明るい 9

文字数 1,276文字

 スクーターで歩道をそのまま走ろうと思ったら、街の人たちがワラワラと寄ってきた。ヤクザからスクーターを奪ったわけだから、そりゃ、足止めをしようとするだろう。そうなると、仕方がないように白いベンツが待つ国道二号線に出るしかない。支流から本流に流れ込むように、ヌルッと本線に出る。直ぐ後ろに白いベンツが迫って来ている。アクセル全開で六十キロ、明るい通りは、空は大きく広がっている。俺に白い翼が生えていれば、どこへだって逃げることができそうだが、そんなものは生まれてこの方、生えたことがない。ずっと地面にへばり付いていたんだ。だからこんな事になったんだ。わけわからんヤクザに追いかけられている。なんなんだ!
 「待てコラ!」
 工場で生産されているのか、柳田は同じセリフしか喋れない。もしかしたら「待てコラ!」は柳田変換すると全く違う意味なのかもしれない。「遊ぼうよ」「愛している」とかもっとポジティブな意味が・・
 ガン!
 スクーターを通して激しい衝撃が俺を道路に叩きつけようとした。ハンドルを強く握って耐えた。柳田ベンツが追突して来た。「待てコラ!」はその意味に違いない。心臓が干上がるような締め付け、恐怖が体の芯から広がっていく。だが、恐怖よりも大きな感情が湧き出てくる。怒りだ。無性に腹が立って来た。俺の命を脅かす柳田に対する怒りがほとんどだが、もっと大きなものがその後ろに隠れている。これまでにあった気に入らない何かに違いない。何が気に入らないか?解っていたらこんな事にはならなかっただろう!
 ベンツは容赦しない。何度も衝突の衝撃に襲われたが、なんとか耐えた。信号が変わろうとしている。道路看板に色々と表示が見えたが「新神戸駅」の名前を見逃さなかった。駅があれば、ここから逃げることができる。急いで山の方向にハンドルを切る。ぶつけ損ねたベンツが前のめりに道路を去っていく。ブレーキランプが光っていたが、もう遅かった。あいつは俺を逃した。ざまあみろ!二号線を曲がると山に向かって太い道路が伸びている。遠くに幾つにも道路が分かれていて、ピンボールの球になったように、その枠に翻弄されそうになりそうだ。少し進むと、いきなりトンネルの入り口が現れた。真っ暗闇の入り口が口を開けて待っている。周りにはクリスマスツリーのように標識の列が並んでいる。あのトンネルはどこに向かうのだろうか?目の前で道路が分かれている。トンネル行きか、まっすぐ進んで駅行きか。トンネルに惹かれたが、ここから逃げないといけない。でも、トンネルには何が在るのか?迷っているうちに中央分離帯が目の前に迫って来た。

 「待てコラ!」
 その声に驚き、無意識にハンドルを右に切った。分離帯への衝突は間一髪免れた。俺は開いた穴、影の集結、暗闇の深淵であるトンネル方向に走っていく。暗い穴が迫ってくる。俺は、その口に飲み込まれていく。一瞬、左上を見た。駅へ続く道に白いベンツが走っていく。柳田のベンツだったのだろうか?そう思った瞬間、空がいきなり遮断された。太陽の光が溢れる神戸の明るい街から切り離された。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み