さん

文字数 2,905文字

 -2年前
 
「よし、じゃあ修学旅行の班を決めたいと思う。各自好きな人とグループを作ってくれ」
 当時は特別仲が良いクラスメートがおらず、好きな人と言われても困る私は、自分の席から動けずにいた。周りを見ると、1つ、また1つとグループができていた。これならもういっそのこと1人で楽しんでやろうかと心に誓ったそのとき、私の肩に手がポンと乗った。振り返ると、笑顔の藍美がそこにいた。
「ねえ、私と一緒の班にならない?」
「え、でも・・・」
 当時あまり話したことが無かったことので戸惑っていた。
「よし、じゃあ一緒の班ね!」
「う、うん・・・」
 私は藍美に半ば強制的に一緒の班にさせられた。班には男子2名も加わり、旅行当日を迎えた。計画通りに鎌倉のお寺や記念館を回っていたが、好奇心旺盛な藍美の一声で寄り道をすることも多かった。自由行動も終盤を迎えたところ、藍美が私の腕を引っ張ってきた。
「ど、どうしたの?」
「柚季、どうしても買いたいものがあるの」
「え、何を買いたいの?」
 私が訊くと、藍美は男子たちに先に集合場所に向かうように告げた。そして目を丸くして言った。
「この先にね、縁結びのお守りが売っているお土産屋さんがあるの。計画していた時からずっといきたくて。でも提案すると男子に反発されそうな気がして・・・」
 話を聞く限り、そのお土産屋は少し歩いたところにあった。藍美が言うように、限られた時間の中でその場所をルートに入れると男子からはブーイングが来ることが容易に想像できた。
「だからね、柚季と一緒に行こうって思ってたの。集合時間には間に合うようにするから。ね、いいでしょ?」
 藍美がどうしてもと懇願してきたので、断ることができなかった。私たちは2人、早歩きでその場所に向かった。古風で落ち着いた小町通りに沿ってひたすら歩を進めた。人が多いことやお土産屋さんの数が多くて判別に苦労したことが重なり、想定よりも時間がかかってしまった。20分くらい歩いたところで、藍美の足が止まった。
「着いたーっ!雑誌の写真よりもなんかこじんまりとしてかわいいお店」
 瓦の屋根の小さなお店で、昔ながらの雰囲気が漂っていた。中に入ると名産のお菓子とお守りコーナーの2つが並んでいた。
「これこれ!」
 藍美が手に取ったお守りは、細長い布が結んである形だった。当初あまり乗り気ではなかった私でも、一目見た瞬間に心を奪われた。
「かわいいー!ねえ藍美、一緒に買おう!」
 藍美は目を細めて頷いた。相当欲しかったのだろう。お揃いの赤い縁結びのお守りを握りしめ、レジへと向かった。
「これを持っていれば、きっと好きな人と結ばれるね!」
 当時の私は好きな人などいなかったのでイメージができなかったが、とりあえず「そうだねっ!」と首を縦に振った。
 結局私たちは時間を忘れて楽しんでいた。それだけでは飽き足らず、今度は私の提案で鳩サブレーやきんつばなどのお菓子を買いに他のお店に移動した。藍美は鎌倉名物だと言って喜んでいたが、私にとっては藍美がそばにいるだけで十分だった。初めて心通じる友ができた瞬間を、ずっと味わっていたいと思っていた。集合時間がとっくに過ぎているのはお互いに分かってはいたが、何も言わず私についてきてくれた。結局集合時間を2時間ほど過ぎ、先生にこっぴどく叱られた。でも、嬉しかった。小学校の最後に、一生忘れることのない思い出ができたのだ。
 これをきっかけに、私は藍美と過ごす時間が大幅に増えていった。中学2年になった今も変わっていない。
 
「よく撮れてるね!そうだ、メダルでもやろうか!」
 藍美はプリクラのシールを綺麗に2等分して私に差し出した。私は「うんっ」と返事をして、メダルゲームの待つ3階に登った。たっぷりある時間の中で忙しく動くのも悪くはない。2階は男子たちがやるような格闘や麻雀系のゲーム機がほとんどで、煙草の匂いが蔓延している。しかし今日に限っては、そんな匂いもまったく気にならなかった。3階に到達すると、点滅する鮮やかな光の中、ジャラジャラとメダル同士が接触する音に包まれている。私たちは両替機の方に足を運び、100円をメダルに替えた。似合わず競馬のゲームのところへ行こうとすると、どこかで見たことがあるような顔が目に入ってきた。
「あれ、ウチのクラスの聡じゃない?」
 藍美が耳元で言ってハッとした。言われてみると同じクラスにいたような気がする。口数が少なく内向的であるため、クラスではほとんど目立っていない。しかし目の前の聡は、小学生たちを引き連れ、手元にあるメダルを彼らに分け与えている。
「本当だ!なんかすごく楽しそうだね」
 小学生たちにメダルをせびられているのかと思ったが、よく見るとそういうわけでもなさそうだ。ポーカーや競馬ゲームでメダルをごっそり獲得し、小学生に分け与える姿は、完全に「メダルのお兄さん」と化していた。小学生たちはヒーローを見るような目で聡を囃し立て、聡もまんざらでもない顔をしている。
「聡の家、お金持ちだもんね。たくさんお金使えて楽しそうだけど、他に使い道無いのかな」
 藍美が羨ましげに呟いた。聡の家がお金持ちという事実を初めて知った。藍美がクラスメートの事情にどうして詳しいのかは謎だが、私は聡の気持ちを察した。
「聡、学校では目立たないけど、こうやって小学生のヒーローになっている時が楽しいんだよきっと。束の間の自尊心のためかも知れないけど、そんな使い道もあるのかなぁ」
 私がふと言ったのを受け、藍美は目を丸くして言った。
「なんか今の、大人っぽい」
 そんなやり取りをしている最中、私たちがメダルを落とすゲームの椅子に腰を掛けようとしたところで聡と目が合った。聡は顔を伏せ、先程までとは打って変わりよそよそしくなった。そして、1人の小学生に持っているメダルを全て渡して店を後にした。
 小学生たちはキョトンとしていたが、私たちの顔を見て、なんとなく悟ったようだ。聡は私たちを警戒したのだろう。揶揄われたり、余計なことを口にされたりしたら、ちびっ子たちの「ヒーロー」で居られなくなると思ったことによる行動なのかもしれない。
「あーあ、行っちゃったね・・・さぁ、メダル落とそっか」
 藍美は少し残念そうな顔をしていたが、すぐに表情をいつもの笑顔を戻した。それから3時間ちょっと、私たちはゲームに熱中した。二千円くらい使ったが、それ以上の価値はあった。明日を迎えたくない心境であるときほど、憎らしいほど時間が経つのは早い。この時間がずっと続けばいいのに・・・そんなことを思いながら、メダルを使い果たした後も私たちは機械を少し眺めていた。私が「そろそろ帰ろっか」と言い、2人で店を後にした。
 
「あー、帰りたくないな」
 藍美は両手を頭の後ろに回して組み、身体をくねらせながら歩いている。ファミレスを出たときは晴れ間が見えていたが、一転、一面に曇り空に覆われている。朝の時間帯よりも色濃いグレーになっている。なんとなく雨の匂いがしてきたので、私たちは「じゃあね」と挨拶をして足早に別れることにした。
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