ろく

文字数 2,640文字

 その後クラスでは特に目立ったことがなく、金曜日のホームルームを迎えた。始まりのチャイムと同時に、勢い良く大澤先生が入ってきた。
「はい、今週もお疲れ様。早速だが2回目の投票を行いたいと思う」
 先生は教室に入るや否や、例の機械を配り始めた。それを受け取った私たちは、黙々と出席番号を入力する。後ろを振り返る生徒が先週よりも少ないのは、恐らく既に心に決めているからなのであろう。普段仲良い雰囲気で話していても、裏では投票の対象と思われているのかもしれない。そんなことを考えると、他人の気持ちを信じることができなくなってしまっていた。
 ホームルームが終わり、藍美が私のもとに駆け寄ってきた。
「ねえ、今日も遊びに行かない?」
 待ってましたという顔が出てしまったかもしれないが、「仕方ないなー」と言ってカバンを手に取った。そしてゲームセンターで放課後の時間を過ごすことにした。

 今日はプリクラの機械を通り過ぎて、一直線に3階のメダルコーナーに向かった。メダルをガサガサと手に取りながらポーカーのゲームを藍美としていたら、いつものように聡が遊んでいるのが目に入った。彼は小学生たちと戯れていたが、私たちのことを見つけた途端に1人で近付いてきた。
「お疲れ様。やっぱりいた」
 聡はぎこちないながら笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「やっぱりってなによ。こっちの台詞だよね、柚季」
「ほんとほんと、でも・・・なんかホッとするかも」
 息苦しいクラスから解放された週末の一時。ここでは他人を評価する必要も無ければ、されることもないと信じている。誰か1人を選ぶなんていう下らないことをしなくてもいい空間。あっという間に時間は夜の8時を過ぎていた。聡が持っていた最後の一枚のメダルを3人揃って見届けた。スロットの「7」が真ん中に2つ揃ったが、最後の列は外してしまった。気付けば3人で「あーっ・・・」と悔しがっていた。
 一息ついて聡が「帰ろっか」と言ってきた。私たちは顔を見合わせて、「うんっ!」と返事をした。帰り道は3人でメダルゲームをあーだこーだ言って反省会をしながら道を歩く。私たちの家の近くまで、聡は延々とゲームの話をしている。今までどれだけこれに時間を費やしたのかは分からないが、大事な趣味なのだろう。ゲームに対する熱意に押され、途中から聡の話に頷いたり感心したりするのが大半になっていた。
 そんな私たちを見送るように、夜空には幾つかの星が瞬いていた。

「・・・柚季、起きなさい」
 母の声に、瞼の裏から太陽の光が感じられた。何よりも息を飲む月曜日。学校に行けば結果発表が待っているのだ。寝起きの悪い私は眠い目を擦りながら1階に降り、朝食を素早く取った。そしてすぐに着替えて小走りで学校に急いだ。平日の朝は毎朝忙しないが、中でも月曜日は気持ちがソワソワする。一体誰がいなくなっているのか、どうしても気になってしまうのだ。

 教室の前で一呼吸置き、ガラッとドアを開けた。少し早く着いたため、来ている人の方が少なかった。ゆっくりと席に着いて本を読んでいると、後ろから声がした。
「おっはよーっ!」
 私は振り返らずとも安心した。今週もまた、この声が聞ける。藍美がいなくなってしまうと、私はこのクラスにいる意味などない。そのため月曜日はまず、藍美の声を聞いて安心をしたいのである。藍美と話していると、いつの間にかチャイムが鳴り出した。そしていつものように勢い良く大澤先生が教室に入って来た。
「はい、じゃあ委員長号令」
「起立、礼、着席」
 先生は「えー・・・」と一拍置いてから話し始めた。
「みんなおはよう。見ての通り今週も1人減ってしまったが、しっかりとした生活を送るように。後は、今週は特にないもないな、以上」
 その声のトーンからは、教室に入ってくるときの勢いが微塵も感じられなかった。機嫌でも悪いのか、どこか事務的な感じがした。
 まさかと思い背後を振り返ると、奈美の席が空席になっていた。その事実を飲み込むのに少し時間がかかった。問題を起こすどころか、優等生の奈美であったからだ。先週の出来事を回顧したが、宿題の件で発言したことを思い出した。しかし、良かれと思ってのことだ。なぜ奈美が消えなければならないのか。一人考え始めたときに、あまりにも虚しく、悲しい結論にぶつかった。恐らくこのゲームの本質は、「悪いことをしてはいけない」のではない。「目立ってはいけない」のだ。良いことなのか悪いことなのかは周囲が決めることであって、自分が決めることではない。みんなにとって「良いこと」って?みんなに「必要とされる」って?それは自分が所属するこのクラスのみんなに聞いてみないと分からない。感じ方はみんな、人それぞれなのだ。
 つまり奈美が提案した毎週のミニテストは、奈美にとって良くても、クラスのみんなにとっては良くないことということが証明されたのだ。
「起立、礼、着席」
 善行は自ずと号令を掛けて授業の準備を始めた。藍美が善行のもとに寄ってきたものの、何も言わずに、いや、何も言えずに立ち尽くしている。善行は手に持った教科書を見ながら静かに口を開いた。
「一体このゲームは何の目的があるのか全く分からない。奈美はみんなのためを思って、先週ああいう発言をしたんだろう?それなのにこういう形になってしまった」
 藍美は返事もせずに黙って聞いていた。善行はため息を1つついて続けた。
「僕だって最初は合理的だと思ったよ。クラスの和を乱す人が居なくなったら、クラスは良くなると最初は思ってた。でも奈美みたいな子がいなくなってしまうのは・・・なんて言うんだろう、おかしいことだと思うよ」
 委員長という立場だからこその発言だろう。善行の性格上、クラスのことを考えているに違いない。普段、こんなに強い口調で話すことのない善行に対して藍美と私は何も言えず、チャイムの音と同時に席に戻った。
 1時間目は大澤先生の国語。先生はいつものように「委員長号令」と言い、善行はいつものように「起立、礼、着席」と号令をかけた。
 私は善行が言ったことは「正しい」と思った。しかし、そんな形容詞などは人の感情の上でしか成り立たない虚しいものであるのかもしれない。
 6時間目の授業が終わり、教科書をカバンの中に入れて帰る準備をした。今日一日、授業の内容が全く頭に入らなかった。藍美が話しかけてきたが、1人で帰宅することにした。
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