なな

文字数 1,790文字

 翌日、社会の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。佐々木先生が勢い良く教室に入ってきた。
「よーし授業始めるぞー!」
 教壇に立って最初に目がいったのは、奈美の席のようだった。佐々木先生は一瞬目を丸くしたが、平静を装って言った。
「今日は教科書68ページからの戦国時代からだな。」
 授業は淡々と進んでいった。いつものように笑いを取りながら板書をしている。終業のチャイムが鳴る10分前、佐々木先生は思い出したように口を開いた。
「そうだ、この前のテストの件、お前らどうする?この前あったように、毎週にするか?」
 みんな下を向いて俯いていた。テストをすることは決定しているが、週に1回は頻度が多すぎる。しかし、どのくらいの頻度で行うのかは分からない。自分の意見を言った場合、下手をしたら奈美のように消されるかもしれない。そんな思いから、みんな左右をキョロキョロ伺っている。
「どうした?お前らで決めていいぞ?」
 そんなみんなの心理を見透かしたように、佐々木先生は敢えて私たちに問いかけているように見えた。この期に及んだら、クラスの『民意』などどうでもよく、佐々木先生の『独裁的な』方針でよいとすら思えてきた。授業が終了する10分も前にこの話をしたのは、中々結論に至らない私たちの姿が容易に想像できたからであろう。私たちの味方であるはずの教師も、頭の良い大人であることに変わりはない。結局私たちは、彼等の掌の上で踊らされているのかもしれない。
「・・・」
 クラスの殆どが、教科書に目を移す。年号の覚え方を反復している訳でもなく、武将の名前を頭に叩き込んでいるわけでもない。誰かが何かを言うのを待っているのだ。
「どうした?何か意見はないのか?」
 佐々木先生は問いかけているように見せかけて、確実に煽っている。こういった状況をどのように打破するのか、お手並み拝見といったところだろうか。
「2週間に・・・1回がいいと思います」
 声を震わせるように善行が答えた。そして間髪入れず藍美が「賛成です」と言った。気付けば私も同じことを言っていた。善行がうまくバランスを取ったのだろうと感じ取り、私たちは意識的に追随した。
「他のみんなはどうだ?」
 夏実と春海は「いいと思いまーす」と言ったのをきっかけに、殆どは頷き、異論を唱える者はいなかった。自分の意見が無いのか、あるけれど言いたくないのか。『同調』というものは、それを分からなくさせる力がある。このように、『流されやすい』集団になったクラスは、うまく扱えば自分の手の中にできそうだ。
「よし、じゃあ隔週でテストを行う。少し間が空くからといって、復習を怠らないように」
 チャイムが鳴ると、みんな次の体育に備えて着替えをガサゴソと取り出している。そんな中、1人席について背中を震わせていたのは委員長だった。
「僕は、信念を曲げてしまった。奈美の意見を踏みいじるような答えを言ってしまった」
「大丈夫だよ!2週間に1度だったら、みんなも納得してくれると思うよ」
 善行の異変に気付いて寄ってきた藍美が、慰めるように言った。
「そういうことじゃない。本来なら、みんなに勉強してもらうために『週に1回』と提案すべきだったんだ。でも僕はクラスの雰囲気に飲まれて、『週に2回』と言ってしまった。奈美と同じ提案をしたら、自分が消されるかもって思ったんだ」
「みんな嫌われたくないって思うのは自然なことでしょう?それは委員長っていう立場でも一緒だと思うよ」
 藍美が優しくフォローした。
「藍美の言うように、嫌われたくないっていう気持ちで頭がいっぱいだったんだよ。委員長ってみんなを引っ張る立場なのは分かってる。でも時々自分がみんなを良い方向に引っ張ることができているかよりも、引っ張っている紐が切れていないかどうかの方が気になってしまった。結局、自分が消されたくないっていう私欲のために動いた。委員長失格だよ、僕は」
 私は、善行がこんなにも考えていることに驚いた。委員長の仕事は、毎日淡々と号令を掛け、何かを決めるときにくらい指揮を執るくらいかと思っていたからだ。それだけでは無いんだと感じたとき、善行の背中が切なく、尊く映った。
 善行が席を立ち上がった瞬間、鉛筆が床に転げ落ちた。私はそれをすぐに広い、善行に手渡した後更衣室に急いだ。
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