にじゅういち

文字数 3,234文字

「佑太郎、結局来なかったね」
「うん・・・でも仕方ないよ。昨日の一件もあったからね。タイミングが悪かったんだよ。そもそも中学校に入学してまた同じクラスになれて、たくさんチャンスがあったのに想いを伝えられない私が悪かったんだよ。それを崖っぷちのタイミングになって想いを伝えようなんて、虫が良すぎるよね」
「夏実はさ、夏休みの宿題毎年いつに終わる?」
「どうしたの?急に」
 夏実が私の方を見ているのが分かったが、気にせず続けた。
「いつも計画表みたいなの作らされるじゃない。毎年、『今年は早く終わらせよう』って思って、7月末には宿題の全部が終わるの。予定では」
「まさか・・・柚季もそういうタイプ?」
 先程の表情から一転、笑みを浮かべている。
「そう、多分夏実と同じタイプ!8月末に終わるの」
「一緒だー!」
 ブランコの揺れが少しだけ大きくなっているような気がする。
「小さい課題はもちろんすぐに終わるんだけど、自由研究みたいな大きい課題はどうしても先延ばしにしちゃってね。結局、重大なことは先延ばしにしちゃうんだよね。だから夏実の今の気持ち、少し分かるような気がするな」
「うん・・・」
 夏実は大きく一度頷いた。
「でも・・・それでも佑太郎は来てくれなかった。神様に見放されちゃったのかなぁ、私・・・自分の気持ち、伝えたかったよ・・・」
 夏実の声は震えていた。私は夏実の方を見なかった。鼻水をすする音とともに小さな嗚咽を、ブランコの上から聞いていた。
「何を言ってるの!まだ左遷されるって決まった訳じゃないよ。来週どこかのタイミングで、ね?」
 太陽が段々と地平線に向かって沈んでいく。空は赤から黒にバトンタッチしようとしている。
「そうだ夏実、ちょっと来て!」
 気付いたら私は手を引っ張り、走り出していた。
 夏実は少し困惑していたが、途中から自分の足で走り始めた。段々と競争になり、気付くと私たちはたくさん笑っていた。
 
「着いたよ」
「着いたって、ここ、ゲームセンター?」
 夕暮れをバックに、1階のプリクラコーナーの光が瞬いている。私たちを迎え入れる準備は万端と言っているように見える。
「うん、いいから行こ行こ!」
 メダルコーナーに行くと、3人が和気あいあいとポーカーゲームをしていた。善行が「柚季!」と歩み寄ろうとすると、夏実の姿に気が付いたようだ。そして「あ・・・」とこちらに近づくのを躊躇った。
「ごめん・・・やっぱ私、帰るね」
 善行の話を聞いた次の日なので、夏実は善行が気まずそうにする理由がよく分かっている。空気を読んで出口に向かおうとした夏実の腕をがっちりと掴み、「いいから、遊ぼ」とメダル落としの機械の前に連れて行った。
「珍しい人がいる!はい、メダル」
 聡は気を利かせて夏実を輪の中に向かえ入れようとした。ゲームセンターでの聡は、まるで人が違うようにテキパキと動き回る。夏実も少し驚きを隠せていないようだ。
「聡、君だよね。そんな感じだったっけ?」
「夏実、やっぱりそう思うでしょ?私たちもびっくりしたんだよ。クラスでは全然喋らないくせに、この機械を前にすると性格が変わるの」
 私は夏実の肩の上にポンと右手を置いた。藍美もニヤついている。夏実は聡から手渡された緑色の箱からメダルを取って、機械のスティック部分にメダルを一枚ずつ入れ始めた。長めの椅子に3人でぎゅうぎゅうに座り、メダルの行方を追った。
 私と夏実に挟まれた聡が真ん中で何もできずにいたので、ややむくれていた。不憫に思ったので、席を代わってあげると嬉しそうにメダルを投入した。何度も思うが、楽しいとか、つまらないとかすぐに顔に出る単純な男なのだ。
 ガヤガヤとメダルゲームを楽しむ私たちを余所目に、善行が一人ポーカーをしていた。さっきから5枚のカードを全て交換している。何も考えていないのか、周りが早く、メダルの減りも早い。
 ややオーバーに盛り上がって気を引こうとするが、善行は一向にこちらを振り向こうとしない。
「善行、こっちおいでよ!もう少しでジャックポッド入るよー!」
 藍美も同じように善行の気を引こうとしている。
「ごめん、こっちもいいとこだから・・・」
 さっきから良い役が1つも当たっていないのは分かっていた。恐らく、夏実と同じ空間にいるのが辛いのだろう。その気持ちは痛いほど理解できる。その間私たちは、聡が買ったメダルを着実に増やしていた。
 20分ほど経ったあたりだろうか。とうとう善行のメダルが底を尽きたようだ。空になった緑の箱を右手に持ち、メダルを欲しそうにこちらにやってきた。善行を無理やりこちらに引き込むのはかわいそうな気がしていた。
 私は真ん中の席だったので、「善行これ・・・」と数十枚のメダルを手渡そうとした。すると善行が意を決したような表情で夏実の目の前に立った。
「夏実、僕・・・」
「もういいよ、いいから遊ぼっ」
 夏実の視線はゲームのモニターを向いていたが、心では善行の気持ちはすでにお見通しといった感じだった。
「う、うん」
 神妙な面持ちではあったが、善行もメダル落としをやりたがっていたので、私は聡を連れて隣の席に座った。強引ではあったが、夏実の隣に善行を座らせた。途中みんなの飲み物を買うために自動販売機の前に移動した。
 後ろから2人見ると、会話こそ無かったものの、善行が『ごめん』と素直に謝り、夏実が『いいよ』と許しているように見えた。
「柚季にも言ったんだけど、あたしね、佑太郎のことが好きだー!」
 ガチャガチャと渋滞する機械音に負けないように、夏実は叫んだ。突然の出来事に、私以外の3人は、鳩が豆鉄砲を食ったような状態でいる。少し経った後に、善行や藍美は「やっぱりね」という顔をしていたが、聡だけは「え、ホントに?」と驚いたままだった。
「いや、鈍すぎるでしょ!」
 藍美が椅子からズッコケていた。それを見て夏実は腹を抱えて笑っている。夏実にとってもこの場所はもう一つの居場所と感じたのかもしれない。いや、そう感じて欲しい。私がそう感じたように・・・。
 時間を忘れた頃に、私たちのメダルは底を尽いた。いつの間にか重くなってしまった腰を上げ、外に出た。
 
「みんな、今日はありがとう。本当に楽しかった。柚季、誘ってくれてありがとう」
「全然、大丈夫だよ!またおいで」
「あんたは誰目線なのよ」
 聡が逐一ふざけるので、これからも教育をする必要があるかもしれない。
「本当に楽しかったぁ。私は今まで春海としか一緒にいなかったから、みんながこんなに楽しくて優しい人たちだって分からなかった」
 私がそうであったように、今まで接していなかった人たちと接する楽しさや喜びを夏実も感じているのだろう。
 夏実は夜空を見上げている。「ちょっと眠くなってきちゃった」とあくびする仕草を見せた。本当は、涙がこぼれそうなのを自然に見せるためにわざとやっていることはみんな分かっていた。
「それは私も・・・私たちも一緒だよ。夏実と話してみて、こんなに話しやすいなんて、分からなかった。こんなに真っ直ぐな子なんだって、気付かなかった。」
「聡、藍美、本当にありがとう。善行は委員長としてプレッシャーで大変だと思うけど、クラスのことお願いね。柚季・・・短い間だったけど、色々と話せてよかった。柚季も好きな人が現れるといいね」
 夏実は涙を拭って凛と微笑んだ。
「ちょっと待ってよ!これで最後みたいな言い方は止めてよ。夏実にはまだやらなければならないことがあるじゃない!佑太郎に想いを伝えなきゃならないじゃない!」
 他人に対してこんなに熱い気持ちになったのは初めてかもしれない。
「そう、だったね・・・まだ諦めちゃダメだよねっ!もう遅いから、私は一足先に帰るね」
 先を歩く夏実に、「また・・・来週ね!」と藍美が明るく挨拶をした。
「また・・・来週」
 振り返った夏実は、何の混じりっ気のない笑顔を私たちに見せた。今までに見たことのない、とても綺麗な笑顔だった。
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