明るい 5

文字数 1,223文字

この場合は、不意に振り返るのが正解である。こちらが追跡者に対して気がついていることを教えると同時に、追跡者がどういった人物か確認することが出来る。
「あんちゃん、なにしてんねや?」
振り返るとすぐ後ろにパンチパーマの男が睨んでいた。目と眉が細く、髭はしっかりと剃られていて、大きな顔をしている。鼻は潰れたように低くて、口は不平ばかりなのかへの字だ。白い縞模様のスーツを着ている。やはり神戸なのか、腹が出ているが、綺麗なシルエットで着こなしている。手足も短いはずだが、長く見える。隙のないヤクザが立っていた。
「・・観光です・・。」
整然とした街並みに、整然とした格好のヤクザは悪者に見えない。それは街を維持するために機能している複雑な回路の一部のように思われる。真っ青な空、明るい街に、白い縞模様のスーツはすっかりと馴染んでいて、なぜかカッコよく見える。
 「わしには、品定めにしか見えんがのう。まあ、ええわい、ちょい、事務所行こうか?」
 なぜ、こういった輩は一瞬で真実に近づくことが出来るのだろうか?野生動物と一緒で、生きる勘みたいなのが、研ぎ澄まされているのだろうか?ヤクザのパンチパーマは強い日差しでツヤツヤと小さな曲線をうねらせている。それはエナメルの艶にも見えるし、まばらな白髪にも見える。
 「・・知らない人に着いていくわけにはいきません・・」
 「おう、あんちゃん、度胸あるなあ?わしの名前は柳田義政いうんや。これで、知った人になったのう?ええから、はよ、ついてこい!」
 柳田の命令口調に命の危機を感じた。あれは、人の命なんてなんとも思ってない。大雑把に生かすも殺すも出来る力が備わっている。だから着いていくわけには行かない。俺は逃げるしかない。
「待てコラ!」
 言われるがまま待つわけには行かない。逃げる時、光に向かっては逃げない。太陽を背に逃げてしまう。南に向かって開けている神戸で逃げるとなると、北側の斜面を登るしかない。真っ直ぐに登るとキツイので、東に進みながら、北に登るようになる。そうすれば、太陽に背を向けて、光を見ずに、影を追いかけられる。間違っても南に逃げてはいけない。海が終点となり、物理的にも、心理的にも逃げ場を失う。急いで駅の方に戻る。高架線沿いの六車線ある広い道路側の石畳の歩道を走っていた。大きな道路沿いで、交通量はひっきりなしだが、道が広く、空が開けているので、都市部にある灰色の狭苦しさがなかった。それに、逃げ切るための暗い路地が、紛れ込むための影が見当たらない。光が差し込むから、狭い路地は明るく、逃げ込めば、すぐに見つかり、自分を追い詰める場所になる。整然とした明るい街には、どこにも隠れる場所がないのだ。逃げ込める場所がないままに逃げるということは、当て所なく走り続ける苦役にほかならない。広い歩道に、明るい景色が、まばらな人通りが走っているのに、揺れることなく、おおらかに過ぎていく。まるでちっとも進んでない。
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