明るい 11

文字数 1,272文字

 「♪待てコラ〜、待てこら〜、まてこら〜ああ〜、もーすぐーここはー黒〜い闇〜♪」
 柳田義政は左ハンドルの白いベンツから顔を出して、聞いたことがあるような歌の節で替え歌を歌う。窓から左手をダランと出して、手元の時計がキラリと光る。柳田は地獄からの使者なのだろうか?だが、これまでの追跡で見せたような厳つい雰囲気は無くなっていた。もう、俺のことを解放するのだろう。その証拠に窓を閉めると白いベンツは風が巻き起こるほどの物凄いスピードでトンネルの奥に消えていった。
 あいつはなんだったんだ?
 しかし、しつこい追跡は終わった。よくよく考えてみれば、あいつは神戸の街からすれば正義の使者に違いない。なにしろ、物色中の泥棒である俺を神戸から追い出したから。やはり泥棒は薄汚れてダラシない街でチマチマやった方が間違いない。大阪に戻ろう。
 だが、戻ろうにも、まずはトンネルを抜けないといけない。これは長いトンネルだ。だが、神戸の住人である柳田が先に進んだのならば、どこかに出口があるはずだ。もし、出口のないトンネルがあるのなら、それは、もはやトンネルではない。
 先が薄暗くなってきた。音が響き渡る。空気圧が変わった、温度が下がる。薄暗い中、開けた。また他のトンネルと合流したようだ。端々のオレンジ色の水銀灯が小さく見える。おそらく十車線はあるだろう、見たことがないような広いトンネルだ。水銀燈は弱々しく両側に並んで、真ん中に集中していく。真夜中の着陸時の滑走路のようだ。規則正しく、光の粒が並んで、続いて、小さくなっている。ここは宇宙の真ん中か?
 グ、グググ、バイーン、プス
 風が止まる。スクーターが息絶えた。ガス欠だ。倒れる前に足を地面に着く。そこでヘッドライトが消えた。その途端、暗闇が増した。セルボタンを押したがダメだったので、スクーターを押して、広いトンネルの端に向かう。その途中、車が二台通過した。手を振ったが、二台とも猛スピードで走り去り、轟音の響きしか残らなかった。
トンネルの端、煤けた内側の壁、蒲鉾のようなアーチのトンネルは支柱もなく天井を支えている。真上のオレンジ色の光は明るいが太陽には敵わない。トンネル向こう側のオレンジの列は儚く並んでいる。神戸の地下にこんなトンネルがあるとは思わなかった。北側にまっすぐ伸びている。ずいぶん走ったから、この地上に神戸の街はないのかもしれない。六甲山の中腹の方だろうか?有馬温泉の下あたりなのかもしれない。もしかしたら、いつに間にか曲がってて、大阪の地下まで来ているのかもしれない。
 「さあ、どうしよう?」
 独り言を言うが、誰も聞いてくれるはずもない。こんなトンネルで車に乗らずに道端で座っているなんて、世界に存在しているが、居ないのと同じなのだ。
 「オイデヤ、コッチヤ」
 声にならない声が聞こえたような気がした。音は空気の振動だが、ちっとも震えずに、ただ、発せられて、行き着くところがなく阻まれているが、俺の耳が感じたような声だった。周囲を見渡す。薄暗いトンネル、暗くてハッキリと見えないが、何か居る。
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