じゅうご

文字数 2,737文字

「でも、それって本当にいいのかな」
 聡が顔を上げて「なんでそう思ったの?」と訊いた。
「私たちは夏実に何かをされたわけでもないし、理由もないのに投票して左遷させるなんて、なんか、かわいそうだよ」
「藍美、このゲーム自体理不尽なんだよ。理由が無くても、毎週誰か1人に投票をしなくてはならない。このゲームが続く限りね」
「分かってるけど・・・」
 藍美の声が心なしか震えているような気がした。善行も少し言い過ぎたと思ったのか、また少し黙り込んでしまった。
「あー、そもそも何なんだろうね、このゲーム」
 聡が両手を高く上げてノビをした。場を和ませようとしているのだろう。
「ホントだよね。一体何が目的なのか分からないよ」
 なんとなく私も同調したが場が思ったよりも和まなかったので、テーブルのレモンティーを一気に口をつけて「酸っぱーい」と言ってみた。
「柚季、それ、私のだよ」
「あ、ごめんごめん。そうだったっけ?」
「もーう、確信犯なんだから」
 少しだけ私たちの間に笑いが生まれた。この雰囲気のまま帰るのはあまり気が進まないので、もっとみんなで語りたいと思った。放課後に少人数で語るのは、「密会」みたいな感じで、こういった話をするのも不思議と悪くない。私は善行に純粋な疑問を投げかけた。
「善行、このゲームを通じてクラスって変わったと思う?」
 善行は「うーん」と相槌を打った。藍美と聡も上を向いて考える素振りを見せた。
「クラス内の統制が取れるようになったかな。みんな投票されまいと、授業を妨害しなくなったり、意地悪なことをする人が少なくなったとは思う」
「確かにそれはある」
 聡がうんうんと同調した。善行は聡の方を見ながら続けた。
「みんながみんなに嫌われるようなことをしなくなったから、勉強に集中できるような環境になったのかなあ」
 先程の確信から口調が推測に変わった。
「一見そうかもしれないね」
 藍美が意味ありげに発した。
「一見・・・って?」
 善行が目を丸くして藍美に問いかけた。
「蓋を開けてみれば、次は私が投票されるえんじゃないかっていつも怯えているだけ。確かに『良い子』でいれば投票されてしまう可能性は下がると思うよ。でも、結局選ぶのは人間なんだし、投票されてしまう可能性はゼロにはならない」
「確かにそうかもしれないね」
 善行は藍美の意見を尊重しながら目の前のカフェオレを口へと運んだ。
「つまりさ、今のクラスって外から見れば勉強に集中できるような環境に見えるかもしれない。でも実際、ほとんどは勉強に集中できていない。ただ、静かにしているだけ」
 藍美は探り探りではあるが、このゲームの本質を掴もうとしているのかもしれない。
「こんなこと言うのは変かもしれないかもしれないけど、善行は私たちの学級委員長だから投票されることは恐らくないんだよ。だから、自分が投票されることを気にしないで済む。だから勉強に集中できるんだよ」
 藍美の口調が徐々に強くなった。
「そんなことないよ。僕も心のどこかで怯えてる。でも、それを気にしても仕方ないんだよ」
「ご、ごめん・・・」
 言い過ぎたと思ったのか、藍美は自重した。
「このゲームの目的って、多分『勉強に集中できる環境を作る』ことじゃないんだと思う。きっと他に何か本当の目的があるように感じるな・・・」
 藍美が珍しく真剣なモードに入っている。藍美の言葉を受けて、みんな何か考えだしてしまっている。このままでは思い雰囲気になってしまう可能性があるため、私が話に割って入った。
「でもつまらなくなったよね、このクラス」
「そう!つまらなくなった!」
 聡が勢い良く私を指さして2、3回手を上下に振った。
「聡はいつもつまらなそうにしてるでしょ」
「たしかに、学校でもゲームのことしか考えてないや」
 私の指摘に聡がおどけてみせた。
 予想外の返答に、善行も藍美も笑いを堪えきれずにいる。放課後の聡は、クラス内で被っている『お面』を1枚脱いでいるのだ。善行は、笑いが収まった後に一息ついて始めた。
「さっきも言ったように、今のクラスは表面上『良い』クラスに見えるかもしれない。でも、個性みたいなものがだんだん失われているような気がしてるんだよね。『反論してはいけない』とか『目立ったらいけない』とか、そうやって無難な方向に行き始めているから、何の衝突もなければ面白みもない。隆志や佑太郎はともかく、他のみんなは、静かに一日を終わろうとしている」
 話し終えた善行の口角は寂しそうに上がっていた。
「ストレスは減ったけど、面白みも減った」
 私も自然と同調自然と話しに加わった。
「なんか、僕たちって調理前の卵のようだね」
 この間ずっと考えていたのだろうか。聡が無理に例えようとしているのが目に見えたが、『その心』を訊いてあげないことにはかわいそうなので「それってどういうこと?」と訊いた。
「1回殻を破ってしまえば、目玉焼きとかオムレツとか色んな面が見れるのに、殻を破っていないせいか一見みんな同じに見えてしまっている。同時にみんながその景色に慣れてしまっているんだろうね。その殻を破るようなことがあれば、今まで殻が固くなった分色んな」一面のみんなが見れるような気がする」
「調理前の卵か・・・」
 善行が感心してしまう前を見計らって、藍美が「聡、例えまあまあだね!」と小馬鹿にした。
 聡はムッとしたような照れたような表情を見せていた。
 善行がカフェオレをグッと飲み干したと同時に席を立った。
「さ、もう夜遅いから帰ろう」
 善行が伝票を持ってレジへと向かった。
「今日は僕が払うよ」と言っていたが、申し訳ないので割り勘ということにして店を後にした。
 
 みんなの家の中間地点まで、他愛のない話をしながら歩を進めた。たくさん話したいという思いが、自分でも驚くくらい足の運びを遅くさせた。私たちはまるで家出をした少年少女のように、すっかりと暗闇に溶け込んでいた。
 家に帰ると、母が心配そうに待っていたので、「ただいま」と申し訳なさそうに言った。
「どこにいたの?遅いじゃない」
「友達と話込んじゃって。早く帰るつもりだったんだけど、こんな時間になっちゃった」
 意外と怒っていなかったので、私は舌を出して許しを乞った。
「あら、あんたそんなにクラスの子たちと仲良かった?でも次から遅くなるときは家に連絡を入れること。仲が良いのはいいことだけどね」
「はいはい」と返事をすると、「はいは1回でいいの」とお決まりのように返された。
 素直に返事をせずに、「おなかすいたー!」とリビングに駆け込んだ。
 
 翌朝、雀の鳴き声とともに目を覚ました。こんなにぐっすりと眠れたのは久しぶりだろう。いつものように朝食を取り、勢いよく玄関を飛び出した。
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