にじゅうはち

文字数 2,842文字

「なるほどな・・・確かにこの恒例行事が始まってから2か月くらい経つ。よかったら先生も交えてこの議題についてみんなで話し合わないか?」
 先生自身も、心のどこかで疑問を感じていたのだろう。この提案を私たちにするということは、きっとそういうことだと思う。
「賛成です」
 佳澄を始めクラスの中の何人かが頷き始めている。
「話し合うって、どういうことよ?何を決めて、どういった結果を目標に議論するんだ?このゲームの実権を持っているのが先生じゃないって時点で、俺らが何かを話し合ってどうこうできる問題じゃないだろう」
 佑太郎の言うことは最もだ。なんとなく話し合いが必要なのは分かってはいるが、最終的にどう結論付けるかが見えてこない。少し頭を悩ませる先生を横に、善行が佑太郎に提案した。
「校長先生が言っていたけれど、このゲームが終わるかどうかの基準が『クラスが良くなったかどうか』だよね」
「ああ」
「そうしたら、まず僕たちで『クラスはもう良くなっている』ことをアピールする必要がある。何が良くなったのかをクラスで話し合う」
「なるほどな。で、誰にアピールすればいいんだ?それが分からないと意味がないだろう」
「そう、そこが問題。これに関しては僕たちがこの場で解決することはできないから・・・」
 善行は先生の方をチラッと見た。先生が何度も頷いている。善行が言いたいことは理解したようだ。
「先生が何とか突き止めればいいんだよな」
「はい」
「分かった。じゃあまずは、このゲームでクラスの何が変わったのかを洗い出してみよう」
 
 こうして、このゲームを終わらせる、つまり学級内でこれ以上左遷をするべきかどうかを話し合う『学級左遷会議』が始まった。
 ホームルームの終わりを告げるチャイムとともに、先生は10分程休憩するように命じた。まずは冷静に自分自身で過去を振り返って欲しいという意図と話していた。談笑したり教室の周りを歩いたりして各自の時間を過ごしている。10分が経過しようとすると、チラホラと席に着き始めた。
 先生が再び教卓の前に立つと、善行が号令を掛けた。
「起立、礼、着席」
 雰囲気を再び締め直すためであろう。先生に言われずとも、自発的に取った行動だった。こういった空気を敢えて作り出せるところもまた、善行の良さなのだ。善行の号令によって、誰よりも気持ちが締まったのは先生なのかもしれない。改まった表情で場を仕切り始めた。
「よし、じゃあ始めるか。まあ堅苦しく話すのもなんだから、ざっくばらんに発言してくれ。意見、感想なんでもいいからな」
 少し間を置いた後、先生はさらに続けた。
「この約2か月の間、恒例行事を続けてきた訳だが、どうだ?何か変わったことがあったか?」
 先生はみんなが意見を言いやすいように敢えて柔らかな表情で問いかけた。
「そうですね。良いクラスを目指すために、意地悪をしたりみんなの勉強の邪魔をするようなことをしたりといったことが減ったと思います」
 まずは善行が先陣を切った。
「そうか。それは1つ良いことだと言えるな。先生もそれは感じている」
 先生は頷きながら、周りをグルッと見渡している。他に意見のある人はいないか探っているように見える。善行の言葉に、何人かは「確かに」と言わんばかりに頷いている。
「その他、何かあるか?」
 先生が議論を活性化させようと、意見や感想を求めている。私も含め、何か伝えたいことがあるはずと考えだしたが、何も出てこない・・・。このゲームをして良かったこと。善行が言ったこと以外に何があるのだろう。
「・・・」
 クラスに沈黙が流れる。善行もフォローをしようと口をモゴモゴしているが、言葉を発するに至らなかった。
「正直・・・」
 隆志が重い口を開いた。いつもクラス中を笑いで包む彼らしくない口ぶりだった。それだけ思うことがあったのだろう。こういった真剣な様子を他人に見られたくないのかもしれない。
「このゲームが始まってから、このクラスめっちゃつまんなくなった」
 善行とは対照的な意見に、クラス中は戸惑いを隠せていない。しかし、これはみんなの心の奥底の気持ちを代弁している。私は痛いほどに隆志の気持ちが分かった。
「みんな、何か言ったら左遷させられるかもしれないって思って、顔色を窺うようになった。今までどうでもいいことに対してふざけあって盛り上がっていたのに、全然盛り上がらなくなっている。『どうすればクラスに必要とされるのか』、『どうすれば投票されないようになるのか』。そんな思いがみんなの脳内を支配するようになって、楽しむことを忘れているような気がするんだ・・・」
 いつも陽気なことを言う隆志が、意を決したようにクラスに訴えかけている。
「たしかに。2学期の隆志はあまりおもしろくないよな。周りのノリみたいなものも変わっているような気がするな」
 佑太郎が同調をして、さらに続けた。
「善行が言うように、表面的に意地悪なことをする奴はいなくなったような気がする。それは認めるよ。そういう意味では良いクラスになったかもしれない」
 佑太郎が椅子に背中を預けながら言っている。彼はいつも本質を突く感心して聞いていると、今度は一転して矢のような言葉を放った。
「表面上はいいクラスかもしれない。でも、結局表面上だけってことだ。なあ、春海」
 背後から何かを突き刺すような言葉に、クラス全体がざわついた。
「なあ、裏工作をして票を集めたくもなるよな?」
「・・・」
 春海は下を向いて黙っている。しかし佑太郎はそれを許さない。追い打ちをかけるように春海に詰め寄った。
「この前、体育館で聡に左遷させるみたいなことを言っていたよな?あれは一体どういう意味なんだ?」
「ごめん・・・春海だけが悪い訳じゃないの・・・私たちの何人かがチームになって繋がれば、自分たちが投票されずに済むと思ったの」
 佳澄が春海をかばうようにして言った。
「佳澄、余計なことは言わないでいいから」
「春海、ここは素直に認めようよ。思うことがあれば、本人に直接言わなきゃいけなかったの。奈美や暁生も結局私たちの組織票が原因で左遷されてしまったじゃない。私ね、自分に票が集まらないようにすることしか頭になかったんだけど・・・段々と罪悪感に襲われるようになったの・・・」
「だからと言って、このゲームは続くじゃない。結局毎週1人が選ばれるのには変わらないんだよ?綺麗ごとばかりに言わないで!」
 春海は腰に巻いたカーディガンを解き、机の上に叩きつけている。激昂する春海に戸惑ったのは、佳澄だけではなかった。私も藍美も・・・先生もその内の1人だ。
 教室中には、春海の荒い息が聞こえている。背中から、目に見えない熱気が感じられる。
「みんな・・・ごめん」
 善行が神妙な顔で立ち上がり、黒板の方に向かって歩き始めた。
「博を左遷させたのは・・・僕なんだ」
 クラス全体がざわざわとし始めた。春海に向けられた視線を自分自身が被ることによって、春海を救おうとしている。
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