にじゅうよん

文字数 3,481文字

「よーう、なに、やってんだ?」
「佑太郎・・・」
 聡が少し乱れてしまった制服を直しながら、声がした方を振り向いた。春海は佑太郎の方を一瞬見て、ハッという顔をして目を背けてしまっている。
「何やってんだよ、聡。なんか穏やかな感じじゃないけど」
「・・・」
 黙り込んだ聡を横目に、質問の矢は春海に飛んだ。
「春海、聡がどうかしたか?」
「いや、ちょっと勉強のことで分からないことがあって・・・」
 春海は思いついたように言葉を並べ、おどおどし始めた。
「勉強を教えてもらうならもっと他にいるだろうが。善行とか」
「そうだよね!聞く人を間違っちゃったみたい」
 その場を去ろうとする春海を片手でスッと止めに入って続けた。
「次は聡に消えてもらうって、どういうことだ?」
「聞いていたのね・・・」
「一体どういうことなんだよ!」
 佑太郎の怒声にその場の空気が張り詰めた。いてもたってもいられなくなり、私は壁の後ろから飛び出した。
「全部私が悪いの!」
 飛び出したはいいものの、次に何を説明するかは頭が空っぽで出てこなかった。
「柚季・・・やっぱりあなただったのね」
 そう言って、春海はその場から走り去ってしまった。
「全部、見てたの?」
 聡が不安そうな顔でこちらを見ている。
「うん、全部見てた」
 聡の問いに対して、藍美も小走りでこちらに加わってきた。
「一体どういうことなんだよ」
 佑太郎は神妙な表情で首を傾げている。それよりも、なぜここに佑太郎がこの場所にいるかということが私たちにとっての疑問だ。
「ここじゃあなんだから、場所を移そう」
 聡が私たちの間を取り持つように言った。
「どうせ、あそこにでも行くんでしょ」
「ビンゴ!」
 少し話しただけで、先程の緊迫した雰囲気が和んだような気がした。聡の一言で、ひとまず移動することになった。佑太郎といるのをなんとなく周りに気付かれることに気が引けたので、私たち4人は裏門から出ることにした。
 
「これからどこに行くつもりなんだ?」
「いいからいいから!」と藍美が佑太郎の腕を掴んで先導した。見慣れたゲームセンターに到着すると、佑太郎は「ここか・・・」と呟いた。
 中に入ると、小学生たちが聡を待ち侘びていた。
「聡兄ちゃん!」
 その内の1人が、聡の元に駆け寄った。相変わらず慕われている様子だ。そしてその少年は私たちの方に目をやった。
「兄ちゃん・・・」
 私たちの視線は佑太郎に注がれた。
「おう、今日もここで遊んでるのか」
 佑太郎がその少年の頭をポンポンと叩いた。頭の上にクエスチョンを掲げる私たちに、佑太郎は説明した。
「ああ・・・こいつ、俺の弟なんだ」
 聡も知らなかったようで、「えっ!?」というリアクションをしている。そんな聡を見てフッと笑みを浮かべ、さらに続けた。
「俺はおまえが弟と遊んでくれていたのは前から知っていたぜ。弟が家で聡のことよく口にしていたからな。『聡兄ちゃん』って。ある日気になってこのゲームセンターにコッソリ来てみたんだ。そしたらまさかのお前だったってことさ」
 佑太郎の弟は、同じ小学生の友達と一緒にUFOキャッチャーをしに1階に降りて行った。その姿を確認してから、佑太郎はゆっくりとメダルコーナーにある椅子に腰を掛けた。
「うちは家庭環境が複雑で、金銭的にちょっと不自由しててな。服も基本的には俺のお下がりだし、給食費を払うのもギリギリだったんだ」
「そうだったんだ・・・色々あるんだね。あと、弟くんがいるのも、全然知らなかった」
 藍美が佑太郎の方をまじまじと見て言った。藍美と、私そして聡は同じ小学校であるが、佑太郎とは別の小学校出身のため分からないのも当然だった。
「こんな状況だからっていうのもあってか、弟はクラスの友達と馴染めずにいたんだ。いつ頃だったか、毎日顔に傷を付けて帰ったり、物が壊されていたりしているのに気付いてな。そのときになんとなく思ったんだ。多分いじめられているんだ、ってね」
 佑太郎の弟がいじめられる、というのが信じられなく、私たちは静かに顔を見合わせた。
「兄として助けてやらないといけないって思ってさ。俺がその友達にガツンと言ってやるって弟に言ったことがあるんだけど、首を横に振るばかりで・・・。確かに弟の問題に兄が出ていくのも正直どうかと思う気持ちもあった」
 佑太郎は席を立ち、聡の方に一歩ずつ近づいた。
「夏休みの頃だったろうか、弟が心配になって、出かける弟の後をつけたんだ。そうしたら道端で友達にちょっかい出されているのを見つけてな。すぐに割って入ろうと思ったら、1人の男が止めに入ってね・・・聡、お前だったよ」
「ハハッ。よく覚えてるよ」
 聡は恥ずかしさを隠そうと、頭を掻きながら遠くを見ている。
「でも、あの佑太郎の弟だったなんて知らなかったよ」
 聡の様子を見ていると、今の今までその事実を知らなかったようだ。
「聡には俺なりに感謝しててな。あいつ、友達いなくて家でつまんなそうにしていたからさ。だからと言って俺に懐く訳でもない。正直どうしたらいいか分からなかった」
 佑太郎が天を仰いで過去を振り返っている。
「それで聡が現れたって訳ね」
 藍美が大きく何度か頷いている。佑太郎は軽く1度頷いて、聡の方を見た。
「そういうことだ。あの時のおまえはカッコよかったぜ。何も言わずに弟たちの方に歩み寄って、『そんなことしてないで、みんなで遊ぼうよ』ってな。みんなをこのゲーセンに連れてきて巻き込んだんだ。おまえは決して力で押さえつけるようなことはしなかった。小学生どもは、最初は戸惑いがあったようだが、最終的にはみんな楽しそうにしていた」
 佑太郎は聡の方をポンと叩いて笑みを浮かべていた。
 私には、敢えて権力者になって夏実を助けた佑太郎と、周りを楽しませて佑太郎の弟を助けた聡。どちらもいじめられっ子を救ったヒーローといったところだろうか。形は違えど、両者ともカッコよく見えた。
「まあちょっと、ゲーム代を多めに払うっていうことで、お金の力を使っちゃったところがあったけどね」
 聡は財布をチラチラっと見せて微笑んでいる。
「そういえばさっき、春海に詰め寄られてたけど・・・大丈夫だった?」
 私は単刀直入に本題に入った。藍美も少し不安そうな目で聡を見ている。
「うん・・・柚季も聞いていたと思うけれど、やっぱりあのメモのことだね。凄い剣幕で責め立てられた」
聡は笑い飛ばしていたものの、その目の奥に余裕はなかった。そうなってしまうのも無理はないだろう。次の投票で自分自身が消されてしまうことを考えると、不安になる気持ちは分かる。左遷されるのは毎週1人なので、今まではなんとなく『自分は大丈夫だろう』という変な自信もあった。しかし、『次は自分が投票される』という現実を突きつけられたものには堪ったものではない。クラスの人数が減ってきている今、聡を含め私たちも、段々と『自分事化』してきている。
「でも、佑太郎はなぜあの場面で聡を助けたの?下手したら自分が嫌われるかもしれないっていう気持ちにはならなかったの?」
 私が言おうとしていたことを、藍美が代弁してくれた。
「別に、そんなことはどうでもいい。俺の弟を救ってくれた聡に、損をしてほしくないだけだ。俺が左遷させられようが、そんなものはどうでもいいんだよ。ところで、『あのメモ』っていうのは何だ?」
 佑太郎が疑問に思うのは仕方がないだろう。全員が目を見合わせたが、メモを渡した私が答えるのが筋なので、恐る恐る真実を口にした。
「あれは、私が聡に・・・」
「柚季が?一体どんなことを書いたんだ?」
「『春海に投票して』って・・・」
「春海に投票?あれ、おまえらって仲悪かったっけか?」
 夏実のことを言おうとしたが、私の方から言うのも野暮に感じたので「別に仲は悪くないけど・・・」というのが精一杯だった。これ以上訊かれたくないと思ったところで藍美が留めを一撃、私に見舞った。
「確かにずっと気になってたんだけど、何で春海に票を入れたがっていたの?柚季って別に仲が悪い人とかいないよね。一体何があったの?」
「最近夏実と仲良くなってね。夏実と春海、一見すごく仲が良さそうだったじゃない?でも最近うまくいっていないらしくて・・・だから春海に投票するようにあのメモを書いたの」
『夏実が佑太郎のことが好きだ』ということは、敢えて触れなかった。なぜなら私が代わりに言ってしまうと、自分で想いを付けると心に決めた夏実を裏切ってしまうように思えたからだ。少々強引であったかもしれないが、なるべく抽象的な理由で逃れることにした。
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