明るい 10

文字数 1,308文字

 トンネルに入ると、二車線分の広さの道路に、一車線は斜めの白線に覆われていて、一車線を真っ直ぐ走ることになる。太陽から隠された砦、その薄暗さが心地よく、薄暗いオレンジ色の水銀燈の光は夢の中の景色を思い出させた。トンネルは先が見えないほど続いていて、頭上に一定間隔で連続の水銀灯が流れていく。それは永遠に続くような繰り返し動画のような心地よさがあった。ただ、空気は澄んでいない。埃っぽく、雨上がりの道路のような匂いがする。それが口の周り、鼻の穴を塞ぐように蔓延して、走行風は吹き飛ばさず、不快な空気を巻き付けてくる。それと地鳴りのようなゴゴゴゴゴという連続音が反響して響いてくる。ヘルメットを被ってないから余計にそれが大きく聞こえる。
 でも、この滑らかな暖かな空気は、非常に俺に馴染む。エンジンの甲高い音も足元でくぐもったように響いていて、それが体の中の液体の流れを震わせて、ひどく気持ちが良い。物理的な息苦しさはあるが、さっきまでの精神的な息苦しさはここにはなかった。地下の居心地の良さ、石の裏に潜む虫たちの記憶、地面からの真っ暗な力、そして、暖かさ。
 地下は暗くて冷たいものだと思っていたが、このトンネルの中は、いくらスクーターを飛ばしたところで体が冷え切らない。暖かい霧の中を、夜明け前の寝床の暖かさを感じならが、意識を周囲の暗さと暖かさに混濁させていく。
 でも、一体この暗闇はどこまで続くのだろう?
 心地よいが、出口のない暗闇を進むのは、やはり、警戒してしまう。非可逆の罠に取り込まれ、二度と元に戻れない恐ろしさがある。しかし、暖かで薄暗いトンネルの快楽は、体の中を蝕んでいく。闇が体の中心から広がっているに違いない。
 ぼわあああ
 音が大きくなった。目の前の道路が目の前に行き先が、決まりきった流れ着く場所にたどり着くように、連続が打ち切られ、さらに広いトンネルに流れ着く。横を見ると、トンネルの壁が柱の連続に変わって、その向こうに同じようなトンネルが存在した。二つのトンネルが合流した。四車線の大きなトンネル、オレンジの光は同じ感覚で連続していたので、広くなった分、薄暗さが増す。地鳴りのような連続音が空気を揺るわす。暖かさが少しだけ下がったのを肌が感じた。先は薄暗くなった分、さらに見えなくなった。広いトンネルが先も見えないほど真っ直ぐに続いている。
四車線の広いトンネルの真ん中あたりを走っていたが、サイドミラーに眩い光が反射する。後続車が現れた。ここは公道であることを今更思い出させた。トンネルに荒いエンジン音が鳴り響く。後ろからやってくる車はものすごい勢いで迫ってきているのだ。死を感じさせる恐怖が背後に迫ってきている。心地よさが吹き飛ばされ、心臓が退いた血の気をマネージメントしようと出鱈目な鼓動を開始する。苦しさが増してくる。でも、背後の車は勢いを緩めない。背中にエンジン音がハッキリと聞こえる。殺す気だ。
 だが、車の音は背後から逸れた、右側に移ったのだ。痺れを切らして車線変更をしたのだろうと思った途端、視界に白いベンツの側面が見えてきた。うっかりしていた、まだ、奴の追跡は終わってなかったのだ。
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