きゅう

文字数 3,196文字

 儀式の時間がやってきた。銀色の機械に出席番号を手にして、すぐに番号を入力した。結果がどうあれ、1週間が終了した安堵感で疲労が一気に肩にのしかかる瞬間だ。ここで足掻いても仕方がない。運命に身を任せようと半分諦めの気持ちがあるからこそ、金曜日はそこまでナーバスにはなりにくいのかもしれない。その重りを取り払うかのように、歩み寄ってきた藍美が凛と微笑んだ。
 
 校門を出て、私たちの足はいつもの場所に向かっていた。目的地については一切触れないが、毎週の恒例行事を体が覚えている。いつものようにゲームセンターに到着すると、既に聡が小学生と戯れていた。
 私たちがいつものようにメダルゲームをしていると、聡の方から声を掛けてきた。
「やあ、今日もやっぱりいたんだ」
 表情はやや晴れやかだった。このクラスの生活にも慣れてきたのか、かつてのように強張った表情を見せなくなった。私たちは聡にとって、ゲームセンターとクラスの架け橋といったところだろうか。聡のためになっているような気がして、少し嬉しかった。小学生たちもそれを悟ってか、早めにゲームセンターを出た。それをなんとも思っていないのか、早歩きで私たちの元へ歩を進めていった。
「聡ぃ、何して遊ぶ?」
 応えるように藍美が首を斜めにした。聡はメダル落としゲームを指差し、長椅子に3人で詰めて座った。この日はいつも以上にメダルが落ちてきて、気付けば小さな箱から溢れ出るほどのメダルが溜まっていた。
「なんかさ・・・」ガラスの向こう側を見つめながら聡が口を開いた。
「ここまで僕がクラスに残っているのが不思議なんだ。僕の居場所なんて、ここしかないと思ってた。それなのにクラスに残っている。目立たないけど、みんなから必要とされているような気がするんだ」
 穏やかな表情の聡を横目に、私たちの頰も自然と緩んだ。聡の言っていることは、半分は当たっている。
「確かにそうだよね。そうやって思えることってステキなことだよね」
 私は自然と藍美に同意を求めていた。藍美も同じ様に思ったのか、「うんっ」と笑顔で頷いていた。
 確かに必要とされる人は『積極的に』選ばれることが無くなる。頭の中にある投票するリストから自然と除外されているのだ。しかし、『消去法で』選ばれない場合もある。それは不必要ではないというだけで、必要とされている訳ではない。確かに、クラス内に不必要な人がいる限り、静かにしていれば投票されない。しかし、目立たないようにしているだけでは、このゲームを乗り切ることができない。それを実感するのはもう少し後のことだろう。聡が投票されずに残っているのがどちらなのかは現時点では知る由もない。私たちは、聡が投じたメダルの行方を暫く目で追っていた。
 
 いつもの様に月曜日がやってきた。秋が少しずつ定着するにつれ、涼しい朝の空気が人々を包み込んでいる。私は変わらず通学路を歩いて学校に向かっている。教室のドアを開け、いつも通り席に着いた。チャイムと同時に、大澤先生が勢い良くドアを開けた。いつも通りに善行が号令を掛け、いつも通りに先生が話をした。後ろの席を見渡さずとも、暁生がいないことは分かっていた。今後、佑太郎という絶対的君主の機嫌を損ねないためには仕方ない選択なのかもしれない。暁生は決して意地悪な生徒ではなかった。むしろ仲良くしている生徒も何人かいるくらいだった。それでも、誰か1人を選ばなければいけないのだ。クラス中に驚きはなかった。きっと、予想がついていたのだろう。善行もすっかり慣れてきた様子で、普段通りに号令を掛け授業の準備に入っている。
「自分の存在感を消す」、「余計なことはしない」と、みんなが必要以上に慎重になっている。今までと少し変わってきたのは、何かを決めるときや意見を求められるときなど、クラスの雰囲気が異様な静けさに包まれることがあることだ。
 
 それから2日経った国語の授業で模試の結果が返された。出席番号順で名前を呼ばれ、1人1人返された。すると1人だけ、「がんばったな」と先生に言われた生徒がいた。博だった。博はクラスでトップの成績を取り続けている。博は「ありがとうございます」とペコリと頭を下げて席に着いた。春海と夏実が眉毛を少し上げて目配せをしていた。隆志が「やるねえ」と茶々を入れて、クラスの中で「おー」という歓声が少しだけ起こった。全ての結果を配り終わった後、大澤先生が口を開いた。
「えー、おまえらはまだ他人事かもしれんが、受験なんてあっという間に迎えるんだぞ。他人のテストの結果で一喜一憂してないで、自分のこともちゃんとするんだぞ。社会に出たら食うか食われるかだ。幸せに暮らしたいなら、今から少しずつでも勉強しておくように」
 それを聞いた佑太郎が溜息をついて言った。
「俺らにこんなことさせといてよ。何が勉強に集中しろだよ」
 佑太郎は恐れられる存在ではあるが、的確なことを言うときもある。難しい言葉を使う大人よりもストレートに受け止められるため、納得感に繋がりやすい。
「まあ、そうだな。こういった条件の下では集中し辛い気持ちは分かる。しかしな、こういう試練を乗り越えてこそ―――」
 返す言葉がないので無理やり精神論に繋げているのだろう。論点をずらして無理やり正当化しようとする先生の言葉よりも、佑太郎の言葉の方がよっぽどしっくりくる。先生はまだ私たちに何かを説いていたが、あまり頭に入ってこなかった。
 給食を食べた後、私は教室で藍美や善行と話していた。昼休みは何となく気持ちが緩み、心を許せる友達と過ごすことが多かった。何気ない話をしていると、善行が意外にもアイドルの話をしてきた。
「しかし昨日のマナカちゃんは可愛かったなー」
 頬杖を付いて斜め上を見ながら浸っていた。毎週火曜日深夜2時の『イチジク♡SEVEN』の次の日は、クラスの男子がこぞって話題にする。しかし、善行が口にするのは意外だった。
「え、善行ってアイドルとか興味あるの?」
 藍美が目を丸くして訊いた。
「うんうん、そんなイメージなかったから」
 気付けば私も思わず身を乗り出して乗っかっていた。
「最初は勉強の合間、というか休憩がてらボーッとテレビを観てたらやってたくらいなんだ。でも、気付いたら毎週のように観るようになって、今では楽しみの1つだよ」
 笑顔で続ける善行だったが、私には少し引っかかった。
「善行、いつもそんな時間まで勉強してるの?」
 藍美が代弁してくれた。なんとなく予想はできるが、みんなに隠れて勉強をしている善行には感心させられるばかりだ。同時にアイドルが好きという一面も垣間見ることもできた。聡のときもそうだが、人の内面を知ることができるのはとても興味深く、精神的な距離が一歩近づいた感じがして嬉しい。
「一応ね、学級委員長として恥ずかしくないようにクラスでトップの方にはいないとなーとか思っちゃったりしてね」
 善行は少し照れた様子で続けた。
「本当はトップじゃないといけないんだけど、僕はまだまだだよ。博なんかの方が勉強できるだろうし」
 善行は先程とは打って変わって少し俯き始めた。その横から「まじで!?」という声が聞こえた。声の主は夏実だった。
「うん、マジマジ。高校は推薦で行きたいなって。まあ、私じゃ無理だけどね」
 どうやら夏実と春海で進路のことについて話しているのだろう。身体を机に突っ伏して頬杖を付きながら春海がフッと笑っていた。顔は真っ直ぐ前を見ていたが、善行は微動ながら頷いていた。善行が頷く理由はなんとなく分かるが、春海がそんなことを思っていることは私にとっては意外だった。春海は夏実に流されて何となく日常を過ごしていると思ったからだ。夏実の驚いた顔を見て、私も同じ気持ちになっていた。
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