明るい 8

文字数 1,245文字

「待てコラ!」
お馴染みの柳田の声に焦りが混ざった。奴はベンツの窓から怒りと困惑が混ざった顔を晒していた。ざまあみろ!太陽の光線を全身で浴びて、新しい街に一歩踏み出すように駆け出す。なんだか勝利を手にしたようなウキウキした気分になった。駅に向かおう、こっから逃げよう。大阪に戻ろう。
「待てコラ!」
目の前に迫ってくるヤクザ。白いスーツ、パンチパーマ、大きな顔。どう見たって柳田だ。あいつはベンツに乗っているんじゃないのか?どちらにしろ、柳田に向かっていくわけにはいかない。踵を返し、太陽を背に向ける。何か無駄に逆戻りしたように感じて、損した気分だ。振り返ろうとしたが、尖った革靴が石畳を蹴る音は聞こえてきている。柳田は白いブルドックのように俺を追いかけているのだ。意味がわからなかったが、追いかけられているという事実だけは在る。
「待てコラ!」
横から声が聞こえる。機嫌の良い柳田がベンツから顔を出して並走している。はっ?どうしても気になって振り向くと、スーツ姿の柳田が走って追いかけている。ベンツの柳田、ブルドック走りの柳田。柳田が増えた。いや、ヤクザというものは同じように見えるのかもしれない。パンチパーマと細い眉とデカい顔が匿名性を作り出しているんだ。でも、同じ白い縞のスーツを着るだろうか?よく見ると、ベンツの柳田は紫色のシャツを着ている。ネクタイは白い。走る柳田は濃い緑のシャツを着ている。ネクタイは山吹色だ。二人は全部同じではない。しかし、似ている。駅前の演説してた作業着の男の工場では、月産三千体の柳田の製造に成功したのかもしれない。メイドイン神戸のヤクザ、柳田義政が全国の主要都市に出荷されているのではないか?
「待てコラ!」
ついには横からスクーターに乗った柳田が現れた。それもいきなり俺の目の前に出てきた。スクーター柳田は出る場所を間違えたのを自覚していたのか、表情が固かった。俺はそのまま衝突すると柳田と絡み合うことになるので、飛んだ、そして足を突き出した。ライダーキックの体勢で勢いよく白いスーツに飛び込んだ。大きな衝撃、揺れる景色、俺の足裏が重い柳田を歩道に弾き飛ばす。薄緑色したスクーターは倒れ込み、ジャンプした俺の下で直進する勢いが地面に張り付き、行き所なく側面を下にクルクルと回って止まった。柳田は歩道に倒れ込み、白いスーツが破れていた。俺は地面に着いた足を掻くことができたので、飛行機の着陸のように体勢を崩さず、地面に戻ることができた。一瞬の出来事を見事に収めた自分を褒めてやりたかったが、そんな暇はなく、急いで引き返してスクーターを立たして乗り込む。足が棒切れのように疲弊している。もう走れない。乗り物があれば利用したい。とにかく逃げるんだ。
スクーターはウインカーが割れていたし、ボディー横も擦れて薄緑色が剥げて、白い樹脂の元地が見えていたが、歩道をまっすぐ走った。ブイイイイン、2ストロークの甲高い音、古いスクーターだが、今の4ストロークのスクータよりは断然早い。
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