チェンジ10(終わり)

文字数 957文字

 愛菜は躊躇わなかった。今までを振り払うのだ。別にこれまで間違っていたわけではないが、自分が何らかの仕組みに囚われていたようで、自分が小さく、恥ずかしく感じた。
 「あげなんなほたっちょきゃいい!」
  小さな声で呟くと暗闇に向けてアクセルを踏み込んだ。

 上空から見る深い青色の別府湾、国東半島の奥、深く丸く切り込んで、立ち上る小さな湯煙が飛行機の窓からも見える。奥には木の生えてない草だけの山が大きく構えている。その麓を高速道路が横切っていて、その下の斜面に街がへばりついている。草だけの大きな裸の山の向こうには、ずっと先まで山並みが連なっている。少し奥に一際大きな由布岳も煙を上げている。
 「もう二年か。」
 到着ゲートから出ると、龍一が小さな子供を抱えて待っていた。隣には、母親ほどの年齢の金髪の女、昼間見ると、結構老けているのがよくわかる。
 「ねえちゃん、おかえり。待っちょったっちゃ。」
 「私も、知らない間に叔母さんになったってこと?ひよりちゃんだっけ?龍一もお父さんになったんだね。」
 龍一が照れたように笑う。父親になると同時期に社会人になった龍一は、愛菜が散々馬鹿にしてきた存在ではなくなっていた。
 「でもさ、姉ちゃんが芸能人になるとは思わんかった。ドラマ見たよ。みんな驚いちょる。綺麗やったけん、まあ、あり得るんかなって言うけど、でも、スゴいよ。さあ、早う帰ろう。お父さん、お母さんが待っちょんちゃ!」」

 海岸線は太陽の光を反射してキラキラと輝いて、海は穏やかだった。目を細めながら愛菜は、目立たない存在になる為に東京に出たが、いざ都会に出ると、愛菜の美貌は飛び抜けていた。すぐに街角でスカウトに声を掛けられたが、それは夜の街からの誘いではなかった。愛菜は不思議に思っていたが、車で別府の街を走っていると、納得してしまった。大分や別府の街は基本的に美貌レベルが高いのだ。それって、温泉が良いのだろうか?と思ったが、もう、どっちでも良かった。
グローバルタワーが大きく見えるほど街の真ん中に近づくと、車の中で、あの、オナラのような臭い匂いがした。一瞬顔を顰めたが、ああ、別府に帰ってきたんだと実感した。匂いが通り過ぎると、新しい生活の記憶が薄まり、かつての生活が蝕むように思い出され、じんわりと馴染んできた。

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