じられる。本当は先生自身もこういったことを私たちに教えたくて、教師を志したのかもしれない。
「先生もな、この恒例行事が始まると聞いて、最初はなんて酷なものかと思った。でもな、クラスで不要な人がいなくなっていくことで、我々教師の手間が省けていいと思ったのも事実なんだ。これを聞いてどう受け取るかは自由だが、教師である以上、そういった感情を抱くべきではなかったと反省している。でもな、先生になってまだ2年目の新米だし、みんなと一緒に成長していきたいと思うようになったんだ」
「なんか・・・ずっとモヤモヤしていたものがスーッといなくなった気分です」
 藍美の言葉に私は自然と頷いていた。こういった修羅場を抜けたからこそクラスが良くなっていく。そういった意味では、このゲームをして良かったのかもしれない。
「ここで話していても、肝心なゲームの主催者が判断しないことには、このゲームを終わらせることはできないんですよね・・・」
 善行の心配を受け止めるように、先生は言った。
「それは先生に任せてくれ。先生としてもこれを早く終わらせたい。左遷させられた人のことも気になるからな・・・」
 先生は外の景色をチラッと見た後、時計を見た。18時を過ぎており、夕日はすっかり地平線の超えて沈んでしまっている。
「よし、今日はもう遅いから、会議はこのあたりでお開きにしたいと思う」
 善行に号令を命じる直前に、教室の後ろのドアがガラガラっと勢い良く開いた。真っ黒なスーツを着た男性が3人、教室に入ってきた。
 
 全員30代中盤くらいであろうか。キリッとした表情でクラス中を見渡している。30人ほどのクラスが誰一人として口を開くことができず、たった3人の男たちに圧倒されている。
「な、何ですかあなたたちは・・・」
 先生が恐る恐る口を開くと、さらに1人、教室に入ってきた。すでに教室の中にいる3人とは異なり、白髪に覆われた年配の男性だ。60代中盤くらいに見える。
「大澤先生・・・でしたな?」
 物腰柔らかい口ぶりで、教卓の方に歩き出した。
「・・・ええ。あなたは・・・あなたたちは一体何なんですか?」
 先生の不安は拭えていないようだ。
「これは失礼。私は白井と申します。教育研修センターの者です」
「教育研修センター?」
「はい。教育委員会の方・・・ということですか?」
 先生の問いかけに対して、白井は首を2度横に振った。
「いえ・・・私たちの組織のことを少し説明しなければなりませんね」
 白井はそのまま教卓の前に立った。先生は白井にその場所を譲り、教室のドアの近くに身を置いた。
「えー・・・改めましてこんにちは。これから私たちについて少し知っていただきたく、このクラスに足を運ばせていただきました。そんなに強張らないで、リラックスして聞いてもらえるとありがたい」
 白井は柔和な表情を浮かべながら、私たちの心を落ち着かせた。
「私たちの組織は、この県の行政によって作られた教育機関です。この国がさらに良くなるかどうかは、将来の日本を背負うみなさんにかかっています。みなさんに価値ある人間になってもらうように、私たちは日々活動しています」
「活動って・・・具体的に何ですか?」
 善行がいてもたってもいられない様子で質問をした。白井は、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべている。
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