明るい 12 (終わり)

文字数 1,283文字

 「ヤッパ、キコエトルンヤネ。キミモナカマヤ。」
 何かがいる。話しかけられている。でも、暗くて見えない。だが、よく見ると薄らとした影が近くにあった。先が丸くて、何か長四角が下に続いて、最後に二つに分かれる。形のバランスが悪い人影だ。でも、暗いのか、よく見えない。しかし、周りの暗さより、一層暗いその影は慣れてくると存在感が増した。
 「誰だ?暗くて影しか見えないけど?」
 「ソレヤッタラ、ミエトルガナ。ワイハカゲヤ!」
 「影谷さん?」
 「チャウチャウ、カーゲ、ハゲヤナイデ!ハヨツイテコント、カゲハキイガミジカイカラナ、ホンタイノイラントコセオットルワケヤ。ホナ、イコカ。」
 仕方なく影に着いていく。少し歩くとトンネルには真っ暗な裂け目があって、そこはこれ以上にないほど闇だった。影がそこに消えていく。行くまいとしたが、黒い闇が手を引いてきて、引っ張り込まれた。トンネルの壁の外に出た途端、体が浮いたような、体が取り残されて、意識だけが落ちていくような、変な感触がした。でも、風が全身に流れていったので、落ちているのだろう。その証拠に、割れ目から微かにこぼれた光で、俺には見えたのだ。落ちる間、トンネルの下に当たる場所に、幾つもの柱が見えた。高架の支柱のようなものが幾つも暗闇の中に伸びて、トンネルの下あたりを支えていた。その景色を見せてくれていたトンネルの隙間がものすごい速度で上に遠のいていく。支柱の影が濃くなり、そのうち真っ暗になった。落ちていくとき空気が身体中を流れていくのだが、それが急に暖かくなってきた。まるで、お湯の滝を流れ落ちていくように感じた。突然、何か柔らかなものに落ち込んでいき、速度のエネルギーをその柔らかなものが吸っていった。暖かな柔らかさで、カビ臭いものに包まれて止まった。
 「オイ、シンイリヤ、ミナデ、ヒッパリアゲルデ、セーノ!」
 この頃になると、暗闇に目が慣れた、というより、自分が暗闇に馴染んだ自覚があった。大勢の人影が俺を引っ張ってくれている。体温にしては冷たいが、少し暖かい。こうやって大勢に支えられたことがなかったから、少し嬉しかった。
 誰とも見分けがつかない大勢の影に連れられて、真っ暗闇の通路、といっても、道や建物を感じることができる。神戸の地下には闇黒の街があるようだ。
 ようこそ!
 大きな建物に大きな看板がかかっており、そこには歓迎の言葉が書いてある。
 「ほな、こっちにきいや、早速やけど、仕事や!」
 影たちの声が違和感なく聞こえてきた。何かしらの工場だった。大勢の影たちと並んで、練られたものを見せられた形に整え、ベルトコンベアに乗せていく。影たちの指導が良くて、すぐに覚えられた。
 「あんさんには、手捏ねコロッケの成形をやってもらう。一日三千個捏ねれば、毎日三つコロッケを支給する。神戸コロッケはここで全部作ってんねや。こうやって人の影が持つ欲望を込めとるんやで、そら甘くて絶妙な味や!どや、やりがいあるやろ?仕事はツラいかもしれんが、天下に名だたる神戸コロッケ作らせてもらうんや!ありがたく感謝して仕事せいよ!」




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