ガイコツ7

文字数 1,176文字

 直人は粗相を笑われて、ひどく恥ずかしく感じて、とても傷ついた。そろそろ人と自分を比較する年頃になっていた。これまでは家族からは可愛い息子、愛すべき孫として一番大事に、大切に育てられてきたので、自分は勝手に人より秀でていると思っていたが、たった五人の幼友達、一人の余所者から、惨めで汚い人間として笑われたのだ。幼稚園では、同じ年長から「くさい」「もらし」と揶揄われたが、年中、年少の子からも「うんち」と言われる始末。こうなると直人にとっての景色も変わる。あんなに青かった太平洋に続く空は、悪意のこもったスミレ色に見えたし、初夏の輝かしい緑は、不愉快なドロッとした生き物に見えていた。
「お、うんこが、飯を食べゆーぜよ!もっと、うんこ出すつもりかえ?」
わははははは
 子供の笑いには悪意がある。無邪気な笑いなんて、見ている大人の希望にすぎない。春香先生は「やめなさい!」と注意しながらも、漏らした直人に嫌悪感を持っていた。だから最後まで守ろうとしない。さわりの部分は注意するが、止めないのだ。直人は絶望するしかなかった。
 ウーーーーーーーー
 あんなことがあった次の日も、サイレンは鳴る。本当は、健太たちも、サイレンを恐れていたし、地震や津波のことをテレビやラジオで散々聞かされてきたから、直人のように心が縮んでいた。何をしても、全部なくなってしまうから、それが決定しているらしいから、何も楽しくなかった。でも、平穏でいることを大人たちから期待されていたので、子供らしく振る舞うように努力していた。
 グルグルグルグル、ピシャー
 直人は、もう、ブレーキが壊れていた。子供たちは、自分の代わりに恐怖に落ちた直人を見て、不憫に思う以上に、安心していた。まだ、下がいる。でも、臭いのは不快だ。あんな惨めになりたくない。自分もああなるかもしれない。
 「うんこは出てけ!臭いのは消えろ!」
 健太はいつの間にか怒りに満ちて、憎悪の声で真人を追い詰める。あとの五人もそれに釣られた。
 「もう、いい加減にしなさい!」
 春香先生が怒鳴り声をあげる。六人は縮み上がり、理性を取り戻そうとしたが、春香先生の睨んだ先に直人がいた。子供たちの正義はクソに塗れた。春香先生は、希望を蹴り飛ばしたのだ。誰もが、我慢していたものを、見せたくないものを、隠しきれなくなっていた。
 直人は泣きながら幼稚園から走って出て行った。ズボンを汚したまま、自分の匂いを臭いと思いながら通りに飛び出た。古い農家の家は、強い太陽の光に対して、深い影を道端に残してくれた。建物はすぐに途切れ、田園が広がる農道に出た。青々とした草むらが風に吹かれ白い草の腹をチラチラと見せている。植物の匂いが湧き立つ畑に囲まれた道を、遠くからトラクターのエンジン音が響く中、直人は薄らレモン色の強い光を浴びて一人ぼっちで家に帰った。
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